60 / 60
60. エピローグ
しおりを挟む
「ざーす」
「おう、はよー。お前このっ、休みを満喫しましたって顔しやがって」
「はい! しました!」
外は朝から、梅雨の気配も間近な曇り空。そんなどんよりとした天気とは無縁な声が、英京新聞本社の報道部フロアに響いた。
「まあ、熱血くんも今回はご活躍だったからなー」
「その呼び方、何回やめてくださいって言えば聞いてくれるんすか……」
二日ぶりに出社した将吾に、先輩社員たちから労いの声がかかる。適当にあしらいながら、将吾はそっとフロアを目で探した。
——いた。
こちらにはチラッと目線をよこしたきり、またPCの画面に集中している、眼鏡のインテリ美人……もとい、同期のエースたる、東堂流星。着替えやらの問題もあり、さすがに一緒に出社するわけにもいかなかったから、朝はバラバラに家を出た。
——まだ先だけど、いずれは一緒の家から出社したり、すんのかな……。
想像すると締まりがない顔になってしまいそうで、慌てて気持ちを切り替える。自分の机に到着すると、付箋が貼ってあった。
《出社次第、キャップと打ち合わせ》
東堂の字だ。今度こそ、ちゃんと目を合わせた。
「……了解です。では俺と小野で……」
二ヶ月ほど前にも、これと全く同じ光景を見た気がする。だけど、一つだけ違うのは。
東堂が将吾にチラッと視線を送った。将吾がこくり、と頷く。
「お前、俺の足を引っ張るなよ?」
「誰のことをおっしゃってるんですかね!」
我が意を得たりと軽口を叩き合う東堂と将吾に、高山が思わず吹き出した。
「お前ら、すっかりいいコンビになったなあ……」
孫の成長を見るような台詞に、東堂と将吾もつられて笑い出す。
「まあ、他の班に負けていられませんから」
挑戦的に言い放つ相棒は今日も格好良くて、たまらない。行くぞ、と声をかけられる前に、将吾も立ち上がっていた。
一つのヤマが終わればまた次が来る。
世の中に、報道すべき事件は毎日のように起こる。
その一つ一つに、真剣に向き合っていくことが自分の仕事だと改めて将吾は思う。自分達の仕事の背後には数えきれない人々の思いがある。それに向き合い、時にぶつかり。そうした巡り合わせの中で、自分もまた、前へ進んでいく。
そんな道のりの途中で、誰かと一緒に歩んでいくことになるのも、また巡り合わせで。お互いに背中を護り、戦い、傷つき……でもその時間は必ずかけがえのないものになると、将吾は確信している。
「おい」
いきなり横から声をかけられて、将吾は立ち止まった。何かと思えば、東堂が首元に手を伸ばしてくる。大人しくされるがままになっていると、どうやらネクタイを直されたらしい。
「さっき、言っただろう。今から行くのは」
「M山市議会議員事務所……」
「そういうことだ。舐めてかかられるぞ」
いや、ただの同僚なら、ネクタイ曲がってるぞ、と指摘して終わりだろう。手を出して直すなんて、普通はしない。
——無自覚、タチ悪い……!
にやけそうになる顔を無理やり引き締めて、将吾はもう見慣れた背中を追いかけた。
「おう、はよー。お前このっ、休みを満喫しましたって顔しやがって」
「はい! しました!」
外は朝から、梅雨の気配も間近な曇り空。そんなどんよりとした天気とは無縁な声が、英京新聞本社の報道部フロアに響いた。
「まあ、熱血くんも今回はご活躍だったからなー」
「その呼び方、何回やめてくださいって言えば聞いてくれるんすか……」
二日ぶりに出社した将吾に、先輩社員たちから労いの声がかかる。適当にあしらいながら、将吾はそっとフロアを目で探した。
——いた。
こちらにはチラッと目線をよこしたきり、またPCの画面に集中している、眼鏡のインテリ美人……もとい、同期のエースたる、東堂流星。着替えやらの問題もあり、さすがに一緒に出社するわけにもいかなかったから、朝はバラバラに家を出た。
——まだ先だけど、いずれは一緒の家から出社したり、すんのかな……。
想像すると締まりがない顔になってしまいそうで、慌てて気持ちを切り替える。自分の机に到着すると、付箋が貼ってあった。
《出社次第、キャップと打ち合わせ》
東堂の字だ。今度こそ、ちゃんと目を合わせた。
「……了解です。では俺と小野で……」
二ヶ月ほど前にも、これと全く同じ光景を見た気がする。だけど、一つだけ違うのは。
東堂が将吾にチラッと視線を送った。将吾がこくり、と頷く。
「お前、俺の足を引っ張るなよ?」
「誰のことをおっしゃってるんですかね!」
我が意を得たりと軽口を叩き合う東堂と将吾に、高山が思わず吹き出した。
「お前ら、すっかりいいコンビになったなあ……」
孫の成長を見るような台詞に、東堂と将吾もつられて笑い出す。
「まあ、他の班に負けていられませんから」
挑戦的に言い放つ相棒は今日も格好良くて、たまらない。行くぞ、と声をかけられる前に、将吾も立ち上がっていた。
一つのヤマが終わればまた次が来る。
世の中に、報道すべき事件は毎日のように起こる。
その一つ一つに、真剣に向き合っていくことが自分の仕事だと改めて将吾は思う。自分達の仕事の背後には数えきれない人々の思いがある。それに向き合い、時にぶつかり。そうした巡り合わせの中で、自分もまた、前へ進んでいく。
そんな道のりの途中で、誰かと一緒に歩んでいくことになるのも、また巡り合わせで。お互いに背中を護り、戦い、傷つき……でもその時間は必ずかけがえのないものになると、将吾は確信している。
「おい」
いきなり横から声をかけられて、将吾は立ち止まった。何かと思えば、東堂が首元に手を伸ばしてくる。大人しくされるがままになっていると、どうやらネクタイを直されたらしい。
「さっき、言っただろう。今から行くのは」
「M山市議会議員事務所……」
「そういうことだ。舐めてかかられるぞ」
いや、ただの同僚なら、ネクタイ曲がってるぞ、と指摘して終わりだろう。手を出して直すなんて、普通はしない。
——無自覚、タチ悪い……!
にやけそうになる顔を無理やり引き締めて、将吾はもう見慣れた背中を追いかけた。
0
お気に入りに追加
10
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~
ブライダル・ラプソディー
葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。
しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが──
エブリスタにも投稿しています。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる