【完結】熱血くんと嫌味なアイツ【改稿版】

雫川サラ

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7. 少しずつ見えてくるもの

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 東堂が関係者を片端から無差別に取材して回るような真似を決してしないことに、将吾は気づいていた。取材対象としてマークする人物の選別基準について、東堂は何も語ろうとはしない。それでも、取材を受ける側が、自分たちの功利の犠牲になることのないよう考えて選んでいるのだと、将吾は半ば直感的に理解していた。だからこそ、その結果としてのこの不首尾な状況に、またその選択をした自分自身にも、東堂は苛立っているのだろう。
 そんな状態の東堂と一緒にいれば、当然しょっちゅう罵声が飛んでくる。
「おい、いつまで呑気に食ってる」
 早速これだ。
 ぐ、と口の中の肉まんを喉に詰まらせかけ、将吾は急いで水を流し込んだ。
「いつ理事長が帰ってきてもおかしくない。今帰ってきたらお前どうする気だ。肉まん持ったまま取材するつもりか」
 今までであれば、ここまで言われればカチンときて、場所もわきまえず言い返していただろう。曲がりなりにも、何も食べないままで倒れてもいけないし、片手で食べられて体も温まる肉まんならうってつけだろうと、将吾なりに気を利かせて買ってきたのだ。
 けれど、将吾には、東堂が己の手柄だけを追求して足手まといの将吾をグズと罵っている、という単純な解釈はもうできなかった。
 黙ってしまった将吾に、東堂が怪訝そうな顔をする。いつもならカッとなって言い返してくるところだろうと、東堂の方も思っていたに違いなかった。
 下手に知ったようなことを言うわけにもいかず、こういう時にうまく言葉が出てくるタイプでもない将吾と、どうやら拍子抜けしたらしい東堂は、微妙にギクシャクとした空気の中、無言のままその晩もただひたすら待ち続けた。
「ここまで空振りだと、こっちの内部にスパイでもいるんじゃないかと思えてくるな……」
 結局その晩も理事長が二人の前に姿を表すことはなく、朝を迎えてしまった。
 住宅街を後にして、最寄りの駅までを重たい足取りで歩く。そんな中、東堂が独り言のように漏らした言葉に、将吾は軽く目を見開いた。それこそ東堂らしからぬ、弱音とも取れる発言だ。
 しかし、二人が何時ごろから張り込んでいるのか、何時に諦めて立ち去るのかを、もしや誰かに見られているのではないかと思ってしまうその気持ちは、将吾も同じだった。何年記者をやっていても、思うような成果があげられていない時のこの焦燥感、無力感に慣れることはない。
 将吾が記者を目指したのは、小学生の頃見た、戦場カメラマンを扱ったドキュメンタリ映画に感化されたのがきっかけだ。自分が伝えなければいけない光景がある、そう語る戦場カメラマンの使命感に燃える目に、多感な時期特有の、やや過剰に強い憧れを抱いた。
 将吾の中の原点ともいえるその時の感情は、今でも失われてはいない。だが、大人になって現実というものが見えてくるに従い、それに屈しないための打算や言い訳が、その上にどんどん付着していった。
 自分が伝えなければいけないことがある、と将吾は今でも信じてはいる。どんなに些細なニュースだろうと、それによって助かる人、救われる人がきっといると。
 それでも、この焦りと苛立ちの前には心が萎れそうになる。
 ——東堂は、なんで記者になったんだろうか。
 らしくない弱音めいた発言に、将吾は思う。今まではただただ嫌味なやつだと思っていたから、内面に興味なんて持つどころか、できれば関わらずに生きていきたいとさえ思っていた。
 けれど、東堂だってふとした瞬間に弱ることがあるのだ、と思ったら、一人の人間としての東堂を知りたいと思う気持ちが、ふわりと芽吹いた。
 自分とは何もかもが正反対に見えるこの男は、何を思って記者になり、どういう思いを持って日々仕事に当たり、どんな壁にぶつかってきたのだろう。
 ぼんやりと考えるうちに、すっかり見慣れてしまった最寄り駅のロータリーが前方に見えてきた。
 力なく片手を上げて、東堂と将吾はそれぞれの自宅の方向の乗り場へと向かう。
 朝のラッシュアワーが始まり出していた。
 もう人の流れに逆らう気力さえなく、将吾はくたびれた体を引きずるようにして自宅のマンションへと帰った。
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