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16. 自分にできること
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そうして、表面上は当たり障りのない日々が過ぎていった。
木々は色づき、また葉を落とし、あるいは豊かに実をつけて、それを目当てに動物たちが走り回る。メイリールたちもまた、来たる冬に備えてそうした植物の実や獣たちの肉を蓄えていった。
ディートハルトは、自分のことについて以外であれば、メイリールの質問に大抵は答えてくれるようになった。肉の保存の仕方、街で買ってきた道具などの使い方、森に生えている植物で食べられるものと毒のあるものの見分け方。
自分も手伝うと言って聞かないメイリールに根負けした形で、作業も一緒に行ってくれるようになった。そうしてディートハルトと過ごす時間が、メイリールにとっては何よりかけがえのないものになっていた。
だが、その一方で、メイリールはこの頃のディートハルトが自分を見る目に、時折ひどく遠くを見るような表情が浮かぶことが気にかかっていた。まるで、自分を通して自分ではない誰かを見ているような、想いの乗った眼差し。
それについて、ディートハルトに問う勇気は、メイリールにはなかった。
——自分ができることって、何だろうか。
メイリールは考えていた。
ディートハルトが何を思っているのかは分からない。だが、その眼差しがたたえる色を思うと、なぜかいてもたってもいられない気持ちになった。
何か、自分にできることはないか。どんなことなら、ディートハルトの心を少しでも和らげることができるだろうか。
——今まで、してもらうことしか考えてこなかったもんな……
今更ながら、己の幼稚さを恥じる。誰かを喜ばせたくて何かをしたことなんて、記憶をさかのぼったら、子供のころルーヴストリヒトを追いかけ回していたときまで戻ってしまった。
——よく、その辺に生えてた花を摘んで、花束あげる! ってルーヴに渡してたな。懐かしい……
今思えば、ただやみくもに摘んだ花を押し付けていただけだったのに、ルーヴストリヒトはいつも、とても嬉しそうにしてくれた。かつて焦がれた笑顔を思うと、今も少しだけ胸が締め付けられる。
だが、それ以上の感情がわいてこなくなっていることに、メイリールは少し驚いた。もう、自暴自棄になっていたことも思い出になり、そこに確かにあった吹き荒ぶ嵐のような感情はいつの間にか凪いで、過去のものになっていた。
翌日、メイリールは珍しく、ディートハルトと別行動をしていた。歩きながら、うろうろと視線を彷徨わせる。
だいぶ歩き回って、そろそろ足が痛くなってきたころ、ようやくその目が、こんもりと群生した緑に止まった。背の高いものではメイリールの腰くらいまである茎に、紫色の細い花弁が放射状にのびた可憐な花がいくつもついている。鼻を近づけると、微かにみずみずしい香りがした。
「これにしよ」
誰に言うともなく声に出すと、メイリールはしゃがみこんで花を摘みはじめた。ルークはメイリールの肩から近くにあった木の枝に飛び移り、おもむろに羽繕いを開始する。
五分もしないうちに、メイリールの手には十分すぎるくらいの紫の花が握られていた。自分に何ができるだろうと、ずっと考えていたメイリールだったが、結局、花を贈ること以外に良さそうな考えが浮かばなかったのだ。
——そろそろ、ディートハルトも帰ってる頃かな……
街で手に入れてきた斧で、薪でも割っているだろうか。洞窟へ帰る足取りは心なしか重たくて、メイリールは自分が緊張していることを認めないわけにはいかなかった。
なぜ花を? と聞かれたら、きっとうまく答えられない。やっぱり子供だな、と笑われるかもしれない。いや、それならまだしも、戸惑ったり、困ったりされたら、どうすればいいだろう……。
考えれば考えるほど、やっぱりやめようか、何食わぬ顔で帰ろうか、と思いもした。だがそうやって迷っているうちに、見慣れた景色が見えてきて、引き返すこともできなくなってしまった。洞窟の外では、薪割りが終わったらしいディートハルトが汗を拭っている。
草を踏む音でディートハルトがこちらに気づき、顔を上げた。視線がまずメイリールの顔に、そして手に持っている花へと移動して、ディートハルトがわずかに目を見開くのが見える。
メイリールは、前に進みたがらない足を叱咤して、唾を飲み込んだ。
木々は色づき、また葉を落とし、あるいは豊かに実をつけて、それを目当てに動物たちが走り回る。メイリールたちもまた、来たる冬に備えてそうした植物の実や獣たちの肉を蓄えていった。
ディートハルトは、自分のことについて以外であれば、メイリールの質問に大抵は答えてくれるようになった。肉の保存の仕方、街で買ってきた道具などの使い方、森に生えている植物で食べられるものと毒のあるものの見分け方。
自分も手伝うと言って聞かないメイリールに根負けした形で、作業も一緒に行ってくれるようになった。そうしてディートハルトと過ごす時間が、メイリールにとっては何よりかけがえのないものになっていた。
だが、その一方で、メイリールはこの頃のディートハルトが自分を見る目に、時折ひどく遠くを見るような表情が浮かぶことが気にかかっていた。まるで、自分を通して自分ではない誰かを見ているような、想いの乗った眼差し。
それについて、ディートハルトに問う勇気は、メイリールにはなかった。
——自分ができることって、何だろうか。
メイリールは考えていた。
ディートハルトが何を思っているのかは分からない。だが、その眼差しがたたえる色を思うと、なぜかいてもたってもいられない気持ちになった。
何か、自分にできることはないか。どんなことなら、ディートハルトの心を少しでも和らげることができるだろうか。
——今まで、してもらうことしか考えてこなかったもんな……
今更ながら、己の幼稚さを恥じる。誰かを喜ばせたくて何かをしたことなんて、記憶をさかのぼったら、子供のころルーヴストリヒトを追いかけ回していたときまで戻ってしまった。
——よく、その辺に生えてた花を摘んで、花束あげる! ってルーヴに渡してたな。懐かしい……
今思えば、ただやみくもに摘んだ花を押し付けていただけだったのに、ルーヴストリヒトはいつも、とても嬉しそうにしてくれた。かつて焦がれた笑顔を思うと、今も少しだけ胸が締め付けられる。
だが、それ以上の感情がわいてこなくなっていることに、メイリールは少し驚いた。もう、自暴自棄になっていたことも思い出になり、そこに確かにあった吹き荒ぶ嵐のような感情はいつの間にか凪いで、過去のものになっていた。
翌日、メイリールは珍しく、ディートハルトと別行動をしていた。歩きながら、うろうろと視線を彷徨わせる。
だいぶ歩き回って、そろそろ足が痛くなってきたころ、ようやくその目が、こんもりと群生した緑に止まった。背の高いものではメイリールの腰くらいまである茎に、紫色の細い花弁が放射状にのびた可憐な花がいくつもついている。鼻を近づけると、微かにみずみずしい香りがした。
「これにしよ」
誰に言うともなく声に出すと、メイリールはしゃがみこんで花を摘みはじめた。ルークはメイリールの肩から近くにあった木の枝に飛び移り、おもむろに羽繕いを開始する。
五分もしないうちに、メイリールの手には十分すぎるくらいの紫の花が握られていた。自分に何ができるだろうと、ずっと考えていたメイリールだったが、結局、花を贈ること以外に良さそうな考えが浮かばなかったのだ。
——そろそろ、ディートハルトも帰ってる頃かな……
街で手に入れてきた斧で、薪でも割っているだろうか。洞窟へ帰る足取りは心なしか重たくて、メイリールは自分が緊張していることを認めないわけにはいかなかった。
なぜ花を? と聞かれたら、きっとうまく答えられない。やっぱり子供だな、と笑われるかもしれない。いや、それならまだしも、戸惑ったり、困ったりされたら、どうすればいいだろう……。
考えれば考えるほど、やっぱりやめようか、何食わぬ顔で帰ろうか、と思いもした。だがそうやって迷っているうちに、見慣れた景色が見えてきて、引き返すこともできなくなってしまった。洞窟の外では、薪割りが終わったらしいディートハルトが汗を拭っている。
草を踏む音でディートハルトがこちらに気づき、顔を上げた。視線がまずメイリールの顔に、そして手に持っている花へと移動して、ディートハルトがわずかに目を見開くのが見える。
メイリールは、前に進みたがらない足を叱咤して、唾を飲み込んだ。
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