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第6章 川下の町と虹色の人魚
6-1 魅惑草の苗木は天国へと導く
しおりを挟む川下の町に抜けるには、アザレアの森を通り、瞑想の湖を抜け、アンスリウム山の頂上から抜け道を通っていかなければならない。
おそらく、内部の幅を考えてもアンスリウム山の地下ダンジョンは馬も通ることができるだろう。
……とここで、ルートを考えていると、あることに気がつく。
この特使は、アンスリウム山のモンスターハウスを1人でクリアしてきたということだ。ヒナタに比肩する実力の持ち主なのだろう。しかも、空腹でボスモンスターに就任しない点を踏まえれば、ヒナタより格上かもしれない。
となると、ここで一つの疑問が生まれる。
この特使――サザンカはポイズンリザードあふれる現場を放置してアザレアに直接依頼をしにきてよかったのだろうか。アザレアでも、ヒナタ並みの手練れはそうそういないというのに、川下の町には手練れが多いから大丈夫ということなのだろうか。
それともただ単に馬を駆るのが早いのか……。
罠である可能性もなくはない。
うさみは可能性をつぶすため、サザンカに質問をする。
「ねえ、サザンカ。あなたうちのミミリとゼラとやり合うほど強いみたいだけど、貴方が現場を放棄して依頼に来てよかったの?」
「ああ、うさみさん……といいましたか。どうやら疑われているようですね」
「気を悪くしたかしら」
サザンカは目を見張る。
このぬいぐるみは、小さいが頭がキレるようだ。おそらく、洞察力、考察力を鑑みるにパーティーの要に違いないと推測する。
「ただ単に馬を駆るのが早いのと、モンスターハウスを越えるのに人数を割きたくなかったからですよ。ポイズンリザードは、個体数が多いがそこまで強敵ではない。私が行くのが得策だと考えました」
「なるほどね。納得したわ。ありがとう」
「いえ……」
◇
ミミリはポチ以外の動物に乗るのは初めてだった。ポチには瞬発力もスピードも劣るが、馬もすごい。普段であれば瞑想の湖で野営をするところ、アンスリウム山の頂上まで1日で到達できそうな勢いだった。
しかし途中で、足を止めてほしいと懇願する。
「ごめんなさい、アンスリウム山の中腹の秘湯に寄りたいんです!」
「ミミリ、温泉に浸かってる暇はないわよ?」
「うん、もちろん。……採集したいの。温泉を」
「「「「え」」」」
◆
ミミリの言うとおり、温泉を採集するためアンスリウム山の中腹で一服した。
走り通しだった馬たちにもちょうどいい休憩だろう。サザンカは、馬たちに水と飼葉をやろうとしているミミリの行動にひどく驚いた。
肩から提げた小さな革のバッグから、次から次へと物を出すのだ。
空の酒瓶に、馬たちへやる水の入ったバケツに飼葉。それだけではない。
「えーいっ!」
と大きな声以上に大きな小屋を出し、屋外用のテーブルセットを出して軽食まで出してくれた。
皆慣れているからかそれが当たり前のように休憩して喫食する。
初めて見たサザンカにとっては、これこそ神の御技――魔法のように感じられてならなかった。
そのまま皆に混じって休憩させてもらうのも忍びなく、サザンカはミミリに付き添って温泉の採集を付き添った。
「これを、なににご活用するおつもりで?」
「あ、サザンカさん。手伝ってくれてありがとうございます。申し遅れました。私、ミミリっていいます。13歳なので、敬語はやめてくれると嬉しいです」
――なんてしっかりした丁寧な子なんだ。
と、サザンカは思う。普通の13歳なら、まだ親の周りを付いて回るような年齢だ。
それにミミリより少し年上に見えるゼラも。とてもしっかりしているように感じられる。特に、初対面の対応は素晴らしかった。初手で自分にあれだけ張りあえる者が、果たして川下の町にいるだろうか。それほど、死線をくぐってきたんだろう、とサザンカは解釈した。
「ではお言葉に甘えて。これはなにに使うんだい?」
「ポイズンリザードのためじゃないんですけれど、今解毒成分のある材料を探していて。温泉に入った時癒されたような効果を感じたので、気化させた水分を集めるか、煮詰めて結晶にしたらいい効果が抜けないか試したいんです」
「解毒作用、ですか。川下の町では、ポイズンリザード対策でメリアの花から解毒剤を作っていますよ。作り方が悪いのか、効果が弱く困っていますが」
ミミリの顔は、パァッと華やいだ。
「メリアの花、分けてもらってもいいですか?」
「もちろん。ポイズンリザードをやっつけてからになりますがね」
「わかりました! 頑張って爆弾投げますね」
「………………ばく………………だ……ん?」
「「「ハハハハハ」」」
ミミリたちの話を聞いていた面々は、お腹を抱えて笑った。サザンカにひどく共感したからだ。
やはり13歳の可愛らしい少女が発言する言葉ではない。一緒にいると慣れてしまうが、錬金術士はやはり異質なのだ。
「はぁん、美味しいコーヒーね」
そして、サザンカはうさみにも驚く。
先程も飲んではいたが、遠目でよく見えなかったのだ。コーヒーが手品のように消えていく。
「やはり検分させていただきたい」
と、ぽそりと呟いたが、耳の良いミミリにはバッチリ聴こえているので意味はなく
「やーよ、えっち」
と怒られたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
そこからは破竹の勢いだった。
麻痺蜘蛛も、モンスターハウスも、ヒナタ同様蹴散らすに近い勢い。加えてミミリたちもいたので、一瞬のうちにアンスリウム山の内部ダンジョンの攻略は終わり、外へ続く通路を抜けると……。
カラカラ、サラサラ……!
と様々な音を小気味良く鳴らすオーケストラがミミリたちを出迎えた。色彩溢れたテトラ型の魅惑草の苗木。先日ミミリの【マジックバッグ】から出て行って驚いたが、ちゃんとこの地に根付いたようだ。
そう、ここは……。
元廃墟の街、川上の街だ。
「ここは、もともと廃墟の街と呼ばれていたのですが、最近見事な草花が根付いたんですよ。まるで天国にいるようだ……」
サザンカは知らないだろうと思い周りに説明をした。
「……天国、か……」
サザンカのその言葉は、ゼラにとっては最高の褒め言葉。
「ありがとうございます。喜んでいると思います。みんな……」
「そうか……」
その言葉でサザンカは全てを悟った。
ゼラが川上の街の、生き残りの子であると。
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