とある魔族の片想い〜これでオチないオトコがいるなんて聞いてません!〜

雫川サラ

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06. 問題児の絶望

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 後から考えれば、このときさっさと魔界に引き返しておくべきだったのだ。思い出すと、今でも胃のあたりが重たくなる。
 木の幹にへたりと寄りかかったまま呆然としていたメイリールだったが、やがて聞こえてきた微かな物音と、魔力の気配に我に返った。二人が戻ってきたようだ。
 音のした方向へ顔を向けて、耳を澄ませる。
 ——……
 このときほど、絶望にかられたことは、記憶にある限りない。
 魔族の中でも抜群の感知力を誇る己の能力を、心の底から呪った。
 身体を丸め、両手で耳を塞ぐ。そうしたって魔力で感知してしまうのだから無駄なことなのだが、二人の睦言を、艶めいた水音を、きれぎれに聞こえる色を含んだ悲鳴を、己から締め出すように、メイリールは頭を抱え込んでうずくまった。
 気がついた時には、物音も止み、気配も消えていた。そのまま、気を失っていたようだ。
 メイリールに、もうまともな思考をする余裕は残っていなかった。もしかしたら、本当にあの瞬間は、気が狂っていたのかもしれないと、今は思う。
 それほどに、耐え難い事実だった。今までの自分の心の支えにしていたものが、全て崩れ去った。
 ルークが心配そうに自分の様子を伺っていることは分かっていたが、メイリールは据わった目で洞窟を睨み続けていた。
 その後の自分の行動は、あまりに苦痛で無意識に記憶を封じたのか、ぼんやりとしか思い出せない。
 一度魔界に戻ってはみたものの、あの夜の出来事がメイリールの頭から離れず、まるで悪夢を見続けているようだった。
 日夜その痛みに耐えるうち、次第に心にどろりとしたどす黒い感情が溜まっていき、膨れ上がったそれが限界に達したとき、メイリールは再び人間界へと飛び立っていた。
 洞窟へ真っ直ぐ向かい、ルーヴストリヒトがいなくなったのを見計らって、天使の寝込みを襲った。
 このとき、何がしたかったのか、自分でもよくわからない。とにかく、全てをめちゃくちゃにしてやりたかったことだけは、なんとなく思い出せる。
 そんなことをしても何にもならないのに、自分の醜い感情をこの無垢な天使にぶつけることしか、メイリールにはできなかった。
 結局、ルークの機転によってメイリールの行いはルーヴストリヒトの知るところとなり、すんでのところで最悪の事態は逃れられた。
 だが、罰としてメイリールに課されたのは、一週間口がきけなくなる消音魔法のみ。こんな時さえメイリールには甘いルーヴストリヒトの、残酷なまでの優しさに、嫌いになることさえもさせてもらえない。
 メイリールは、目の前に突きつけられた非情な現実から逃げるように、さらに荒んだ生活へと身を落とした。それを咎めるルークとの言い争いも日常茶飯事になった。
 そうしてどれくらい経ったかわからなくなった頃、ルーヴストリヒトの魔界追放が公式に通告された。そうして、かつてメイリールが背中を追い続けたその人は、魔界から姿を消した。
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