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第7章 海中宮殿と新たな試練

7-2 ゼラとミミリ

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 黒い本を読み終えたミミリ。
 ミミリは不自然な声を急に上げた。

「あっ、あ……れ……?」
「――! ミミリ!」

 黒い本に強い魔力MPを注いでいたミミリは、足の力が抜け、そのまま崩れ落ちそうになる。
 すかさずゼラは足に魔力MPを集中させ、高速移動で倒れゆくミミリを身を挺して受け止めた。

ってェ! はぁ、間に合って良かった」
「大丈夫か? ミミリ」
「ミミリ!」

 ゼラに抱き止められたミミリは、ゼラの腕の中で小さくコクリと頷く。

「ありがとう……ゼラくん……。私ちょっと、魔力MP使いすぎちゃったみたい。……あ、目の前が……真っ暗……。…………。」
「「ミミリ!」」

 ミミリはゼラの腕の中で意識を失った。
 この大きな船を動かす役目を担っていたこと、加えてこの黒い本だ。
 そうでなくとも、力尽きても当然なくらい、ここ最近、立て続けの錬成で過酷な労働をしていたのだ。

「回復魔法をかけることもできるけれど、ゆっくり寝かせてあげたいわ。ねぇ海竜様、ここに船のアンカーを下ろしていいかしら」
「構わん。海中神殿の仕様もわからない以上、ワシらも休んで万全な体制で臨んだほうがよかろう」
「ありがとう」

 ミミリはそのまま、ゼラのお姫様抱っこで船室へと運ばれて行った。

 ◆

 それから夜になり、海竜とアスワンは海中へ。
 ミミリが心配なディーテはヒレを乾かして人間の姿になり、ミミリの側で休むことにした。同じくうさみも。

 ゼラだけは、甲板に出て船の護衛にあたる予定だ。今日は夜通しになるだろう。交代要員がいないため、ゼラの【マジックバッグ】の【ナイフ】と連携する予定だ。蛇頭のメデューサを討伐して以来、【ナイフ】とは新しい絆が芽生えた気がする。


 夜の海は、とても静かだ。
 不思議と、日が暮れただけで波の音が大きく聞こえる。時折軋む船の音と、波の音。
 この静けさは、人の心の奥底にあるナニカを呼び起こしてくる。

「なぁ、【ナイフ】……」

 ……なんダァ?

「お前はスズツリー=ソウタに作られたんだろ?」

 ……まぁ、そういうことになるナァ。俺はヤツの試作品さ。武器専用の失敗作。だから審判の関所あそこにいたっていうのもあるのサァ。

「そうか……。ずっと審判の関所に居たんなら、今回の海中宮殿は知らないっていうことか」

 ……そうなるナァ

 ゼラは握りしめたホットミンティーのカップを、ギュッと握る。

「お前、正直どう思う?」

 ……どうって、何がサァ。濁さず言えヨォ

「俺は、審判の関所よりも難関なんじゃないかと思ってる。ミミリの魔力MP切れがいい例だ。黒い本にミミリを再評価してもらえたのは良かったけど、ギリギリのラインで突破したんじゃないかと、俺は思ってる」

 ……俺も、そう思うゼェ。第一、審判の関所はかなり忖度そんたくがあったからナァ。あの時みたいに一筋縄じゃあいかないと思うゼェ

「……だよな。……俺はさ。蛇頭のメデューサを倒すのが悲願だったんだ。そのことに俺の総てを懸けていた。
 ……あとは、ミミリたちの願いを叶えてやりたいと思ってる。もちろん、俺のためにもだけど」

 ……ナニが言いたいのサァ

「……俺に万一のことがあったら、ミミリたちのことはよろしく頼むな。相棒」

 ……自ら盾になるつもりなのカァ?

「俺は元々前衛職だ。俺はみんなの盾でいいし、そうあるべきだと思ってる。もちろん、無傷が一番だけど、そうもいかないと思ってさ」

 ……血湧き肉躍る闘いは好きだけどヨォ、生命いのちを進んで投げ出すヤツは嫌いだゼェ

「ははっ。心配してくれてるのか。ありがとうな。まぁ、そうならないように全力は尽くすさ。海竜様もいるしな。あの人明らかに強いだろ」

 ……よせやい。死に急ぐのは。らしくネェ

 ゼラは拳をギュッと握る。

 ――もしもの時は、俺は……。

 その時、キィー、と扉が開く音が聞こえた。

「ゼラくん……」

 ゼラの後ろにいたのは、ミミリだった。

「ミミリ! 起き上がって大丈夫なのか?」
「うん。おかげさまで、大分回復したと思う。さっきは、助けてくれてありがとう」

 ミミリはそう言うものの、まだ顔色は悪く、ふらついてもいる。本来なら、まだ休んでいるべきだ。

「ホラ、船室まで連れて行くから、一緒に行こう?」

 ゼラが差し伸べた手に、ミミリは応じない。

「……? ミミリ?」
 
 気づけばミミリは、溢れ出す涙を止められないでいた。

「聞こえ……ちゃったの。【ナイフ】くんと話してたんでしょ?」
「……ごめん。起こしちゃったな」

「そんなことが問題じゃないよっ!」

 ミミリは珍しく声を荒げる。

「盾になるって、なぁに? 私も蛇頭のメデューサとの闘いで咄嗟に盾になろうとしちゃったから人のこと言えないけど、そんな……そうやって……最初から盾になることを決めてちゃヤダよ!」

 ミミリの涙は、止まらない。

「ゼラくんは、蛇頭のメデューサを倒したから……ようやく肩の荷が下りたのもわかってる。でも……でも……! 初めから盾になろうなんて、思ったらヤダよ!」
「ミミリ……」
「ゼラくんは、私たちの大事な大事な家族なの。だからすぐに盾になろうなんて思わないで、できるだけ頑張るって約束して! 私は、ゼラくん以上に頑張るからっ。ゼラくんのこと、守るから……! ……ひっく、ひっく……。だから……!」

 ゼラは、泣きじゃくるミミリの手を引いて、これ以上ないほど優しく、そっと抱きしめた。

「ごめん、ミミリ。心配させて。約束するよ。万一のことがない限り、生き抜くことを誓うよ。……もしかしたら、ミミリの言うとおり、1つの大きな目標を達成して、気が抜けていたのかもしれない。反省するよ」
「うん、うんっ……。絶対、絶対、みんなで無事に帰ろうね! 私と、約束!」
「うん、約束するよ」

 その言葉を聞いて、ミミリはようやく、張り詰めていた緊張を解いた。

「えへへ。私、ゼラくんにギューしてもらってる」
「――! ごめ……」

 ミミリは嫌な素振りもせず、そのままゼラに抱きつかれたままでいる。
 そして、ゼラの胸の中で、そっとゼラの顔を見上げた。

「ゼラくん、背、伸びたね。前は私と、そんなに変わらなかったのに」
「……そうかもしれないな」

 ゼラは優しく、ミミリの頭を撫でる。
 ゼラの胸中から、温かな気持ちが、込み上げてくる。

 それに応えるように、ミミリはゼラをギュウっと抱き返した。

「ゼラくん、あのね……私……ゼラくんに、言いたいことがあって……」
「ん?」

 ミミリが言いかけたところで、全体重がゼラにのしかかった。これはさすがに、身体の密着度が半端ない。

「あ、あの……ミミリさん……?」

 ――すぅ~、すぅ~。
 聞こえてくるのは、ミミリの安心した寝息。

「……ミミリさーん……」

 ゼラは肩の力がガクンと落ちた。

 ……ハハハハ。ウケるぜ相棒

「うるさいなぁ。……一応、俺だって男なんだよ。そりゃあ、緊張だってするさ」

 ……しかも相手が、嬢ちゃんだからナァ

「やかましいぞ! ……でも、安心した。
 俺はそうだけど、多分、ミミリも。気持ちの面で一区切りついたと思う」

 ゼラは優しく抱きかかえて、ミミリを再び船室へと運ぶ。優しい月夜に、照らされながら。

「ミミリ、俺、頑張るからな」

 ◇

 ……ちなみに、この後。
 ことの始終を見ていた鬼神(自称スーパープリティーラビット)に、ゼラが拘束魔法で締め上げられたのは、言うまでもない。

 その音に驚いて起きたディーテはダメ押しに一言。

「人間って、変わった趣味があるのねぇ」

 なにやらゼラは、こともあろうに人魚姫に人間というものを勘違いさせてしまったようだ。

「……んー! んーーーー!」


 ――うさみの魔法が苦しくて声が出せないけど、俺にはそんな趣味はネエエエエエエエェ!


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