上 下
20 / 27

20. 二度と、誰も愛すまいと

しおりを挟む
 ——まあ、まさか本当に悪魔に出会うとはな……
 初めて「彼」を見た時、すぐに人ではない、とわかったものの、自分でも驚くほど、そのことに動揺もしなければ恐怖も感じなかった。死んだも同然の毎日に、今更何が加わっても大したことではなかったのだ。
 頭の両脇には黒い角を生やし、人間には存在しない月色の瞳と作り物のように恐ろしく整った容姿、そしてこの辺りの街にはいそうもない、露出の多い派手な服装。だが、それらを除けば、「彼」はごく普通の、思春期真っ只中の青年にしか見えなかった。
 見た目と年齢が一致してはいない可能性も考えて、ディートハルトは「彼」に対して慎重に接したが、時を重ねても自分に対する「彼」の態度は初見の印象を全く裏切らない。それどころか、手に入らないものに駄々をこねるさまには、むしろ見た目よりも幼い印象を受けた。
 メイリール、と名乗った「彼」が一体自分の何が気に入ったのかわからないが、どうやら懐かれたらしいとわかる頃には、身につけた妖艶さよりも、そこから垣間見える素直さの方がきっと本来の姿なのだろうと、ディートハルトはなんとなく感じ取っていた。ころころと変わる表情は見ていて飽きなくて、最初の晩に自分に色目を使ってきた時よりもよほど魅力的だった。
 もう誰もいらない、もう誰ともかかわらない、と決めていたはずの心が、揺るがされる。誰かを愛して、失うのはもう二度とごめんだった。
 ——そんなことも、知らないで……
 メイリールに、いつしかライナスを重ねて見ている自分に、ディートハルトは気づいていた。
 あらゆることに興味津々で目を輝かせ、笑い、時にふて腐れながらも自分を信じきってついてくるメイリールに、ディートハルトの心はゆっくりと、再び生へ向かって回復し始めていた。
 相手は悪魔なのだから、帰る世界もあり、自分がいなくても生きていけるということを、うっかり忘れそうになる。
 見た目の年齢も背格好も全く違うのに、どこかその純真さ、屈託のない笑顔がかつて自分の焦がれた相手と重なって見えるたびに、言いようの無い重たい感情がこみ上げた。
 仮に、もしメイリールが全てを知った上でそう望んでくれたとしても、この子を身代わりにしていいわけがない。そのうち思い通りにならない自分に飽きて、元の世界に戻ってくれればいいと、そう、願っていた。
 それなのに。
 ——花束、なんて。ガラにもないくせに。
 メイリールなりに、必死に考えたのだろうと思うと、可笑しくて、笑いと一緒に、涙が零れた。
 一度溢れ出した涙は、後から後からとめどなく流れ落ちる。涙なんか、あの夜に枯れ尽きたと思っていたのに。
 何時間もそうして、ゆっくりと動いていく月を見上げて、封じていた思い出も感情も全部、あふれかえるにまかせた。
 空が白み始める頃には、涙と一緒に、胸につかえていたものも流れ出ていったような、そんな気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

処理中です...