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2. かけがえのない日常**

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「まあ、今日はどちらにしても、もう終わりにしようと思っていたところでしたから」

 そう言ってアルーシャは結んでいた髪を解いて頭を軽く振り、仕事着にしている白い上衣を脱いだ。

「そうなのか? なんなら、まだ俺もう少し……?!」

 最後まで言わせず、アルーシャがつい、とラングレンの頬を両手で軽く挟む。そのままふわりと引き寄せて、唇を重ねた。

 カシャン、とアルーシャの顔から外された眼鏡が机に放られた音。
 一気に、部屋の中の空気が濃くなる。

「……ん……」

 ちゅっ、ちゅっと濡れた音を立てて、何度も、何度も唇をついばむように。
 手のひらに、唇に、絡ませた舌に感じるラングレンの熱が、アルーシャの体内にじわりと広がる。
 どさ、と荷物を床に落としたラングレンの大きな手が、アルーシャの後頭部に回って、頭を抱え込むように抱きしめられた。

「どした……?」

 キスの合間に囁かれる。細められた翡翠の瞳は、アルーシャに煽られて獰猛な光をちらつかせ始めた。
 甘くトーンを落としたラングレンの声は、ずるい、とアルーシャは思う。
 普段の元気で明るいラングレン青年の顔はなりをひそめ、どこまでもアルーシャを甘やかして絡めとる、危険な肉食獣が姿を現すのだ。

 本人はあまり自覚していないようだが、ラングレンはモテる。
 それこそ、老若男女向かうところ敵なしに全方位からモテる。
 本職はアルーシャの作る薬の販売だが、それ以外にも御用聞き、便利屋、用心棒など、頼まれればなんでもこなす。
 その親しみやすさと頼もしさは、町中の誰からも好かれていた。
 通りがかりに小さな女の子からお花をもらったかと思えば、頼まれごとをきいたおばあちゃんから山盛りの焼き菓子の籠を持たされて帰ってきたこともあるし、男連中からもしょっちゅう遊びの誘いがかかる。

 そんなラングレンに、アルーシャはいつも少しだけやきもちを焼く。
 ラングレンが皆に好かれるのは、間違いなく良いことだ。
 あまり人との交流が得意とは言えない自分の分まで、ラングレンが町の皆とうまくやってくれていることで、助かっている部分も大いにある。そう頭では分かっている。

 もう出会って8年になるというのに、自分の心の中にいまだにこんな狭量な部分があるのを、アルーシャは忌々しく思っていた。
 このまっすぐな男の目には自分しか映っていないと十分すぎるくらいわかっていても、毎日のように今日はこんなものをもらった、こんなことを褒められた、と嬉しそうに話してくれるのを聞くたび、チリリと心の底が焦げるような思いになるのだ。

 だから。
 アルーシャを誰より大事に思っていてくれて、その意志を何よりも尊重してくれているからこそ、もう少し外で用事を足してこようか、という発言になるのだと分かってはいても。

 ——今日はもうこれ以上、私以外の誰かに愛想振りまいてくることはないでしょう?

 そんな思いを悟られたくなくて、性急にラングレンを求めてしまう。

 口づけを止めぬまま、服を脱ぎ捨てて、もつれ合うように寝室へ向かった。

「……ッん、ぁ……」

 緩やかな突き上げに、声が溢れた。
 慈しむように、抱かれる。これでもかと愛を注ぎ込まれる。
 肌が触れ合うところから、溶けるような幸福感が広がっていく。
 少し眉を顰めたラングレンの顔にまた、煽られ。
 腹の奥がきゅうっと中にいるラングレンを締め付け、わきおこる甘い痺れに背筋を震わせた。

「あッ、あ、あ……ぁ」

 自分のものとも思えないような甘ったるい声が、ふたり分の熱気のこもる部屋に響く。
 達した余韻に、吐息が震えた。
 息を詰めるようにして、ほとんど同時にのぼりつめたラングレンが、どさりとアルーシャの上に覆いかぶさってくる。初夏の陽気に汗ばんだ肌が、どちらのものかわからなくなるほどにとろけあって、その熱と重みが愛おしくて。
 こうしていると、小さなヤキモチも、不安も、全部溶けて消えていくようだった。

 ずっと、こうして1日1日を生きて、少しずつ年を重ねて、いつかの別れの時まで、この愛しい男のそばに自分はいるのだろうとアルーシャは思っていた。

 ——ある日突然、ラングレンが原因不明の高熱を出すまでは。
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