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19. 東堂なりの後始末
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東堂から連絡があったのは、意外にも週明けすぐだった。
あの様子では少し時間がかかるかもしれないと、しばらく単独で動く心算をしていた将吾はやや肩透かしを食らう。しかも、連絡と言っても「これから本社へ寄る。十三時に出るからそのつもりで」と素っ気ないメッセージが送り付けられてきただけである。本社で溜まっていた書類仕事をするつもりだった将吾が、その十三時を目前にして慌てて片付けにかかったところで、後ろから聞き慣れた冷たい声が降ってきた。
「おい、何をもたもたしてる。十三時に出ると言ってあったはずだろう。十三時に出るというのは十三時にPCを閉じるんじゃないことくらい……」
流れるような嫌味が頭の上を通過していく。あまりにも通常運転だ。いや、むしろ通常よりもパワーアップしているかもしれない。先週の出来事は自分の記憶の捏造だったのかと思えるほどに清々しい毒舌を浴びて、将吾は目を白黒させた。
一通り言い終わるなり将吾を待たずさっさと歩き出す東堂を追って、将吾も慌てて社屋を飛び出した。
「今日はこの後、地元の商工会の関係者に話が聞けることになっている。それから……」
歩きながら淡々と予定を説明する東堂の横顔に、先週末の一件の名残は全く感じられない。将吾はかえってどう接すればいいのか、わからなくなっていた。
——まあ、本人が触れたくないなら、あえてこっちからつっこむこともないか……。
そう思って将吾が気持ちを切り替えようとした、その時だった。
「先週の、件だが——」
ごく僅かに、東堂の声が硬くなった。
全身が耳になりそうだったが、将吾はそれを態度に出さないよう、つとめて何でもないふうを装う。あえてそっけなく相槌を打って、先を促した。
東堂が右手で眼鏡の縁に触れる。考えをまとめようとしているときにする仕草だと、この頃の将吾にはわかってきている。そんな何気ない仕草に気持ちが読み取れるようになったことが、少し将吾は嬉しかった。東堂が少し息を吸い込んで、先を続ける。
「あいつがこの件に関して絡んでくることはもうない。だから……いや、とにかく巻き込んで、悪かった」
——ん、何? どういうことだ⁇
さらっと言われたが、いろいろと端折られすぎていてさっぱり分からない。
「いやいや、ちょっと待てよ。どういうことか全くわかんねえ。お前のことだから俺の理解とかどうでもいいと思ってんのかも知れねえけど、さすがにこの前の今日で、もう安心しろってだけ言われてハイソウデスカとはならないだろ」
東堂が一つ、ため息をついた。食い下がられるのは想定の範囲内だったらしい。ちょっとの間言葉を探すように考えたあと、面倒臭そうに続けた。
「……あいつの上の人間に話が通せるやつに頼んで、そっちから手を回させた。さすがにあいつも、上に逆らってまで何かすることはないからな」
素っ気ない口調でそれだけ言うと、東堂は今度こそきっぱりと前を向いて歩みを早める。さすがに、今これ以上聴き出すのは無理そうだ。将吾は諦めて東堂に歩く速度を合わせた。
——あ、でも、それなら……。
記事はどうするんだろう、と将吾は思った。三ツ藤が手出しできなくなったのなら、あの脅しも無効なのではないのか。そこまで考えた時、横から東堂の声がした。
あの様子では少し時間がかかるかもしれないと、しばらく単独で動く心算をしていた将吾はやや肩透かしを食らう。しかも、連絡と言っても「これから本社へ寄る。十三時に出るからそのつもりで」と素っ気ないメッセージが送り付けられてきただけである。本社で溜まっていた書類仕事をするつもりだった将吾が、その十三時を目前にして慌てて片付けにかかったところで、後ろから聞き慣れた冷たい声が降ってきた。
「おい、何をもたもたしてる。十三時に出ると言ってあったはずだろう。十三時に出るというのは十三時にPCを閉じるんじゃないことくらい……」
流れるような嫌味が頭の上を通過していく。あまりにも通常運転だ。いや、むしろ通常よりもパワーアップしているかもしれない。先週の出来事は自分の記憶の捏造だったのかと思えるほどに清々しい毒舌を浴びて、将吾は目を白黒させた。
一通り言い終わるなり将吾を待たずさっさと歩き出す東堂を追って、将吾も慌てて社屋を飛び出した。
「今日はこの後、地元の商工会の関係者に話が聞けることになっている。それから……」
歩きながら淡々と予定を説明する東堂の横顔に、先週末の一件の名残は全く感じられない。将吾はかえってどう接すればいいのか、わからなくなっていた。
——まあ、本人が触れたくないなら、あえてこっちからつっこむこともないか……。
そう思って将吾が気持ちを切り替えようとした、その時だった。
「先週の、件だが——」
ごく僅かに、東堂の声が硬くなった。
全身が耳になりそうだったが、将吾はそれを態度に出さないよう、つとめて何でもないふうを装う。あえてそっけなく相槌を打って、先を促した。
東堂が右手で眼鏡の縁に触れる。考えをまとめようとしているときにする仕草だと、この頃の将吾にはわかってきている。そんな何気ない仕草に気持ちが読み取れるようになったことが、少し将吾は嬉しかった。東堂が少し息を吸い込んで、先を続ける。
「あいつがこの件に関して絡んでくることはもうない。だから……いや、とにかく巻き込んで、悪かった」
——ん、何? どういうことだ⁇
さらっと言われたが、いろいろと端折られすぎていてさっぱり分からない。
「いやいや、ちょっと待てよ。どういうことか全くわかんねえ。お前のことだから俺の理解とかどうでもいいと思ってんのかも知れねえけど、さすがにこの前の今日で、もう安心しろってだけ言われてハイソウデスカとはならないだろ」
東堂が一つ、ため息をついた。食い下がられるのは想定の範囲内だったらしい。ちょっとの間言葉を探すように考えたあと、面倒臭そうに続けた。
「……あいつの上の人間に話が通せるやつに頼んで、そっちから手を回させた。さすがにあいつも、上に逆らってまで何かすることはないからな」
素っ気ない口調でそれだけ言うと、東堂は今度こそきっぱりと前を向いて歩みを早める。さすがに、今これ以上聴き出すのは無理そうだ。将吾は諦めて東堂に歩く速度を合わせた。
——あ、でも、それなら……。
記事はどうするんだろう、と将吾は思った。三ツ藤が手出しできなくなったのなら、あの脅しも無効なのではないのか。そこまで考えた時、横から東堂の声がした。
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