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第6章 川下の町と虹色の人魚
6-22 捨てちゃうなんて、もったいないですっ!
しおりを挟む船の修繕と【ルフォニアの布】を作り始めて1週間程経過した頃、ミミリが工房から外に出たタイミングで偶然、サザンカがサハギンの王将へ約束のご飯をあげている現場ででくわした。
「いつもすまんな」
「いいや、持ちつ持たれつだ」
と、サザンカが返答した時に、王将の背中から薄いピンクのなにかがポロリと落ちた。
「落としましたよ~!」
ミミリが声をかけると王将は少し気恥ずかしそうに、
「脱皮だ。捨て置いてくれ」
と言った。
「脱皮するんですか?」
「ああ、リザード系モンスターは全員な。ヒレだけでなく、鱗も脱皮する。なので、気にせず捨て置いてくれ」
「……そんな……」
ミミリは、肩を震わせる。
「ミミリ殿? どうされた?」
「……ったいない……」
「え?」
「……もったいないです~! ヒレも鱗も、私にくださいっ!」
「ヴェエッ」
例えるならばローデのような凛とした所作の王将の腹の底から、聞いたことのないような声が出た。
「――コホン」
落ち着きを取り戻し、王将は尋ねる。
「あげるのは差し支えないが、一体何に?」
「夢が! 夢が広がりますよ~! 船の装飾でしょ、鱗の盾に鱗の鎧でしょ、あとヒレ!」
「はぁ、そこまでは納得した。ヒレはどうするんだ?」
「アザレアの居酒屋に持ち込むんです」
「ミミリちゃん革命か~っ⁉︎」
肩にうさみを乗せたバルディが聞き捨てならんと走ってくる。
3人はタイミングを合わせて、
「「「アザレアに、革命の嵐が吹き荒れる~‼︎」」」
とポージング。
……当然、サザンカも王将も意味がわからないわけで、ポカーンとしていた。
「ところでミミリ、なんの革命なの⁉︎」
「なんと、王将さんがですね、ヒレや鱗をくださるそうです」
「鱗はいいとしておいて、ヒレは……もしやあの三冠王が血湧き肉躍るヤツじゃないか?」
「ハイ! おそらく……。酒乱、亡き上戸、毒舌か~らの、ヒレ酒です……!」
「やるわねミミリ」
「恐縮です」
サザンカたちはわけがわからないが、どうやらすごいことらしい。その三冠王はどう考えても異質な存在だが、果たして筋骨隆々の猛者だろうか、などとサザンカは考えた。
「そうと決まれば、ヒレや鱗、お城に取りに行ってもいいですか?」
「いや、大変だろうから持ち寄ろう。次の機会までに用意しておこうじゃないか」
「ありがとうございます! こちらはこちらで、一旦アザレアに帰ってある人たちを連れてきますね!」
「どんな猛者かたのしみにしているよ。それじゃあ、また」
王将は海の中へ帰っていった。
彼の中で膨らむ三冠王デイジーの妄想。実物を見て卒倒しないことを願うのみだ。
「そうと決まればアザレアに行かなくちゃ! ガウレさ~ん! ちょっと私お出かけしてきますね! 【ルフォニアの布】置いていくのでよろしくお願いしま~す!」
「お~! 気をつけてな~」
……ということで、一旦アザレアに帰ることにしたミミリたち。その前に、一度寄らなければならないところがある……。
◆ ◆ ◆
「というわけで、一度アザレアに帰ることにしたんです」
新築の教会の前で、一旦の別れの挨拶をするミミリ。ここからは、バルディの出番だ。
「デュラン、トレニア。どうだ? 一度だけでも、故郷へ帰ってみないか? ずっと教会で暮らしたいならそれでいい。でも、一度だけでも父さんや母さんに会ってみてくれないだろうか」
「2人のことは、みんなで守るよ」
と、ゼラもアシストをする。
そうなのだ。この10年余り、デュランとトレニアはアザレアにて攫われて以降、一度もアザレアに帰れたことがない。
B級冒険者の護衛付きで、里帰りする絶好のチャンスなのだ。
「トレニア、どうする? 俺は、トレニアのしたいようにするよ」
と、デュラン。おそらく、トレニアの失語症を心配しているのだろう。
トレニアは、俯き、デュランの服の裾をつかむ。
「わ……たし……、行く……」
「……うん! わかった。バルディ兄さん、僕たち、まだどうするかはわからないけど、一度帰ってみるよ。いいかな? シスター」
シスターは、笑顔で快諾した。
「2人のことは、必ず俺が守る。命に代えてでも」
感動の再会から帰郷まで。
長かったバルディの念願が今、叶おうとしている。
◇ ◇ ◇
「守護神の庇護! ――剣聖の逆鱗!」
「――うおおおおおお! ヒートナックル!」
アンスリウム山を下山するところで、運悪く一角牛2体に囲まれた。
だがしかし、これまでのミミリたちではない。みんなそれぞれが、レベルを上げている。
「うおおおお! ――紅柱」
ゼラが紅の刃広斧を振り下ろすと、たちまち剛炎の炎が交錯しながら立ち昇り、1体を取り囲んだ。
――シュッ!
「――行けっ!」
その隙を逃すまいと、バルディが一角牛の急所に【水魚の矢】を打ち込むと……ドォォォンと横へ一角牛が倒れた。
「――雷刃!」
すかさずゼラはもう1体の一角牛の前方から右奥へ駆け抜けざまに一太刀入れ、交互にコブシが左奥へとボディーブローをかます。
そして最後は爆弾娘だ。
「いっくよー! えーい! 【弾けたがりの爆弾 (ミニ)】」
――ドカアアアァァァン!
爆発とともに、一角牛は倒れた。
ミミリたちは、ドロップアイテム
・一角牛の革
・一角牛の角
・一角牛の肉
を手に入れた。
「うん! なんか私たち強くなってるかも!」
「すごいね、トレニア」
「うん……デュラン」
可愛い弟妹の前でよい姿を見せられたバルディは、目頭がついつい熱くなる。
こうして一行は、野営も経て、アザレアにたどり着いた。
◇ ◇ ◇
「――身分証!」
アザレアの門扉の前。ぶっきらぼうな物言い。今日の門番はガウラだ。
「おう、バルディか。嬢ちゃんたちも……。それで、この子たちは……もしかして……」
「僕はデュラン、こっちはトレニアです……」
「よく、よく帰ってきたな……」
ガウラは思わず、男泣きをする。
「おい! 誰か町長夫妻を呼んできてくれ!」
身分証がない2人は以前のミミリたち同様、中に入ることができない。2人は外で父母を待つこととなった。……バルディと一緒に。
――そうして――――
「嘘だろ、あぁ、デュラン、トレニア……!」
「デュランッ! トレニアッ! 女神フロレンス様、感謝いたします……!」
「お父さん、お母さ……」
2人が言葉を紡ぐ前に、デュランもトレニアも力強く抱きしめられた。
「よく顔を見せてちょうだい。あぁ、なんて可愛い子。無事で良かったわ」
町長夫人は、涙を抑えることができない。
夫婦は、嗚咽するほど次第に言葉を詰まらせた。
「バルディ、良かったわね」
幼馴染のローデも秘書としてついてきていた。が、今は仕事はオフモードでバルディを労う。
「本当に、本当に、良かったわね」
ローデにとっても可愛い弟妹のような存在の2人。凛としたローデですら、目頭が赤くなっていた。しかし、ハンカチは号泣のバルディに貸し与える。いつもの光景だ。
「ありがとう、ローデ。本当にありがとう」
――感動の再会。
身分証は明日発行することとなり、本日はミミリたちと広場で野営をすることにした。
「本当に、会えて良かったね」
「あぁ……」
「ゼラ、つらくなったら私のふっかふかの胸を貸してあげてもいいわよ?」
「……そうさせてもらおうかな……」
「エ」
「……なぁんてな。俺にとっても、感慨深いんだよ。生き別れになっていた家族の出会いは」
「そうよね……」
――誰もが涙する感動の場面。
実はこの場にある者がいた。
それは、巷で噂の三冠王だ。
観客に紛れて泣いていた三冠王は、まさかこれから話を振られるなんて、思ってもいなかった。
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