190 / 207
第7章 海中宮殿と新たな試練
7-0(序章)重なる異変
しおりを挟むミミリが船の扱いにすっかり慣れた今、ある程度の魔力を込めておけば数十分はオート航行できるようになった。
ミミリは、甲板へ出てディーテの煌びやかで美しい虹色の尾びれに見惚れている。ディーテのまわりにはイルカたちが集い、楽しそうに海面ジャンプをしながら泳いでまるでショーを見ているようだった。
跳ねる水飛沫と燦々と降り注ぐ太陽光によって虹の輪がそこかしこにでき、まるで、夢のような光景
……。
「ほんと、なんて綺麗なんだろう。それに、これから、どんな旅が待っているのかな。ワクワクが止まらないよ……!」
◇
「ねぇ、ゼラ」
「ん?」
うさみは、ゼラの肩に乗り語りかける。
前方の甲板にいるミミリとは異なり、船尾の甲板にて後方の見張りをしている最中だった。
「アンタ、良かったの? 私たちについてきて。本当は、教会に居たかったんじゃない?」
「あぁ。いいんだ、俺は。たしかに名残惜しさもあるけどな」
「……じゃあ」
「本当に、いいんだよ。俺が居なくても、みんな立派に生活できていた。成長してくれて良かったと思う反面、少しさみしかったりもしたけれど。でも、みんなの現状を知ることができただけで幸せだ。
それに……」
「それに?」
「今の俺の居場所は、ここだから」
その言葉を聞いた瞬間、ゼラはぽふっとした刺激を頬に感じた。
「んも~! 泣かせてくれるじゃない。ゼラのくせに。このこのッ!」
――ぽふぽふぽふドスドスドスドス!
「いてっ! いい加減、手加減ってヤツを知ってくれ、うさみ」
ゼラがうさみからボディーブローならぬ頬ブローを受けている最中、
「みんなー! 大変なの! ちょっと来て~!」
前方から、バタバタとミミリが走ってきた。
「大変って?」
「戦闘になりそうなのー!」
「「エエッ?」」
◆
「これは……」
急いで船頭に向かった一同。
唯ならぬ空気が立ち込めていた。
海面にいたのは、ディーテとその父、海竜と、見知らぬ男性の人魚。海竜はパルチザンを持ち、威厳たっぷりに腕を組んでいる。
「お主、ワシを誰と心得る?」
「もちろん、海竜様です。ディーテ姫様の父君の」
「わかっていながら、何故ワシの前に立ち塞がるのじゃ。ここはまだ、人魚の海域じゃ。ワシに歯向かうこと即ち、叛逆と見なすがよいか!」
海竜の怒りともに、蒼かった海の色は次第に黒さを帯びてゆき、まるで海中に雷鳴が響くかの如く大シケになってきた。
「ちょっとこれ、やばいんじゃない?」
ゼラが「あぁ」、と言いかけながら自身に乗っているうさみを見遣ると、いつの間にかミミリ特製の【ぷるぷるレインコート】を羽織っていた。防水対策はバッチリな模様。
――うさみ、抜け目がないな。
「いや、こんなこと考えている場合じゃないな。なんとかしなくちゃな」
そうゼラが言った矢先、先に動くのはやはりミミリ。しかも、とてもほがらかに。
「こんにちはー。貴方誰ですか? 私はミミリ。見習い錬金術士です」
「挨拶したわあの子」
「あぁ。さすがだな」
「これはこれは可愛らしいお嬢さん。海竜様にもご挨拶申し上げます。私の名前はアスワン。なんとか手柄を得てお会いできるチャンスを得るためにサハギンの領域に行こうとしていたのですが、無事にサハギンの件は解決できたようですね」
「アス……ワン?」
「いかにも。以後お見知りおきを。ディーテ姫様」
「あああああああああー!」
どうやら名前にピンときたディーテは、大声を上げて指を指した。
「アンタねぇっ! しつこくしつこく私に求婚の手紙送ってくるの~!」
「いかにも。お初にお目にかかります」
――ザザン、ザザーン……!
海も船も、大きく揺れる。ミミリたちは手すりに掴まらなければ海へ落ちてしまいそうなほどだ。
「求……婚……じゃと⁉︎」
ここで海竜はついにブチ切れた。
さらに大きく、船は揺れ、海も大シケなんてものじゃない。
「いけない! オート航行じゃなくて、手動に切り替えてくる! 船を浮かばせた方がよさそう。私、船室に行ってくるね!」
事の顛末も気になるが、ミミリは船室へと走って行った。
「ワシの娘にちょっかいを出そうものなぞ、この不届き者めがぁ~!」
海中に、雷鳴が響く。
さすが海竜。海の王だ。
「お父様、落ち着いてください。私も気に入りませんけれど、とりあえず言い分を聞いてみましょう」
「申せるものなら申してみよ!」
アスワンは改めて深々と海竜にお辞儀をした。
「私はアスワン。ディーテ姫様とはお会いすることが叶いませんでしたが、私はかねてからお慕いしておりました。姫様がサハギンの件についても、孤軍奮闘されていたこと、私は存じ上げております」
「そう……。でも実際には手伝ってくれなかったじゃない」
「姫様のお力をお借りせずとも、なんとか1人で手柄を上げたかったのです。手柄を上げれば、お会いできるかと。今となっては、それは愚策でありましたが。……それに、求婚状を何度も無視されていては相手にもしてもらえないと思いまして」
ディーテは唇をギュッと噛み締める。
「私は1人で闘う辛さを知っている。だからこそ、私は共に闘ってくれる人が好みだわ。残念だけれど……」
「そのお返事をいただく前に、聞いていただけないでしょうか。私とて人魚の端くれ。人魚の海域内のことは知り得ているつもりです」
アスワンは、熱を込めて言う。
「最近、なんの変哲もなかった場所に、急にダンジョンが現れたのです。これは何かの前触れかと思い、姫様の件とは別に、ご報告に参った次第です」
「ダンジョン、じゃと?」
「はい。私の知る限りでは、海中神殿は海竜様が所有する海底宮殿のみのはず。ですが、いつの間にか見知らぬ宮殿がここからそう離れていない場所に出現したのです」
「ふむ……。その話が誠であること、証することはできるか」
「いいえ、残念ながら。実際に見ていただく他ありません」
領域の管理については、海竜の管轄であり王たる義務であり責務。信憑性には欠けるが、一見せねばならないと考えた海竜により、自然と大シケは収まってゆく。
「ふむ。アスワンと申したか。お主この件になにを懸けるか」
アスワンは深呼吸して海竜の問いに答える。
「私の命を」
「ふむ……。その言葉に偽りはないな?」
「はい。私の総てと、海竜様への絶対的忠誠心に懸けて誓います」
話がまとまりそうなところで、うさみはポソリと、ゼラに呟く。
「悪いけど、ちょっとうさんくさいわね」
「あぁ。俺は警戒心を解けない」
海竜は振り返ってうさみたちに言う。
「主ら、悪いが、新大陸まで送ってやれそうにない。海の統括者として、確かめんことには……」
海竜がそう言いかけたその時だった。
「大変っ! 大変なのー!」
船室から、ミミリが急いで走ってきたのは。
手にはあの、審判の関所でくまゴロー先生から譲り受けた、黒い本を持っている。
あの時のミミリでは力不足であると本に評され、使い道がなかったあの本だ。
「ミミリ、その本!」
「急に【マジックバッグ】から飛び出してきたの。そして、『魔力を込めろ』って、本から聞こえてくるの!」
「「ええっ⁉︎」」
ミミリはみんなの前で魔力を込め始めた。すると――
――本は宙に浮かび、煌々と光り輝き出した……!
「本に、文字が……」
「ええっ?」
見たこともない光景に、海竜もディーテも、そしてアスワンも釘付けに。
経緯を知るうさみとゼラの驚きは人魚たちの比ではない。
光輝く本の文字、つまり、スズツリー=ソウタからのメッセージを、ミミリはゆっくりと読み始めた……!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
42
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる