153 / 207
第5章 宿敵討伐編
5-19 10年後のお墓参り
しおりを挟むすっかり夜は明け、朝陽が差し込む川上の街。
もう、廃墟の街なんて呼ばせない。それほど川上の街は美しかった。
カラカラ、サラサラ、とテトラ型の鞘は揺れ、色とりどりの苗木は、まるで出発を後押ししてくれるように、地にしっかりと根を張って、針葉のような長い葉を左右に振って、「行ってらっしゃい」と言わんばかりに、動かしてくれている。
「ふふ。行ってきます」
「可愛いわね。行きましょう」
「そうだな」
ゼラは空を見上げて、川上の街に一言。
「――うん、行こう。……みんな。俺、行ってきます!」
◇ ◇ ◇ ◆
「今まで生きた苗木が【マジックバッグ】に入ってたっていうことがすごいよな」
錬金術に詳しくないバルディですら、川上の街から続く森の中へ入るや否や、疑問を口にした。
「そうなんです。【マジックバッグ】の特性は、形状や温度はそのままにできることです。でも、本来生き物は中に入れないんです。うさみも入れないもんね」
「そうね。だって私、ただのぬいぐるみじゃなくてスーパーラビットだから。ぬいぐるみを演じきれば入れると思うけどねん♡」
「あはは。そうだよな、スーパープリティーだよな。だけど、ますます、不思議だなぁ。まぁ、ゼラの【マジックバッグ】だって、武器専門だもんな。世の中は不思議でいっぱいってことか。……ゼラ?」
先程から、ゼラの足の進みが遅い。
胃のあたりを押さえて、前傾姿勢で、顔は真っ青、額から脂汗を吹き出している。
「ねぇ、ゼラくん。お墓参りしたいのはわかるよ。でも、無理しなくてもいいんじゃないかな。また今度にしてみるとか。それか、肩、私に預けて?」
ミミリはゼラを心配して声を掛ける。
普段ならば、うさみがここで「ミミリの肩じゃなくてバルディの肩にしなさい、このスケコマシ!」などと言うところだが、今日ばかりは何も言わない。
それもそうだ。
川上の街ですら、ゼラは嗚咽するほど泣いたのだ。両親を亡くした森では、尚のこと心が悲鳴を上げているに決まっている。
こんな時はうさみの回復魔法! と言いたいところ。
しかし、残念だがうさみの回復魔法は身体的回復のみで精神には及ばない。ゼラがなんとか、自力で乗り越えるしかないのだ。
「私の肩も、貸してあげたいくらいだわ」
うさみはゼラの肩に乗りながら、ハンカチでゼラの額からとめどなく噴き出す汗を拭いている。
「ありがとう、うさみ。……今日はからかわないんだな」
「TPOを弁えてるのよん」
「そうか」
そうか、と言うだけで笑う余裕もないゼラ。
ゼラは更に前傾姿勢になり、ついにゼラの【マジックバッグ】――【ナイフ】から、蒼の刃広斧を出して杖代わりに体重を預け始め……るも、まだ氷属性と親和性の弱いゼラの手はどんどんと霜焼けになっていく。
「肩、貸すぜ。無理するな、ゼラ」
「私の肩も。だから、斧、しまって」
「ありがとう……ごめん……」
「ゼラ……」
ゼラは辛い記憶を辿りながら、川上の街から例の場所まで足を進める。
――あの時の俺――。
俺はただただ、悔しかったんだ。
俺は父さんに抱き抱えられながら、市場を抜けた先の森の中へ逃げ込んで。
走り慣れていない母さんは、父さんに手を引かれながら時々足をもつれさせて必死に走って……。
そんな母さんは、俺しかみていなかった。
俺にもわかったんだ。母さんの気持ちが。
俺の無事だけを祈ってくれていたんだ……。
急に襲われてこわい、なんていう感情よりも。
無力な自分が、ただただ悔しかった。
俺にも力があれば。
父さんと母さんを、守れたのにーー!
――そうだ、たしか、このあたり――。
「ここだ……」
着いたのは川上の街から一時間程歩いた森の中だった。
ゼラが一生懸命弔ったのだろう。父母と串焼き屋のおじさんのお墓の上に、大きくていびつで、不揃いな石が3つ乗っかっていた。
ゼラは、肩を貸してくれたみんなに感謝を述べた後……、静かに、それは静かに……お墓の眼前に跪いた。
ゼラたちの上から、はらりはらりと、藤色の花弁が散っては落ちる。
とても不思議な光景。
緑覆い茂る森の中だというのに、まるで、儚い花吹雪の中にいるようだった。
――昔を思い出しては何度思ったことだろう。
何事にも誰にも負けない力が欲しかった……って。
あの時の俺に、強い、強い力があれば……、父さんと母さんは、死ぬことはなかった。死なせることはなかったんだ。
ゼラはギュッと、拳を握った。
謝罪、後悔、懺悔、哀愁、慕情……両親に向ける様々な想いが胸中を交錯するうちに、いつの間にか体調不良は治まり、目の前の墓標に釘付けになっていた。
「父さん、母さん。
来るのが遅くなってごめん。
俺、仇を討つことができたよ。俺だけの功績じゃなくて、ミミリやうさみ、バルディさんにヒナタさん。いろんな人に助けてもらったんだ。
……………………………………。
この子はミミリ。見習い錬金術士なんだ。すごいんだよ。なんでも錬成しちゃうんだ。ちょっと爆弾娘だけどね」
「もー! ゼラくんてばっ。初めまして。ミミリです。いつもゼラくんにはお世話になっています。ゼラくんだって、すごいんですよ」
ミミリはゼラの紹介の後、お墓に向かって淑やかにお辞儀をする。
「この可愛くて小さなうさぎのぬいぐるみは、うさみっていうんだ。勝ち気だけど、実は優しくていい子でしかも魔法使いなんだよ。こんな可愛い見た目なのに、コーヒーが好きなんだ。意外だよな」
「もうっ! ゼラ! 『実は』は余計よ! 『本当に』いい子なの。
ゼラのご両親、初めまして。うさみです。ゼラのことは私が守りますから、ご安心くださいね」
うさみは、ゼラの肩の上からぴょこりとお辞儀する。
「この人はバルディ=アザレアさん。アザレアで出会ったんだ。とても頼りになる人で俺たちのお兄さん的存在なんだけど、ちょっと泣き虫なんだ」
「こーら! ゼラ、バラすんじゃないぞ。
ご紹介に預かりました、バルディ=アザレアと申します。実は俺の弟妹も蛇頭のメデューサに攫われまして……。あなた方のお気持ちは、察するに余りあります。
ゼラには、本当にお世話になったんです。ゼラが困ったら俺が絶対助けますから、ご安心ください」
「公」のバルディは、深々と腰を折った。
「すごいだろ? 俺にも、こんなに大切な仲間がたくさんできたんだ。
そういえば、僕って自分のことを呼んでいたけれど、いつの間にか俺って呼ぶようになったんだ。
あれから10年……。
俺、もう、15歳になったよ。
父さんと母さんのおかげで、俺、生きてるよ……」
「人情屋」のバルディをはじめ、全員が涙で顔を歪めていた。
この森の中、木のウロに隠れて、幼きゼラはどれほど悲しかったろうか。たった1人になって、どれほど苦しかったろうか。
「俺、父さんからもらった短剣で今まで生き抜いてこられたんだ。これからも、この形見の短剣を大事にして、父さんと母さんの分まで……分まで……。
俺……生きていくから……。
だから……安心して……眠ってください。
あの時、助けてくれて、本当にありがとう。
だいすき……だよ……」
――その瞬間、地に落ちていた藤色の花弁が、ブワッと舞い上がった。
「わぁっ、綺麗……」
「ほんとね」
「なんだか……。ゼラ、俺、思うんだけど」
「はい。父さんたちに、届いた気がします」
――藤色の花弁は、ゼラたちを包み込むように、宙に舞う。
まるでゼラたちのつつがなき幸せな門出を、両親が祝い願うかのように………………。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
【完】ノラ・ジョイ シリーズ
丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴*
▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー
▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~
釈 余白(しやく)
児童書・童話
今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。
そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。
そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。
今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。
かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。
はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
魔法使いアルル
かのん
児童書・童話
今年で10歳になるアルルは、月夜の晩、自分の誕生日に納屋の中でこっそりとパンを食べながら歌を歌っていた。
これまで自分以外に誰にも祝われる事のなかった日。
だが、偉大な大魔法使いに出会うことでアルルの世界は色を変えていく。
孤独な少女アルルが、魔法使いになって奮闘する物語。
ありがたいことに書籍化が進行中です!ありがとうございます。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
ヴァンパイアハーフにまもられて
クナリ
児童書・童話
中学二年の凛は、文芸部に所属している。
ある日、夜道を歩いていた凛は、この世ならぬ領域に踏み込んでしまい、化け物に襲われてしまう。
そこを助けてくれたのは、ツクヨミと名乗る少年だった。
ツクヨミに従うカラス、ツクヨミの「妹」だという幽霊、そして凛たちに危害を加えようとする敵の怪異たち。
ある日突然少女が非日常の世界に入り込んだ、ホラーファンタジーです。

転生チートがマヨビームってなんなのっ?!
碧
児童書・童話
14歳の平凡な看板娘にいきなり“世界を救え”とか無茶ブリすぎない??しかも職業が≪聖女≫で、能力が……≪マヨビーム≫?!神託を受け、連行された神殿で≪マヨビーム≫の文字を見た途端、エマは思い出した。前世の記憶を。そして同時にブチ切れた。「マヨビームでどうやって世界を救えっていうのよ?!!」これはなんだかんだでマヨビーム(マヨビームとか言いつつ、他の調味料もだせる)を大活用しつつ、“世界を救う”旅に出たエマたちの物語。3月中は毎日更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる