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09. 思い通りにならない男
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こうなると、メイリールの悪い癖が頭をもたげてくる。眠気も手伝い、無性に甘えたくてたまらなくなってきた。
この逞しい腕に囚われて、その厚い胸板に顔を埋めたら、どんな感じがするだろう……そう思ったら、メイリールの身体にはあっさりと火が灯る。
「そっち、行ってもいい……?」
とっておきの表情で、メイリールは男に視線を送る。視線がぶつかった先の男の目に一瞬怪訝な色が浮かんだが、また興味を失ったようにふいと視線を逸らされた。
それはもちろん、メイリールも計算済みだ。拒否しないなら、こっちから行くまで。
この手の駆け引きには、メイリールは絶大な自信を持っていた。四つん這いになって男の隣へ移動し、腕にそっと頬を寄せる。
久しぶりに感じる他人の体温に、思わず熱いため息が漏れた。だが、男はメイリールを払いのけこそしなかったが、なんの反応も示さない。
焦れたメイリールは、少々大胆な行動に出ることにした。あぐらをかいて座る男の膝に乗り上げて、正面から男の瞳を覗き込む。
「ようやく、こっち見てくれた」
微笑んで、メイリールは両手で男の顔をはさんだ。男の淡いグリーンの瞳に射られ、メイリールはゾクゾクするような興奮を覚える。
ゆっくりと顔を近づけると、メイリールは男の唇にそっと自分の唇を重ねた。乾いた男の唇を潤すように、何度も何度も、角度を変えて口付ける。
だが、やはり男の腕が自分を抱き返すことも、口付けを受け入れる様子もないことに、やがてメイリールは苛立ち半分悔しさ半分で顔をあげ、男を睨みつけた。
——これで落ちない男なんて、一人もいなかったのに……!
これまでメイリールが籠絡してきた男たちは、みんなさらさらと流れるその綺麗な黒髪と、月色の大きな瞳をほめてくれた。小首を傾げ、じっと見つめて瞬きをすれば、みんな物欲しそうな顔になってくれた。
自分の魅力は、自分が一番よく知っているつもりだ。それが相手にすらされないなど、メイリールのプライドにかけて、許せなかった。
そんなメイリールの胸中を知ってか知らずか、一瞬、男の表情が少しだけ緩んだように見えて、メイリールは瞬きをした。
男はだらりと下げたままだった腕を上げると、メイリールの頭にそっと触れ、まるでぐずる子供をあやすように撫でた。びっくりして固まったままのメイリールに、男は呟くように言った。
「もう日が暮れた。お前はもう寝ろ。俺も寝る」
呆気に取られて動けないメイリールを、男は片腕で軽々と抱え上げると、空いている方の手で壁際に寄せてあった男のものと思われる荷物の中から、毛皮を何枚か出した。それを持ち、メイリールを抱えたまま、男は洞窟の奥に向かって歩き出す。
奥には、横へ折れるように広がるこじんまりとした空間があった。そこをメイリールの寝場所として使わせようということだろうか。
「一緒に、寝て、くれないの……」
毛皮を床に敷いて、その上にメイリールを降ろし、布団がわりの布をかけて立ち去ろうとする男に、メイリールは思わず、すがるように言葉をかけた。
身体に灯っていた火は、もうとっくに萎んでいる。ただ、どうしてか、置いていかれることがすごく嫌だった。本当に、幼い頃に返ってしまったような、そんな気持ちがした。
男は無言で少し目を細めると、もう一度メイリールの髪の毛を撫でて、そのまま立ち去ってしまった。
自分の誘惑に全く動じなかった男に対しての気恥ずかしさと、自分は今何者でもない、ただのひとりの魔族になってしまったことを実感した心細さに、メイリールの目に、少し涙が滲む。
炎の立てるパチパチという音に耳を傾けるうち、メイリールはいつしか眠りに落ちていった。
この逞しい腕に囚われて、その厚い胸板に顔を埋めたら、どんな感じがするだろう……そう思ったら、メイリールの身体にはあっさりと火が灯る。
「そっち、行ってもいい……?」
とっておきの表情で、メイリールは男に視線を送る。視線がぶつかった先の男の目に一瞬怪訝な色が浮かんだが、また興味を失ったようにふいと視線を逸らされた。
それはもちろん、メイリールも計算済みだ。拒否しないなら、こっちから行くまで。
この手の駆け引きには、メイリールは絶大な自信を持っていた。四つん這いになって男の隣へ移動し、腕にそっと頬を寄せる。
久しぶりに感じる他人の体温に、思わず熱いため息が漏れた。だが、男はメイリールを払いのけこそしなかったが、なんの反応も示さない。
焦れたメイリールは、少々大胆な行動に出ることにした。あぐらをかいて座る男の膝に乗り上げて、正面から男の瞳を覗き込む。
「ようやく、こっち見てくれた」
微笑んで、メイリールは両手で男の顔をはさんだ。男の淡いグリーンの瞳に射られ、メイリールはゾクゾクするような興奮を覚える。
ゆっくりと顔を近づけると、メイリールは男の唇にそっと自分の唇を重ねた。乾いた男の唇を潤すように、何度も何度も、角度を変えて口付ける。
だが、やはり男の腕が自分を抱き返すことも、口付けを受け入れる様子もないことに、やがてメイリールは苛立ち半分悔しさ半分で顔をあげ、男を睨みつけた。
——これで落ちない男なんて、一人もいなかったのに……!
これまでメイリールが籠絡してきた男たちは、みんなさらさらと流れるその綺麗な黒髪と、月色の大きな瞳をほめてくれた。小首を傾げ、じっと見つめて瞬きをすれば、みんな物欲しそうな顔になってくれた。
自分の魅力は、自分が一番よく知っているつもりだ。それが相手にすらされないなど、メイリールのプライドにかけて、許せなかった。
そんなメイリールの胸中を知ってか知らずか、一瞬、男の表情が少しだけ緩んだように見えて、メイリールは瞬きをした。
男はだらりと下げたままだった腕を上げると、メイリールの頭にそっと触れ、まるでぐずる子供をあやすように撫でた。びっくりして固まったままのメイリールに、男は呟くように言った。
「もう日が暮れた。お前はもう寝ろ。俺も寝る」
呆気に取られて動けないメイリールを、男は片腕で軽々と抱え上げると、空いている方の手で壁際に寄せてあった男のものと思われる荷物の中から、毛皮を何枚か出した。それを持ち、メイリールを抱えたまま、男は洞窟の奥に向かって歩き出す。
奥には、横へ折れるように広がるこじんまりとした空間があった。そこをメイリールの寝場所として使わせようということだろうか。
「一緒に、寝て、くれないの……」
毛皮を床に敷いて、その上にメイリールを降ろし、布団がわりの布をかけて立ち去ろうとする男に、メイリールは思わず、すがるように言葉をかけた。
身体に灯っていた火は、もうとっくに萎んでいる。ただ、どうしてか、置いていかれることがすごく嫌だった。本当に、幼い頃に返ってしまったような、そんな気持ちがした。
男は無言で少し目を細めると、もう一度メイリールの髪の毛を撫でて、そのまま立ち去ってしまった。
自分の誘惑に全く動じなかった男に対しての気恥ずかしさと、自分は今何者でもない、ただのひとりの魔族になってしまったことを実感した心細さに、メイリールの目に、少し涙が滲む。
炎の立てるパチパチという音に耳を傾けるうち、メイリールはいつしか眠りに落ちていった。
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