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18. 理由の分からない怒り
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だいぶ酔いが回ってはいるが、それでもなお勢いで話してしまっていいものか、迷っている顔だ。
「話してくれ」
促すと、佐倉はまだ少し躊躇っているようだったが、一つ頷いて口を開いた。
「俺ね、記者ってそういうまあ、危険な目にあったりするのって、そんなに珍しいことじゃないと思うんだよね」
それについては将吾も同感だ。将吾自身もそこまで直接的な暴力沙汰には巻き込まれたことこそないが、危なかったことなら何度もある。
「それでさ、そういうのでいちいちトラウマになってたら、やってけないと思うんだよね。東堂だって、わざわざ言わないだけで、同じような目にはこれまでだって遭ってきたと思うし」
やけに回りくどい言い方をするな、と将吾は思ったが、佐倉が言いたいことがなんとなく分かりそうな気もする。
「お前は、その暴力沙汰になった相手の男が、ただの知人程度の関係じゃなかった、って言いたいのか?」
将吾がはっきり言葉にすると、佐倉は頷いた。
「あんま下世話な話はしたくない、って言いながら、超絶下世話な話をして申し訳ないんだけどさ」
将吾の推測と、佐倉の意見は概ね一致していた。
ただの知人ならば、暴力沙汰になったところでそれほど精神的なダメージを引きずるとは考えにくい。まして東堂の性格でまずそれはあり得ない。とすれば、トラウマになるほどの親密な関係だった、ということになる。
佐倉は、東堂と相手の男が恋愛関係にあったとまでは思っていなかったようだが、少なくとも親友かそのくらい近しい間柄の人物だったと踏んでいるようだった。
——三ツ藤だろうな。まず間違いなく。
限りなく確信に近い予感だった。
この間の三ツ藤と東堂との会話を頭の中で再生する。佐倉の語った話と照らし合わせると、いろいろと合点がいった。
手元のジョッキの残りを流し込む。胃がカッと熱くなるのは、ビールのせいか、それとも一度は落ち着いていた三ツ藤に対する怒りが再燃したからなのか分からない。
東堂と三ツ藤の間にあったであろう出来事を知れば知るほど、将吾にはその身勝手さが信じられなかった。
——大切な相手だったら、幸せそうに笑う顔を見たいと思うものじゃないのか? 力づくで縛り付けて、行く手を遮って、大事にしているものを踏みにじって、それであいつが幸せだとでも?
「クソ……ッ」
思わず悪態が漏れた。びっくりしたように佐倉が顔を上げる。
「どした?」
気の抜けるような佐倉の声に、将吾は曖昧に笑って誤魔化した。
その後は他の同期の近況や最近のニュースに話題が移ってゆき、終電がなくなる前に将吾と佐倉は店を出た。
同じようにギリギリまで飲んでいた乗客で混雑した車両に揺られながら、将吾は真っ暗な車窓を見るともなしに眺める。頭に浮かぶのは三ツ藤の下卑た余裕の笑みと、東堂の見せた様々な表情、膝の上で白くなるほど握り締められた手。その光景が頭にこびりついて、離れない。
——俺は、どうすればいいんだ。
何も、できなかった。
三ツ藤と東堂の間には、将吾に割って入ることの許されない確固たる何かがあった。東堂の力になりたくても、今の将吾では、頼ってもらうことすらできないだろう。それがひどく苛立たしく、歯痒い。
将吾は、三ツ藤がどうしても許せなかった。これまでも取材の中で怒りを覚える場面は多々あったが、そのどれとも違う種類の怒りである気がする。
自分に何ができるのか。どうしたら、東堂の力になれるのか。その問いの答えは、将吾が帰宅して床についても出ることはなかった。
「話してくれ」
促すと、佐倉はまだ少し躊躇っているようだったが、一つ頷いて口を開いた。
「俺ね、記者ってそういうまあ、危険な目にあったりするのって、そんなに珍しいことじゃないと思うんだよね」
それについては将吾も同感だ。将吾自身もそこまで直接的な暴力沙汰には巻き込まれたことこそないが、危なかったことなら何度もある。
「それでさ、そういうのでいちいちトラウマになってたら、やってけないと思うんだよね。東堂だって、わざわざ言わないだけで、同じような目にはこれまでだって遭ってきたと思うし」
やけに回りくどい言い方をするな、と将吾は思ったが、佐倉が言いたいことがなんとなく分かりそうな気もする。
「お前は、その暴力沙汰になった相手の男が、ただの知人程度の関係じゃなかった、って言いたいのか?」
将吾がはっきり言葉にすると、佐倉は頷いた。
「あんま下世話な話はしたくない、って言いながら、超絶下世話な話をして申し訳ないんだけどさ」
将吾の推測と、佐倉の意見は概ね一致していた。
ただの知人ならば、暴力沙汰になったところでそれほど精神的なダメージを引きずるとは考えにくい。まして東堂の性格でまずそれはあり得ない。とすれば、トラウマになるほどの親密な関係だった、ということになる。
佐倉は、東堂と相手の男が恋愛関係にあったとまでは思っていなかったようだが、少なくとも親友かそのくらい近しい間柄の人物だったと踏んでいるようだった。
——三ツ藤だろうな。まず間違いなく。
限りなく確信に近い予感だった。
この間の三ツ藤と東堂との会話を頭の中で再生する。佐倉の語った話と照らし合わせると、いろいろと合点がいった。
手元のジョッキの残りを流し込む。胃がカッと熱くなるのは、ビールのせいか、それとも一度は落ち着いていた三ツ藤に対する怒りが再燃したからなのか分からない。
東堂と三ツ藤の間にあったであろう出来事を知れば知るほど、将吾にはその身勝手さが信じられなかった。
——大切な相手だったら、幸せそうに笑う顔を見たいと思うものじゃないのか? 力づくで縛り付けて、行く手を遮って、大事にしているものを踏みにじって、それであいつが幸せだとでも?
「クソ……ッ」
思わず悪態が漏れた。びっくりしたように佐倉が顔を上げる。
「どした?」
気の抜けるような佐倉の声に、将吾は曖昧に笑って誤魔化した。
その後は他の同期の近況や最近のニュースに話題が移ってゆき、終電がなくなる前に将吾と佐倉は店を出た。
同じようにギリギリまで飲んでいた乗客で混雑した車両に揺られながら、将吾は真っ暗な車窓を見るともなしに眺める。頭に浮かぶのは三ツ藤の下卑た余裕の笑みと、東堂の見せた様々な表情、膝の上で白くなるほど握り締められた手。その光景が頭にこびりついて、離れない。
——俺は、どうすればいいんだ。
何も、できなかった。
三ツ藤と東堂の間には、将吾に割って入ることの許されない確固たる何かがあった。東堂の力になりたくても、今の将吾では、頼ってもらうことすらできないだろう。それがひどく苛立たしく、歯痒い。
将吾は、三ツ藤がどうしても許せなかった。これまでも取材の中で怒りを覚える場面は多々あったが、そのどれとも違う種類の怒りである気がする。
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