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第6章 川下の町と虹色の人魚
6-18 異種族の会合
しおりを挟むポコポコ……、と【酸素山菜ボンベ】から空気が漏れてゆく。絶えず酸素を送ってくれるこのボンベと、人魚姫ディーテの加護があれば、海の中でも不都合なくイルカの背に乗れた。
一時期、ディーテがいなくなったこと(家出)で海竜により荒れ狂った海も静けさを取り戻し、海面を見上げれば差し込む陽がところどころ宝石のように海の中の岩に反射して光り輝く。
小魚たち――あれは図鑑で見たクマノミだろうか――はディーテの周りを楽しそうに付き従って泳いでいく。さすがは人魚姫だ。
イルカの背は、思ったより乗りごこちがよかった。背びれをつかみ足でしっかりホールドすれば、落ちる心配もなくスイスイと泳いでゆく。うさみは背びれをつかみきれないので、ゼラの背に掴まっている。
差し込む陽のおかげなのか、ディーテの海魔法のおかげなのか、暗闇の不安感もなく、珊瑚や貝殻、海藻や魚……たくさんの海の幸を見ながら進む行程は最高だった。
そして、そんなにかからずに海底宮殿に到着した。ボンベの残数は半数程度。30分くらい泳いだところに海底宮殿はあった。
「ようこそ、海底宮殿へ」
さすか人魚姫。海の中でも会話ができている。
ミミリたちはディーテとイルカに導かれるまま、宮殿の中に入っていった。
◇
どういう原理か、宮殿の門扉をくぐると床があり、床に上がればそこはもう陸のようだった。宮殿は貝殻のような素材で精巧に作られ、内装までこだわって作られていた。
ミミリたちは床を歩き、ディーテは横の水路を行く。どうやら、どの場所も二足歩行にも対応しているようだ。
ミミリは、全員からボンベを回収し、とりあえず新しいボンベと交換しておく。会合の行く末次第では、どうなるかわからないからだ。
「来てくれてありがとう。会議室はこっちよ」
ディーテの声と同時に、赤い扉が従者のような男性の人魚の2名によって押し開けられる。人魚は、先端が尖ったパルチザンのような武器を持っていた。おそらく、会議室の門番というところだろう。
「ようこそ。人間たちよ」
海竜、という名にふさわしく、立派な白髭と白髪を蓄えた筋骨隆々の人魚が挨拶をした。鱗はディーテと違って、紺碧の蒼をしている。
隣には、参謀のようなタツノオトシゴが黒のスーツに赤い蝶ネクタイを巻いている。
そして……。
もう1体、威厳のあるサハギンが立ち上がった。黄色の鱗に銀の胸当てと額当て、長い尻尾には薄いピンク色の背びれ。腰にはサーベルのような武器を携え、横脇に鉄の盾も置いてあった。
おそらくこのサハギンが王将だろう。
後ろには、同じ格好をした青い鱗で少し小柄なサハギンが2体立っている。
海竜もサハギンの王将も、2メートルくらいの体長で圧巻そのものだった。
「我は、海の王、海竜である。そしてこちらは……」
「サハギンの長、王将だ」
流れのままに、ミミリたちも挨拶する。
「私は川下の町の町長サザンカ。こちらは……」
「見習い錬金術士のミミリ、魔法使いのうさみと見習い冒険者のゼラくんです」
「かけたまえ」
海竜の指示に従い、大きな会議室の円卓を囲んで従者を除く全員が着席した。
「今日は公私多忙の折、お集まりいただき感謝申し上げる。此度の議題は、『前向き』かつ『平和的』に話し合いたい」
「海竜殿、一言、よろしいか」
王将が手を上げた。
「なんじゃ」
「先日、川下の町にて我が同胞が大勢虐殺された。それについて、川下の町の町長よ、なにか言葉はないのか」
「それについては、こちらも多大なる被害を受けている。痛み分けということで、特段言及するつもりはない」
サザンカは渋い顔をして発言するが、決して首は垂れなかった。
「同胞を虐殺しておいて謝罪の言葉もないとは」
「こちらとて甚大な被害を被っている。過去について謝る気は毛頭ない」
王将は、3本の指をギュッと握り、拳をテーブルの上に置いて怒りを露わにしている。
「あの~……質問していいですか?」
場の空気にそぐわず、ゆるゆると質問したのはミミリだった。
「発言を許そう」
「ケンカになるとわかっていて、どうしてポイズンサハギンたちが陸に上がってきたんですか? 理由もわからずいきなり戦闘体制に入ってこられたら、迎撃はもちろんすると思うんです」
せいぜい14、15歳に見えるミミリからの真っ直ぐな質問に、痛いところをつかれたと思う王将。
「それに、最近人魚さんとの境界線も超えてるってディーテから聞きました。ダメってわかっててやってるんですよね?」
ぐうの音も出ない、が小娘ごときに反論しないわけにもいかず、王将は苦し紛れに一言発する。
「同胞のためだ」
「もしかして、食糧難ですか?」
「そうだ……」
いがみあい、とっつきあいになるかと思った会合は、意外にも冷静さを欠かなかった。
それは、思ったより王将に倫理観があったからかもしれない。
「人魚と我々では食すものが違う。我々は海藻を食べるだけでは生きられない」
「もしかして、サハギンさんってものすごく鼻がききますか? 木の実が鈴なりに成っているのを嗅ぎとったからなんじゃないかって、私思ってます」
「その……とおりだ……」
海竜でもなく、ディーテでもなく、名探偵のうさみでもなく。
一錬金術士の視点から、それも一番年下の少女によって議題が進められていく異様さに、誰も異論は唱えなかった。論点も筋道も思うとおりの方向へ進められていく。
「やっぱり、そうじゃないかなって思ったんです。人間の世界では、『不要の木』って呼んでますけれど、サハギンさんたちの世界にとってはご馳走なんじゃないかって。それでわらわらと、実を目指してやってきてたんじゃないかと思って」
「そのとおりだ。失敗は……私が統率しなかったことだ。低位の同胞は口が利けない。私が出向けば良かったのだ。口が利けないため、人間を攻めながら食糧を目指して進むしかなかったんだ」
「では……、先日の件については、両者痛み分けってことでもうケンカはなしでいいですね?」
「「ああ」」
うさみは、立派になったミミリをアルヒに見せてあげたくなった。異種族間の抗争を、まとめあげられるようになったミミリの姿が、保護者として誇り高い。うさみは会議中だというのに思わず泣きそうになってしまった。
「それはそうとして、さて、どうしたものか」
海竜は、ひと段落ついたところで漸く口を開いた。
ディーテはミミリたちをチラリと見る。
ミミリたちも、にこりと首肯する。
――いざ、解決策のプレゼンテーションだ。
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