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43. 二人きりで
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「あ、えっと、ちょっと片付けるから、その辺座っててくれるか」
将吾は脱ぎ捨てたままになっていた部屋着の塊を慌てて拾い上げ、背後の東堂に声をかけた。無事家まで来たはいいが、こんな予定ではなかったから、部屋の中の状況はあまり準備万端とは言えない。
「ほい、お待たせ。こんなもんしかなくて申し訳ないけど」
お茶の入ったグラスを二つローテーブルに置き、将吾も座った。最低限見苦しいものだけは超特急でクローゼットに放り込んだから、多少見栄えはマシになったはずだ。
将吾としては、もっと時間をかけてゆっくり関係を作っていくつもりだった。こんなに早い段階で東堂を部屋に招待することになるなんて、想定外もいいところだ。将吾にだって、仮にもそれなりに特別に思っている人を部屋に呼ぶなら、もう少し用意周到にしたかった思いはある。冷蔵庫の中に、たまたま手をつけていなかったペットボトルのお茶があって助かった。
一息ついたら、やたらと喉が渇いていることに気づいて、将吾は自分のグラスに口をつける。つられるように、東堂も自分の分に手を伸ばした。グラス越しに東堂を盗み見れば、向こうも同じように緊張した面持ちだ。膝の上に置かれた手が、落ち着かなげに握られたり、開いたりしている。電車の中も、駅からの道でも、黙っているのが気まずくてやたらどうでもいい話を振っていた将吾と反対に、東堂は相槌を打つばかりでほとんど何も喋らなかった。
——勢いで来たはいいけど……ってところか。
東堂の台詞をもう一度、頭の中で思い浮かべる。嬉しいやら恥ずかしいやらで顔から火が出そうだ。何から話そう。どこから、伝えよう。
「ええと……」
将吾が口を開くなり、東堂がビクッと反応する。つい身体が動きそうになるが、今はその手に触れるより、きちんと話をしなければ。自分を落ち着かせるように、将吾は息を吸った。
——まずは、勘違いの訂正からだな。
「俺は、お前をからかってやろうとか、そんなつもりは全くない。まして誰にでも気軽にあんなことをするとか、ありえない」
しんと静まり返った部屋に、自分の声がやたら大きく響くように感じられる。
言葉の上ならばなんとでも言えるのは承知の上だ。それでも、今はこれしかできない。
「不安にさせたなら、ごめん」
東堂の顔をさっと朱が走る。なんだか既に付き合っている恋人同士の痴話喧嘩のようで、言っている将吾だって自分でむず痒い。でも、恥ずかしさをふざけて誤魔化したりすれば、ここまでが全て水の泡だ。
将吾は脱ぎ捨てたままになっていた部屋着の塊を慌てて拾い上げ、背後の東堂に声をかけた。無事家まで来たはいいが、こんな予定ではなかったから、部屋の中の状況はあまり準備万端とは言えない。
「ほい、お待たせ。こんなもんしかなくて申し訳ないけど」
お茶の入ったグラスを二つローテーブルに置き、将吾も座った。最低限見苦しいものだけは超特急でクローゼットに放り込んだから、多少見栄えはマシになったはずだ。
将吾としては、もっと時間をかけてゆっくり関係を作っていくつもりだった。こんなに早い段階で東堂を部屋に招待することになるなんて、想定外もいいところだ。将吾にだって、仮にもそれなりに特別に思っている人を部屋に呼ぶなら、もう少し用意周到にしたかった思いはある。冷蔵庫の中に、たまたま手をつけていなかったペットボトルのお茶があって助かった。
一息ついたら、やたらと喉が渇いていることに気づいて、将吾は自分のグラスに口をつける。つられるように、東堂も自分の分に手を伸ばした。グラス越しに東堂を盗み見れば、向こうも同じように緊張した面持ちだ。膝の上に置かれた手が、落ち着かなげに握られたり、開いたりしている。電車の中も、駅からの道でも、黙っているのが気まずくてやたらどうでもいい話を振っていた将吾と反対に、東堂は相槌を打つばかりでほとんど何も喋らなかった。
——勢いで来たはいいけど……ってところか。
東堂の台詞をもう一度、頭の中で思い浮かべる。嬉しいやら恥ずかしいやらで顔から火が出そうだ。何から話そう。どこから、伝えよう。
「ええと……」
将吾が口を開くなり、東堂がビクッと反応する。つい身体が動きそうになるが、今はその手に触れるより、きちんと話をしなければ。自分を落ち着かせるように、将吾は息を吸った。
——まずは、勘違いの訂正からだな。
「俺は、お前をからかってやろうとか、そんなつもりは全くない。まして誰にでも気軽にあんなことをするとか、ありえない」
しんと静まり返った部屋に、自分の声がやたら大きく響くように感じられる。
言葉の上ならばなんとでも言えるのは承知の上だ。それでも、今はこれしかできない。
「不安にさせたなら、ごめん」
東堂の顔をさっと朱が走る。なんだか既に付き合っている恋人同士の痴話喧嘩のようで、言っている将吾だって自分でむず痒い。でも、恥ずかしさをふざけて誤魔化したりすれば、ここまでが全て水の泡だ。
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