【完結】熱血くんと嫌味なアイツ【改稿版】

雫川サラ

文字の大きさ
上 下
13 / 60

13. 越えられない壁

しおりを挟む
 将吾はこの数週間、自分がこれまで東堂という人間のごく一面しか見ていなかったことを痛感していた。東堂が一体何を見て、どんなことを感じているのか、東堂から見える世界を知りたいと思うようになった。将吾にとって、東堂はすでに大切な仲間だ。もしできるなら、もっと踏み込んで話がしてみたいと思う。そんな相手がいいように愚弄され、傷つけられることに、憤りが抑えられない。同性の恋人がいたというところにはもっと衝撃を受けるべきなのかもしれないし、東堂の私的な過去を将吾は何も知らない。けれど、今はそんなことより、目の前で東堂がこんな扱いを受けていることが許せなかった。
 荻野がリスクを承知で、名乗り出て話してくれたこと。
 東堂がこのヤマにかける思い。
 自分たちがどれだけの時間と労力を割いて、この事件を追いかけてきたか。
 三ツ藤にとっては単なる記事の一つに過ぎなくとも、その裏にはこれだけの人の思い、努力がある。それら全てが、この男の、東堂に対する私的な欲望のもとに踏みにじられるのを黙って見ていなければならないというのは、どんなことよりも耐えがたかった。
「まだお前は、そんなことを……! もう全て終わったはずだろう! 俺に構うなと言ったはずだ!」
 東堂が声を荒げる。
 怒り、だけではない。その声は、どこかひどく傷ついているように聞こえた。
 気のせいかもしれない。それでも将吾の怒りはここで頂点に達した。
 ——お前に、東堂の気持ちが分かるか! こいつがどんな思いでここまでやってきたか……!
 将吾の中で、何かがぷちんと切れた。
「おい……! あんた、こいつの元カレだかなんだか知らねえが、こっちが大人しく聞いてりゃ、何脅迫じみたことを言ってるんだ? 東堂がどんな思いで、どれだけの努力と犠牲を払ってこの仕事をしてるか、あんたわかってんのか⁉︎」
 一息にまくしたてて、将吾は肩で息をした。東堂が驚いたようにこちらを見ている。
 三ツ藤は一瞬虚を突かれたような顔をした後、顔を顰めて吐き捨てるように言った。
「俺がこいつの仕事を分かってるかって? ハッ、俺はな、ずっとこいつの側で、一番近くでこいつを見てきたんだ。笑わせんなよ、兄ちゃん。お前なんかよりはるかに、俺はこいつのことを知ってんだよ。分かったら部外者は黙ってろ」
 冷え冷えとした怒気に、本能的に後退りをしたくなる。いやらしい余裕の笑みの消えた顔に、初めて一瞬だけ三ツ藤の本心が覗いたような気がした。
 将吾は、何も返せなかった。素性のわからない相手を迂闊に刺激するリスクももちろん頭を掠めたが、それより、自分の知らないかつての東堂を、ハッタリでなくおそらく事実として三ツ藤が知っているということ、それが将吾の勢いを地面に叩き落とした。知らない自分は、こちら側で見ているしかできない。二人との間に立ちはだかる壁を前に、将吾を襲うのは大きな無力感だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ブライダル・ラプソディー

葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。 しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが── エブリスタにも投稿しています。

君の声が聞こえる【高校生BL】

純鈍
BL
 低身長男子の佐藤 虎太郎は見せかけのヤンキーである。可愛いと言われる自分にいつもコンプレックスを感じていた。  そんなある日、虎太郎は道端で白杖を持って困っている高身長男子、西 瑛二を助ける。  瑛二はいままで見たことがないくらい綺麗な顔をした男子だった。 「ねえ虎太郎、君は宝物を手に入れたらどうする? ……俺はね、わざと手放してしまうかもしれない」  俺はこの言葉の意味を全然分かっていなかった。  これは盲目の高校生と見せかけのヤンキーがじれじれ友情からじれじれ恋愛をしていく物語  勘違いされやすい冷徹高身長ヤンキーとお姫様気質な低身長弱視男子の恋もあり

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...