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02. 問題児の初恋

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 メイリールは、魔界の王たるルシファーに連なる一族の嫡男であり、いわゆる王族の一員である。
 幼い頃は、親どうし付き合いのある家の子供たちと遊ばされたが、メイリールは同じ年頃の魔族たちとはどうしてかうまく打ち解けることができなかった。代わりに、従兄であるルーヴストリヒトにだけやたらと懐き、暇さえあればルーヴ、ルーヴと後を追いかけ回していた。
 メイリールの記憶の中のルーヴストリヒトは、少々変わり者ではあったが、いつも優しかった。
 同年代の男の魔族たちの中では標準より控えめな大きさの自分の角を気にしていたメイリールに、ルーヴストリヒトは、俺は好きだよ、と言ってくれた。
 幼いメイリールが癇癪を起こして家出をしたとき、必死で探して連れ帰ってくれたのも、ルーヴストリヒトだった。
 家を飛び出したのはいいものの、帰るタイミングを見失い、だんだんと暗くなってくる空に心細くなって泣いていたメイリールを見つけたときのルーヴストリヒトの、ホッとしたような泣き笑いの表情は、今でも忘れられない。
「メイの大好きなお兄ちゃん」だったルーヴストリヒトは、やがて物心ついたメイリールの、初恋の相手となった。
 幼稚舎を卒業し、中等科、そして高等科へと進学するにつれ、目を見張るような美しい青年に成長したメイリールは、学内の男子を上から下まで軒並み虜にし、学外からも年頃の女性たちがメイリールをひと目見ようと押し寄せた。
 それでもそうした者たちには目もくれず、メイリールはルーヴストリヒト一筋だった。どうしたって聞こえてくる男どうしの猥談も、知識として得ておくにとどめ、脳内で全てルーヴストリヒト相手に変換した。
 もちろん、成長するにつれて、ルーヴストリヒトの社交界での立ち位置、彼を取り巻く高位の魔族の男女たちの駆け引きを含んだあれこれも、当然メイリールの耳に入って来るようになる。この頃にはさすがにメイリールもルーヴストリヒトの体面を考え、表立って口にすることはなくなったが、心の中ではルーヴストリヒトの伴侶になるのは自分以外あり得ないと頑なに信じ続けていた。
 社交界で名だたる魅力的な魔族たちの縁組の申し入れを、ルーヴストリヒトがすげなく断ったという噂を聞くたびに、やはり自分が成人するのを待ってくれているのだと、メイリールは心の中で確信を深めていた。
 そして、気の遠くなるような辛抱の日々を乗り越え、高等科を卒業したメイリールは、待ち焦がれた成人魔族となる日を迎えた。
 メイリールは、お祝いのために訪問してくれたルーヴストリヒトを自室に招き、この日のために磨き抜いたありったけの色気と誘い文句で誘惑した。このときメイリールは、ルーヴストリヒトが自分に応えて優しく、そして猛々しく契りを交わしてくれるものと信じきっていた。
 だから、ルーヴストリヒトが困った笑顔を浮かべ、メイリールの頭にその大きな手のひらをぽんと乗せて考えあぐねたように黙ってしまったとき、メイリールはうまく状況が飲み込めなくて、ぼんやりと見つめることしかできなかった。
 部屋の中に、静寂が立ち込める。
「メイ……メイリール」
 ルーヴストリヒトが妙に改まった口調で、メイリールの名をいつもの愛称ではなく、正式名で口にした。
 しん、と静まり返った部屋に、ルーヴストリヒトのベルベットのような声が重く響く。何か、望ましくないことを言おうとしているのだとメイリールは直感的に悟り、いやいやをするように、微かに首を横に振った。メイリールの弱々しい抵抗もむなしく、ルーヴストリヒトは続けた。
「メイリールの気持ちは……すごく嬉しい。これは、本当だよ。でも、」
 その続きを聞くのが恐ろしくて、メイリールは反射的に目を瞑り、こくりと喉を鳴らした。
「……こういうことは、もっと大切なひとが現れたときのために、とっておくんだ」
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