14 / 60
14. 東堂の傷
しおりを挟む
三ツ藤が再び東堂に向き直る。
「邪魔が入ったな。けどなあ、流星。そうやって言われて、ハイそうですか、って俺が言うとは、お前も思ってねえだろ?」
将吾のことなどなかったように三ツ藤はそう言うと、おもむろに立ち上がり、一歩、二歩と東堂に近寄った。
大柄な男から見下ろされる形になり、その威圧感に将吾まで気圧されそうになる。見る間に、東堂が体を硬くしたのが将吾にも分かった。不自然なほどに目を逸らし、手が白くなるほど硬く握りしめている。
「お前とああいう終わり方をしたのは、俺にとってかなり不本意だったんだよ。それをもう一度やり直すチャンスも与えねえで、俺に構うなはねえよなあ?」
声色は猫撫で声だが、明らかに選択の余地を与えていない。
「……触るなッ」
馴れ馴れしく肩に置かれた男の手を、東堂が反射的に振り払う。その光景に、いつかの休憩室で聞いた話が将吾の脳裏をよぎった。
——東堂さん、男に触られるのがダメなんだって。
もしかして、こいつが。そんな思いが浮かび上がりかけたが、今はそれどころではない。
東堂の示したあからさまな拒絶が癇に障ったのか、三ツ藤はやや苛立たしげに振り払われた腕を組んで仁王立ちした。
「まさかとは思うが、この場は適当なことを言ってうまいことずらかって、ぬけぬけと記事にしちまおうなんて思ってねえだろうな? もしそんなことをしてみろ、俺もそれなりの対応をさせてもらうぜ?」
不穏な物言いに、将吾も東堂も三ツ藤を見上げる。その顔に浮かんでいる暗い笑みに、背筋がゾッとした。
「そうだなあ、まああのババアの即刻解雇は当然として。ババアの話したことを、実名付きで学園の関係者に流すってのもいいな。かわいそうに、あのババアは二度とまともな仕事につけなくなるだろうなあ」
三ツ藤が次々と口にする〝それなりの対応〟の内容に、将吾は気分が悪くなってくる。
皮肉なことに、三ツ藤の挙げた内容から、一番近くで東堂を見てきたという言葉がただのハッタリではなく、この男は名実ともに東堂と深い関係にあったのだろうと将吾は納得せざるを得なかった。自分たちが関わったことで、相手の未来や生活がリスクに晒される。それこそ東堂が最も恐れ、避けていることだ。仕事仲間でさえ知っているのは限られた、近しい人間だけだろう。
そこまで分かった上で、一番相手を傷つけることを平気で行う。東堂へ向けられた男の執着は将吾の理解を超えており、もはや恐ろしかった。
「分かった……」
「え」
目を伏せた東堂の弱々しい声に、将吾が思わず声を上げる。
——まさか、こいつの要求を飲むつもりか……?
すると東堂は、将吾を制するように頭を振って、続けた。
「分かった。今日、聞いた話は、全て忘れる。記事にはしない」
「おい……!」
本気か、と続けようとしたが、顔を上げた東堂と視線が合った途端、言葉を飲み込んだ。その目を見てなお、その意志を問うのは愚かだった。
黙って立ち上がった東堂と将吾を見て、三ツ藤は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん……痩せ我慢か? それじゃあ荻野のババアも浮かばれねえな? 大人しく俺んとこに来て、ババアの記事を書きゃあ、英京新聞の一人勝ちだ。それを、お前の個人的な事情で、無かったことにしていいのか?」
あからさまな三ツ藤の煽りに、東堂がピクッと反応する。だが、東堂は男を一瞥すると、そのまま背を向けて店の扉へ向かって歩き出した。将吾も慌ててそのあとを追いかける。
男が追ってくる気配はなかった。
「邪魔が入ったな。けどなあ、流星。そうやって言われて、ハイそうですか、って俺が言うとは、お前も思ってねえだろ?」
将吾のことなどなかったように三ツ藤はそう言うと、おもむろに立ち上がり、一歩、二歩と東堂に近寄った。
大柄な男から見下ろされる形になり、その威圧感に将吾まで気圧されそうになる。見る間に、東堂が体を硬くしたのが将吾にも分かった。不自然なほどに目を逸らし、手が白くなるほど硬く握りしめている。
「お前とああいう終わり方をしたのは、俺にとってかなり不本意だったんだよ。それをもう一度やり直すチャンスも与えねえで、俺に構うなはねえよなあ?」
声色は猫撫で声だが、明らかに選択の余地を与えていない。
「……触るなッ」
馴れ馴れしく肩に置かれた男の手を、東堂が反射的に振り払う。その光景に、いつかの休憩室で聞いた話が将吾の脳裏をよぎった。
——東堂さん、男に触られるのがダメなんだって。
もしかして、こいつが。そんな思いが浮かび上がりかけたが、今はそれどころではない。
東堂の示したあからさまな拒絶が癇に障ったのか、三ツ藤はやや苛立たしげに振り払われた腕を組んで仁王立ちした。
「まさかとは思うが、この場は適当なことを言ってうまいことずらかって、ぬけぬけと記事にしちまおうなんて思ってねえだろうな? もしそんなことをしてみろ、俺もそれなりの対応をさせてもらうぜ?」
不穏な物言いに、将吾も東堂も三ツ藤を見上げる。その顔に浮かんでいる暗い笑みに、背筋がゾッとした。
「そうだなあ、まああのババアの即刻解雇は当然として。ババアの話したことを、実名付きで学園の関係者に流すってのもいいな。かわいそうに、あのババアは二度とまともな仕事につけなくなるだろうなあ」
三ツ藤が次々と口にする〝それなりの対応〟の内容に、将吾は気分が悪くなってくる。
皮肉なことに、三ツ藤の挙げた内容から、一番近くで東堂を見てきたという言葉がただのハッタリではなく、この男は名実ともに東堂と深い関係にあったのだろうと将吾は納得せざるを得なかった。自分たちが関わったことで、相手の未来や生活がリスクに晒される。それこそ東堂が最も恐れ、避けていることだ。仕事仲間でさえ知っているのは限られた、近しい人間だけだろう。
そこまで分かった上で、一番相手を傷つけることを平気で行う。東堂へ向けられた男の執着は将吾の理解を超えており、もはや恐ろしかった。
「分かった……」
「え」
目を伏せた東堂の弱々しい声に、将吾が思わず声を上げる。
——まさか、こいつの要求を飲むつもりか……?
すると東堂は、将吾を制するように頭を振って、続けた。
「分かった。今日、聞いた話は、全て忘れる。記事にはしない」
「おい……!」
本気か、と続けようとしたが、顔を上げた東堂と視線が合った途端、言葉を飲み込んだ。その目を見てなお、その意志を問うのは愚かだった。
黙って立ち上がった東堂と将吾を見て、三ツ藤は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん……痩せ我慢か? それじゃあ荻野のババアも浮かばれねえな? 大人しく俺んとこに来て、ババアの記事を書きゃあ、英京新聞の一人勝ちだ。それを、お前の個人的な事情で、無かったことにしていいのか?」
あからさまな三ツ藤の煽りに、東堂がピクッと反応する。だが、東堂は男を一瞥すると、そのまま背を向けて店の扉へ向かって歩き出した。将吾も慌ててそのあとを追いかける。
男が追ってくる気配はなかった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる