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04. 人に恋したセイレーン

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 それからというもの、レトはめっきりとふさぎ込んだ。誰ともあまり口をきかず、時々、思い出したようにぼろぼろと泣く。一度泣き出すと、泣き疲れて眠るまで止まらなかった。
 人間を食べることも、できなくなった。どんなに見た目が違っていても、思い出してしまって、食べ物として見ることができない。どうかしたのかと心配した仲間に声をかけられても、ただ黙って頭を振るしかできなかった。やがてそんなレトに声をかけるものはいなくなり、誰もが自分のことを腫物のように思っているのが分かった。世界の全てが、レトを苦しめにかかっているようだった。

 そうしてレトは、どんどんと痩せ衰えていった。
 セイレーンが人間を食べずに生命を維持しようと思えば、大量の魚を食べ続けなくてはならず、現実的にはほぼ不可能だ。このままでいれば、自分がそう遠くないうちに死ぬことはレトにもわかっていた。
 レトは、自分がセイレーンとして生まれてきたことを、初めて憎んだ。なぜ王子と同じ、人間に生まれてこなかったのか。このまま生きていても、あの瞳に自分を映してもらうことが叶わないのなら、こんな命など無意味だった。

 目が溶けるのではないかと思うほどに泣き、いつしか意識が曖昧になり、いっそこのまま海が生まれる場所へ還れたら、とぼんやり思っていたレトの耳に、聞き慣れた声が響いてきた。

「レト、レート!! ……いい加減にしなさいよ!!」
「ディー、ネ……」

 もう何日も誰とも話していなかったから、掠れてうまく声が出ない。涙の膜でかすむ視界に、幼馴染の心配そうな顔が映った。荒っぽい口調の割に、レトの肩に置かれた手は遠慮がちで、ディーネの心の中を表しているようだった。

「レト、あんたこのまま死ぬ気じゃないでしょうね?」

 そうだ、と言いたかったが、言葉を発する気力も残っていないのと、ディーネの剣幕に圧されて何も言えない。
 黙ったままのレトにディーネはため息をつくと、手に持っていた小袋をあけて中身を取り出し、手のひらに乗せて差し出した。

「とりあえず、これ飲んで。伯母さまに頼み込んで、分けてもらったんだから」

 黒っぽい色をした塊に見えるそれをなんとか飲み込んだレトは、じわっと身体が熱くなるのを感じた。

「これは……?」
「伯母さま特製の滋養強壮剤よ。ウミマムシとか、ペングサの粉末とか、色々入ってる」
「おぇ……」

 中身を聞かなければよかったと思ったレトだったが、確かに、動かせなかった身体に力が戻ってきたような気がする。

「さて、ここからが本題なわけだけど」

 咳払いをして、ディーネがじろっとレトの顔を見た。

「レト、あれでしょ。恋煩い」
「ゲッホ、ゲホ、ゴホッ」

 ディーネの口から出た思いもよらない言葉にむせたレトは、今度こそ飲み込んだ塊を戻しそうになる。

「なん……で」
「だって、レト、分かりやすいんだもの。あの船が来た日、レトだけ歌わずに、ずっとあの若い人間を見てた。みんなが食べてる間いきなりいなくなって、丸一日以上帰ってこなかった。で、帰ってきたらこれでしょ。分かりやすすぎ」

 幼馴染の鋭い指摘に、レトは声もない。

「でも」
「セイレーンなのにおかしいって言いたいんでしょ。だいたいあんたの考えそうなことくらいわかるわよ。……でも、人間に恋をしたセイレーンは、レトが初めてじゃないわ」
「えっ」

 レトは目を見開いた。そんなの初耳だ。レトの反応に、ディーネは肩をすくめる。

「って言っても、私もおとぎ話として聞いたことがあるだけだけどね。その昔、人間に恋をしたセイレーンがいたんだって。そのセイレーンはどうしても人間になりたくて、秘密の術を使って人間に姿を変えてもらったんだって」
「それで……そのセイレーンは、どうなったの」
「あんまり細かいことは覚えてないんだけど……結局その人間には会えるんだけど、恋は叶うことなく、最後はセイレーンにも戻れなくて死んじゃうって結末だった気がする」
「そんな……」

 あまりにも悲しい終わり方に、レトは胸が締め付けられる思いだった。でも、もし恋が叶わなくても、焦がれた人にどうにかして会いたいと思うそのセイレーンの気持ちはレトにも痛いほど分かる。もしそんな術があるのなら、レトだって迷いなく人間になることを選ぶだろう。

「まあ、けど、それはお話の世界のことだもんね……」

 現実にそんな都合のいい術が転がっているわけがない。とはいえ、人間に恋することは決しておかしいことではないと慰めてくれようとしたディーネの心遣いは、レトの心に沁みた。
 レトがありがとう、と伝えようとすると、それを押しとどめるように、ディーネが手を振る。

「違うの、話はそれだけじゃなくって」
「何?」
「私、レトを精霊のところへ連れて行きたいの」
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