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59. 今日を忘れない
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将吾の質問に、東堂は本当に今更だな、と言ってから、話し始めた。
「そんな、語るほど立派な理由やきっかけがあったわけじゃない。……大学時代、友人で、記者に憧れていた奴がいたんだが、周りがみんなやめろと言っていた」
「なんで?」
「要求される能力がそいつには高すぎる、というのと、まああとは激務だろうとか、憧れでなると痛い目見るぞとか」
「あー」
東堂が語る内容はどれも、かつて将吾自身が経験したものばかりだった。自分も散々周りから止められたっけな、と懐かしく思い返す。そんな声には耳を貸さずなんとか記者職に漕ぎ着けた結果、見事に壁にぶつかったわけだが。
「で、それを聞いて、そんなにハードルが高いなら、やってみようと思った」
「え⁉︎ そこでそうなる⁉︎」
東堂曰く、特にこれといって他にやりたいことがあったわけでもなかったし、自分の能力を試してみるには丁度いいと思った、らしい。
「まあ、お前らしいっちゃ、らしいな……」
それで同期のエースになってしまうのだから、もう存在が嫌味だ。昔の自分が聞いたら、やり場のない怒りを焼肉食べ放題にでもぶつけに行っただろう。
「でも、俺はお前が羨ましかった」
突然告げられた言葉に、将吾はその場で固まった。
なぜそうなるのだ。かたや将来有望な若手のホープ、かたや憧れで飯は食えないの見本になれそうな自分。このどこに羨ましいと思う要素があるというのか。
「俺にはお前みたいに、熱意や夢や、自分が拠って立つ何かがない。お前は仕事の出来という意味では確かに、平均以下ではあるかもしれないが」
相変わらずの歯に衣着せぬ物言いに将吾は苦笑いした。でもそこに悪意がないことを今は分かっているから、不思議と落ち込まない。
「もっとこうした方がいい、というのが俺には見え、お前には見えていないことがよくあった。だからその度に指摘したし、お前は怒った。まあ、屈辱的だっただろうからな。でも、お前はいつも自分が信じるものに全力で、だからこそ怒るんだな、と思うと、俺はそれが羨ましかった」
ああ、と将吾は思う。東堂なりに、きっと、もがいていた。東堂が揺らいだ時、ちょうど自分が東堂の前に現れて、その自分は東堂にないものを持っていて。そのことが、もしかしたら、ほんの少し、東堂の進む道に影響していた、かもしれない。他の班のやり方に疑問を抱き、徹底した合理主義を貫けなくなった自分を抱えあぐねていた東堂が、そのままでいいんだと少しは思えるきっかけになったかもしれない。将吾はそんな可能性に、くすぐったくなった。
「そっか」
なんだか無性に嬉しくて、将吾は身をかがめて東堂にキスを落とす。調子に乗るな、と押しのけられるのさえ、じゃれあいの延長のようだ。今日のことは忘れないと、予感のように、そう思った。
「そんな、語るほど立派な理由やきっかけがあったわけじゃない。……大学時代、友人で、記者に憧れていた奴がいたんだが、周りがみんなやめろと言っていた」
「なんで?」
「要求される能力がそいつには高すぎる、というのと、まああとは激務だろうとか、憧れでなると痛い目見るぞとか」
「あー」
東堂が語る内容はどれも、かつて将吾自身が経験したものばかりだった。自分も散々周りから止められたっけな、と懐かしく思い返す。そんな声には耳を貸さずなんとか記者職に漕ぎ着けた結果、見事に壁にぶつかったわけだが。
「で、それを聞いて、そんなにハードルが高いなら、やってみようと思った」
「え⁉︎ そこでそうなる⁉︎」
東堂曰く、特にこれといって他にやりたいことがあったわけでもなかったし、自分の能力を試してみるには丁度いいと思った、らしい。
「まあ、お前らしいっちゃ、らしいな……」
それで同期のエースになってしまうのだから、もう存在が嫌味だ。昔の自分が聞いたら、やり場のない怒りを焼肉食べ放題にでもぶつけに行っただろう。
「でも、俺はお前が羨ましかった」
突然告げられた言葉に、将吾はその場で固まった。
なぜそうなるのだ。かたや将来有望な若手のホープ、かたや憧れで飯は食えないの見本になれそうな自分。このどこに羨ましいと思う要素があるというのか。
「俺にはお前みたいに、熱意や夢や、自分が拠って立つ何かがない。お前は仕事の出来という意味では確かに、平均以下ではあるかもしれないが」
相変わらずの歯に衣着せぬ物言いに将吾は苦笑いした。でもそこに悪意がないことを今は分かっているから、不思議と落ち込まない。
「もっとこうした方がいい、というのが俺には見え、お前には見えていないことがよくあった。だからその度に指摘したし、お前は怒った。まあ、屈辱的だっただろうからな。でも、お前はいつも自分が信じるものに全力で、だからこそ怒るんだな、と思うと、俺はそれが羨ましかった」
ああ、と将吾は思う。東堂なりに、きっと、もがいていた。東堂が揺らいだ時、ちょうど自分が東堂の前に現れて、その自分は東堂にないものを持っていて。そのことが、もしかしたら、ほんの少し、東堂の進む道に影響していた、かもしれない。他の班のやり方に疑問を抱き、徹底した合理主義を貫けなくなった自分を抱えあぐねていた東堂が、そのままでいいんだと少しは思えるきっかけになったかもしれない。将吾はそんな可能性に、くすぐったくなった。
「そっか」
なんだか無性に嬉しくて、将吾は身をかがめて東堂にキスを落とす。調子に乗るな、と押しのけられるのさえ、じゃれあいの延長のようだ。今日のことは忘れないと、予感のように、そう思った。
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