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第6章 川下の町と虹色の人魚
6-27 人間とは奇怪で面妖である。
しおりを挟む夕暮れ時。
これから夜へと傾いていこうとしている頃。
――ある1人を除いて、来たる実験への準備は整えられた。
念のため、再確認をしよう。
会場設営、OK。
長机あり、椅子あり。
小物確認、OK。
ツマミ(テールワットの干し肉、メシュメルの実の塩漬け)、グラス準備万端。
現物確認、OK。
蛇酒、ポイズンサハギンの毒、スタンバイ。
実験台確認、OK。
「今日はパーティーか?」などと言っている。警戒心ゼロ、パーフェクト。
仕掛け人確認、OK。
デイジーと鬼畜うさみとゆかいな仲間たち、準備OK。
万が一の備え、OK。
【解毒剤】、準備完了。
――舞台は整った。あとは、実行に移すだけだ。
◆
「兄さ~ん、ちょっとー!」
「ん? なんだ?」
実験台のコブシは、仕掛け人デイジーにチョロく捕まった。
「今から蛇酒飲もうと思って」
「はっ? お前禁酒してるだろ?」
「私が勧めたんです、コブシさん。せっかく遠方に来ていますし、海の音を聞きつつ、夕陽が海に沈むのを見ながら、一杯いかがですかー? って」
若干棒読みのミミリ。
まぁ、要点は伝えられたので及第点だろう。
ちなみに、このやりとりは錚々たるメンツに見守られている。
ミミリ、鬼畜うさみ、ゼラ。
憐れみを隠せないバルディ、ローデ。
なんだかんだ楽しんでいるガウリ3兄弟。
サザンカ、サハギンの王将。
これだけの人数に取り囲まれながらセッティングされた会場に普通なら違和感を抱くはずだが、人が良いコブシは考えに及ばない。
ミミリはだんだん申し訳ない気分になってきて、「やっぱり私が……」と言おうとしたところ、ストーリーテラーに静止された。
――既に、舞台は幕を開けたのだ。
「まぁ、みんながいいって言うなら一杯だけ呑んだらいいんじゃないか? 皆さんすみません、本当にいつも」
今日も妹のために頭を下げるコブシに、グッとくるものがあり、目頭が熱くなるバルディは、ローデからスッと渡されたハンカチで目を覆った。
――トクッ、トクン……
グラスに注がれる蛇酒。
みんなに見守られながら、仕掛け人デイジーはグイッと一気に呑みほした。
「なんと面妖な……」
あまりの呑みっぷりに、デイジーを形容する言葉が思わず王将の口をついて出てしまった。
「ぷはぁ~! さいっこー! あぁ、なんだか酔ってきたかも……。視界がくるくるしてきたかも……。ガウラさんが3人いる。こんにちは~」
――準備は整った。あとはストーリーテラーうさみの出番だ。
「美味しそうで何よりだわ、デイジー。それに、こんなに優しいコブシっていうお兄さんがいて……本当に恵まれてるわよね」
――これから実験台を地獄へ突き落とそうとしている者の発言とは思えない鬼の所業。鬼に突かれ、デイジーの毒舌スイッチはカチリと入ってしまった。
「ちょっと兄さんこっち来て」
「うん、どうした?」
デイジーは気持ちも体温も高まって、男性だらけだと言うのにサマーニットを脱いでタンクトップ一枚になってしまう。
「コラ! お行儀悪いぞ! すみません、皆さん本当にもう」
デイジーは、頭を下げ続けるコブシに座るよう要求して、足と腕を組んだ。
「兄さんてさぁ、前々から思ってたんだけど、無頓着すぎない? 自分に! もっと自分の幸せ考えたらどう? 謝ってばかりいないで」
「あはは、お前が心配なんだよ」
褒め言葉なのか謝罪なのか? まったく意図しない毒づきを始めたかと思えば……ついに本題に触れた。
「洗濯物……」
「え?」
「何回言っても直らない洗濯物! いっつもひっくり返ってるのよね。あれはなに? 私にひっくり返して干せってそういうメッセージかなにか?」
「あ、ごめん迷惑かけて」
「本当よ! 何回言ってもわからない兄さんは洗濯物すら満足に出せないFMよ! ふ・ま・ん・ぞ・く!」
「うっ……」
だいぶジャブが効いたパンチを次々と繰り出すデイジー。コブシはぐうの音も出ない。
「もし奥さんが出来ても同じことするわけ? 捨てられるわよ! 野良犬のようにね。Nよ! の・ら・い・ぬ!」
「「「「「「うううう」」」」」」
――妙なことになってきた。
実験台はコブシだけだったはずが、男性陣には思い当たる節があるようで、意図せず全員毒づかれてゆく。
――そういえばゼラも最近ミミリに、袖だけ中にくるんとひっくり返ってて直して欲しいと言われていた……。
「うううう……」
苦しむゼラ。
これは更なる毒耐性が期待できるかもしれない。
「ミミリ、うさみ、俺、舐めてみるよ。ポイズンサハギンの毒」
「エッ」
自ら進んで実験台になったゼラ。疑惑の信憑性を確かめるつもりだ。
小皿の上に乗せられた、紫色のポイズンサハギンの毒。人差し指をちょんとつけ、ゼラはペロリと舐めてみた。
――ゴクリ。
高まる場の緊張感。
果たして……。
「なんとも……ない!」
「「「「――――――――――!」」」」
――なんということだろうか。
ゼラには確かに耐性がついている。
次いでバルディ、ガウリ3兄弟、サザンカが試すも……変化なし。
1人だけわけのわからないコブシも流れに身を任せてひと舐めするも……変化なし。
――検証結果。
蛇酒を呑んだデイジーに毒づかれると、毒耐性が付く。
「んなアホな」
ストーリーテラーだったはずのうさみは実は半信半疑だったので、ありえない検証結果に思わずツッコミを入れてしまう。
「私のことも毒づいてくださいますか?」
意外にも申し出たのはローデだった。
「ええっ」
そこは酔っていても怯むデイジー。さすがに、あの完璧主義のローデに毒づくことなど、誰ができようか。
デイジーの酔いは、一瞬にして醒めてしまった。
「ローデさんに毒づけるわけありませんよ」
「そう……残念だわ。欲しかったのだけれど。毒耐性が」
ローデは非常に残念がるが、その圧に後輩デイジーの冷や汗が止まらなくなってきた。
――まとめ。
蛇酒を呑んだデイジーに毒づかれると毒耐性がつくので最強そうに見えるが、凛としたローデには誰も勝てない。
そして。
この場に居合わせたサハギンの王将は大いに勘違いをした。
「人間は……解せぬ」
川下の町界隈のモンスターたちには、人間は奇怪であると噂が広まっていくのだった。
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