7 / 60
7. 少しずつ見えてくるもの
しおりを挟む
東堂が関係者を片端から無差別に取材して回るような真似を決してしないことに、将吾は気づいていた。取材対象としてマークする人物の選別基準について、東堂は何も語ろうとはしない。それでも、取材を受ける側が、自分たちの功利の犠牲になることのないよう考えて選んでいるのだと、将吾は半ば直感的に理解していた。だからこそ、その結果としてのこの不首尾な状況に、またその選択をした自分自身にも、東堂は苛立っているのだろう。
そんな状態の東堂と一緒にいれば、当然しょっちゅう罵声が飛んでくる。
「おい、いつまで呑気に食ってる」
早速これだ。
ぐ、と口の中の肉まんを喉に詰まらせかけ、将吾は急いで水を流し込んだ。
「いつ理事長が帰ってきてもおかしくない。今帰ってきたらお前どうする気だ。肉まん持ったまま取材するつもりか」
今までであれば、ここまで言われればカチンときて、場所もわきまえず言い返していただろう。曲がりなりにも、何も食べないままで倒れてもいけないし、片手で食べられて体も温まる肉まんならうってつけだろうと、将吾なりに気を利かせて買ってきたのだ。
けれど、将吾には、東堂が己の手柄だけを追求して足手まといの将吾をグズと罵っている、という単純な解釈はもうできなかった。
黙ってしまった将吾に、東堂が怪訝そうな顔をする。いつもならカッとなって言い返してくるところだろうと、東堂の方も思っていたに違いなかった。
下手に知ったようなことを言うわけにもいかず、こういう時にうまく言葉が出てくるタイプでもない将吾と、どうやら拍子抜けしたらしい東堂は、微妙にギクシャクとした空気の中、無言のままその晩もただひたすら待ち続けた。
「ここまで空振りだと、こっちの内部にスパイでもいるんじゃないかと思えてくるな……」
結局その晩も理事長が二人の前に姿を表すことはなく、朝を迎えてしまった。
住宅街を後にして、最寄りの駅までを重たい足取りで歩く。そんな中、東堂が独り言のように漏らした言葉に、将吾は軽く目を見開いた。それこそ東堂らしからぬ、弱音とも取れる発言だ。
しかし、二人が何時ごろから張り込んでいるのか、何時に諦めて立ち去るのかを、もしや誰かに見られているのではないかと思ってしまうその気持ちは、将吾も同じだった。何年記者をやっていても、思うような成果があげられていない時のこの焦燥感、無力感に慣れることはない。
将吾が記者を目指したのは、小学生の頃見た、戦場カメラマンを扱ったドキュメンタリ映画に感化されたのがきっかけだ。自分が伝えなければいけない光景がある、そう語る戦場カメラマンの使命感に燃える目に、多感な時期特有の、やや過剰に強い憧れを抱いた。
将吾の中の原点ともいえるその時の感情は、今でも失われてはいない。だが、大人になって現実というものが見えてくるに従い、それに屈しないための打算や言い訳が、その上にどんどん付着していった。
自分が伝えなければいけないことがある、と将吾は今でも信じてはいる。どんなに些細なニュースだろうと、それによって助かる人、救われる人がきっといると。
それでも、この焦りと苛立ちの前には心が萎れそうになる。
——東堂は、なんで記者になったんだろうか。
らしくない弱音めいた発言に、将吾は思う。今まではただただ嫌味なやつだと思っていたから、内面に興味なんて持つどころか、できれば関わらずに生きていきたいとさえ思っていた。
けれど、東堂だってふとした瞬間に弱ることがあるのだ、と思ったら、一人の人間としての東堂を知りたいと思う気持ちが、ふわりと芽吹いた。
自分とは何もかもが正反対に見えるこの男は、何を思って記者になり、どういう思いを持って日々仕事に当たり、どんな壁にぶつかってきたのだろう。
ぼんやりと考えるうちに、すっかり見慣れてしまった最寄り駅のロータリーが前方に見えてきた。
力なく片手を上げて、東堂と将吾はそれぞれの自宅の方向の乗り場へと向かう。
朝のラッシュアワーが始まり出していた。
もう人の流れに逆らう気力さえなく、将吾はくたびれた体を引きずるようにして自宅のマンションへと帰った。
そんな状態の東堂と一緒にいれば、当然しょっちゅう罵声が飛んでくる。
「おい、いつまで呑気に食ってる」
早速これだ。
ぐ、と口の中の肉まんを喉に詰まらせかけ、将吾は急いで水を流し込んだ。
「いつ理事長が帰ってきてもおかしくない。今帰ってきたらお前どうする気だ。肉まん持ったまま取材するつもりか」
今までであれば、ここまで言われればカチンときて、場所もわきまえず言い返していただろう。曲がりなりにも、何も食べないままで倒れてもいけないし、片手で食べられて体も温まる肉まんならうってつけだろうと、将吾なりに気を利かせて買ってきたのだ。
けれど、将吾には、東堂が己の手柄だけを追求して足手まといの将吾をグズと罵っている、という単純な解釈はもうできなかった。
黙ってしまった将吾に、東堂が怪訝そうな顔をする。いつもならカッとなって言い返してくるところだろうと、東堂の方も思っていたに違いなかった。
下手に知ったようなことを言うわけにもいかず、こういう時にうまく言葉が出てくるタイプでもない将吾と、どうやら拍子抜けしたらしい東堂は、微妙にギクシャクとした空気の中、無言のままその晩もただひたすら待ち続けた。
「ここまで空振りだと、こっちの内部にスパイでもいるんじゃないかと思えてくるな……」
結局その晩も理事長が二人の前に姿を表すことはなく、朝を迎えてしまった。
住宅街を後にして、最寄りの駅までを重たい足取りで歩く。そんな中、東堂が独り言のように漏らした言葉に、将吾は軽く目を見開いた。それこそ東堂らしからぬ、弱音とも取れる発言だ。
しかし、二人が何時ごろから張り込んでいるのか、何時に諦めて立ち去るのかを、もしや誰かに見られているのではないかと思ってしまうその気持ちは、将吾も同じだった。何年記者をやっていても、思うような成果があげられていない時のこの焦燥感、無力感に慣れることはない。
将吾が記者を目指したのは、小学生の頃見た、戦場カメラマンを扱ったドキュメンタリ映画に感化されたのがきっかけだ。自分が伝えなければいけない光景がある、そう語る戦場カメラマンの使命感に燃える目に、多感な時期特有の、やや過剰に強い憧れを抱いた。
将吾の中の原点ともいえるその時の感情は、今でも失われてはいない。だが、大人になって現実というものが見えてくるに従い、それに屈しないための打算や言い訳が、その上にどんどん付着していった。
自分が伝えなければいけないことがある、と将吾は今でも信じてはいる。どんなに些細なニュースだろうと、それによって助かる人、救われる人がきっといると。
それでも、この焦りと苛立ちの前には心が萎れそうになる。
——東堂は、なんで記者になったんだろうか。
らしくない弱音めいた発言に、将吾は思う。今まではただただ嫌味なやつだと思っていたから、内面に興味なんて持つどころか、できれば関わらずに生きていきたいとさえ思っていた。
けれど、東堂だってふとした瞬間に弱ることがあるのだ、と思ったら、一人の人間としての東堂を知りたいと思う気持ちが、ふわりと芽吹いた。
自分とは何もかもが正反対に見えるこの男は、何を思って記者になり、どういう思いを持って日々仕事に当たり、どんな壁にぶつかってきたのだろう。
ぼんやりと考えるうちに、すっかり見慣れてしまった最寄り駅のロータリーが前方に見えてきた。
力なく片手を上げて、東堂と将吾はそれぞれの自宅の方向の乗り場へと向かう。
朝のラッシュアワーが始まり出していた。
もう人の流れに逆らう気力さえなく、将吾はくたびれた体を引きずるようにして自宅のマンションへと帰った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)
みづき(藤吉めぐみ)
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。
そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。
けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。
始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる