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第5章 宿敵討伐編
5-16 帰郷の前に
しおりを挟む「ゼラくんっ」 「「ゼラ~」」
みんなが一斉にゼラに抱きついた。
悲願を果たしたゼラも、肩を震わせるほどに涙が止まらない。
「みんな……ありがとう」
「こちらこそ、ゼラ、ありがとう。アザレアの悲願を、果たしてくれて」
「俺だけじゃないですよ。みんなで、です」
ゼラは気持ちを切り替え、涙を拭いてミミリに言う。
「ミミリも、よくあんな作戦思いついたな」
「この間いろいろ錬成していた時にふと思ったんだ。【瞑想の湖の結晶 雷電バージョン(ミニ)水撃(大)】って、【ぷるみずまんじゅう】に似てるから、作戦に使えるかなって。
あっそうそう! あと、ゼラくんに勝手に食べないでって言わないとなぁって」
「俺は盗み食いするほどいやしくないっ。……ミミリじゃないからな」
「――――! もー! ゼラくんひどいっ」
――決死の闘いが終わり、笑いに包まれる内部ダンジョン。
ここにゆら~りと左右に揺れるうさぎのぬいぐるみが1匹……。
「――⁉︎ どうした? うさみ?」
「うさみ、どうしたの?」
うさみの形相は、勝利と感動の喜びから鬼のように変わってゆく……。
そう、まるで鬼神のように……!
「ゼーーーーーーーラーーーーーーーー!」
「はっ、はいっ!」
異変と危険を察し、ゼラは姿勢を正し、ミミリとバルディは2、3歩後退りする。
「う、うさみ? どうしたの?」
「聞いてよミミリん。私今から再現するわね」
「う、うん(再現ってなんだろう……)」
ーードドドドドドド……!
ゼラの心臓は、ドラムロールのように速まり高鳴ってゆく。
――お、俺、何したっけ?
◇ 回想 ◇ ※一部抜粋
【演者:うさみ役 うさみ
ミミリ役 うさみ
蛇頭メデューサ役 うさみ
ゼラ役 うさみ】
ミミリ:「ゼラくん……」
うさみ:「不意をついて攻撃してやろうと思ったけれど、蛇頭のメデューサ意外と神経質なのね。自意識過剰なんじゃない?」
蛇頭メデューサ:「――!」
ミミリが言う言葉を遮って、敢えてうさみは蛇頭のメデューサを挑発する。しかも、ゼラに剣聖の逆鱗をかけもしない。――ということは……!
ゼラの心中: ――うさみ、作戦と違う……! おとりになる気だ……!
蛇頭のメデューサ:「このクソうさぎがぁー!」
蛇頭のメデューサの敵対心がうさみに向く。本人だけでなく、頭の蛇敵対心も全てだ。
うさみに向かって頭から生えたロープのような太さの無数の蛇がぐにゃりうにゃりと動き、一斉に――
蛇頭のメデューサ:「石礫!」
うさみに無数の石つぶてが放たれた。
ゼラ:「バカうさみッ」
◇ 回想終了 ◇
――バカうさみッ
――――――バカうさみッ
――――――――――バカうさみッ
顔面蒼白のゼラ。
ゼラの脳内で繰り返される地獄へのレコード。
ーー言った。そういえば俺、言った。
「「バッ、バカうさみっ⁉︎ まさかそんなと、言わな……」」
ゼラが半ば放心状態なのを見て、ミミリとバルディはそれが事実であったと確信する。
ミミリとバルディは、更に後ろに退いた。
「い、いや、だから、その……」
ゼラはしどろもどろで紡ぐ言葉すらろくに浮かばない。
「ゼーーーーラーーーーー! バカうさみで悪かったわねぇ……!」
「聞こえてたなんて……」
「うさぎの聴力、ナメんじゃないわよ~ッ!」
うさみのしっぽが、耳が。
禍々しくゆらりゆらりと鈴なりに揺れる。
――シュー、シュー……
どこからともなく、聞こえる風の音。
いやこれは、うさみの口から漏れる、蒸気の音。ぬいぐるみであるはずのうさみから漏れる音は、かなり不気味だ。
もはや、ぬいぐるみの域を超えたのかもしれない。
うさみが大きく右手を上げるや否や、ゼラは急いで逃げ出した。
「やばいっ!」
「逃さないわよ! 風神の障壁ッ!」
――ビュウウウウ!
「うあああああああ!」
アンスリウム山の内部ダンジョンに突如現れた緑色の風壁に、ゼラは一瞬のうちに捉えられてしまった。
腹部を両腕とともに締め上げられたゼラ。拘束魔法――しがらみの楔の風属性バージョンだ。
「た、助けてくれぇ」
頼みの綱は、ミミリとバルディ。
でも2人とも、
「うう~んと、ちょっと、弁護できないかも」
「俺も」
と、遠慮気味。
「そんなああああああああああ~!」
ゼラの悲痛な叫び声が、ダンジョンに響き渡ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
うさみのお許し(というかゼラの禊)が漸く下りたところで、戦いの疲れもあってか満身創痍のゼラ。
しかし、両親の仇、蛇頭のメデューサ討伐という悲願成就により、どこか軽快な様子でもある。
ーー実感はまだないけど、倒したんだよな、俺たち……。
一波乱を終え、落ち着いた面々はドロップアイテム、
・蛇の抜け殻
・蛇
を集めて帰ることにした。
蛇頭メデューサの身体も核も粉塵のように散ったために、残ったものは主に蛇の抜け殻だった。蛇頭メデューサが放った無数の蛇も、焦げついたり切られたり、とても錬成アイテムにはなりそうもなかったため、手に入った蛇は残りの分だけ。と言っても、母数が多いためになかなかの量は手に入った。ミミリはこれで錬成したり、研究したりするという。
――ミミリたちはこの時、思いもしなかった。
……持ち帰った蛇の抜け殻と蛇で、あんな悲劇がゼラに起ころうとは……。
◇ ◇ ◇ ◇
レアキャラの迷い子ヒナタは、どうやら道に迷わなかったようだ。
無事に地下二階で合流したときには、子どもたちを守りながらも既にモンスターハウスを殲滅した後だった。
――さすが、鬼神の大剣使いである。
「お姉ちゃんが助けてくれたんだよ」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、うさちゃんたちも助けに来てくれたの? ありがとう!」
「みんな、無事でよかったね」
「可愛らしい子たちじゃない。……癒しの春風」
「「「わああああああああ」」」
うさみの魔法を初めて見た子どもたちは、優しい癒しの風に包まれながら、うさみに大きな拍手を送った。
「ふふふん」
うさみのしっぽが高速で揺れるのを、ミミリは後ろからクスリと笑ってしまった。
◇
「大丈夫ですか?」
「ヒナタ! それにバルディ! 嬢ちゃん、ゼラ、子どもたちも……!」
そしてここで、冒険者ギルドからの応援部隊も到着した。応援部隊は、麻痺蜘蛛との戦いで重傷を負っている者もいた。
もともと、アンスリウム山の入山条件でさえC級冒険者2人以上。麻痺蜘蛛との闘いも、一角牛討伐並みの条件を要するに違いない。
「ずいぶん重症者が多いわねん。……やってみますか!」
うさみは仰々しく両手を上げる。
「……癒しの大樹!」
―――パアアアアァァァ!
うさみから、まるで新緑の葉が鈴なりに音を奏でるように、爽やかな青い風が吹き出した。
内部ダンジョンを包む、爽やかな木々の香り……。
「心が……洗われるようだ……」
思わず、バルディは口にする。
「うさみ、すごいね! いつの間に」
「ゼラの昔話を聞いて、なんとなくできるかなぁって。だって私、ミミリのママの半身だもの」
「そっか、そうだよね!」
ミミリとうさみは、見つめ合い、ギュッと抱き合った。
「ミミリ、うさみ……」
ゼラは2人を見て、優しく微笑んだ。
◇
内部ダンジョン内の怪我人が全員癒やされ、温和な雰囲気が流れる中、突然
――バタン!
と大きな音がした。
「もう……ダメ……」
その者が倒れた瞬間、内部ダンジョン内に、ピロリン、と通知音が流れる。
『鬼神の大剣使いヒナタ、フロアボスモンスター就任』
「「「エッ⁉︎」」」
音の方を見遣れば、ヒナタがまた行き倒れている。
「お腹、空きましたああぁ。ご飯を……くだ……さい……」
「はいっ! ご飯作りますね。ふふふ」
「ありがとうございます、ミミリちゃん……」
「「「「ははははははははは」」」」
笑いに包まれて、アンスリウム山における蛇頭メデューサ討伐、マール救出劇は幕を閉じた。
けれど、みんなでアザレアに帰るのは、もう少し後のこと。
とりあえず今は、緊急クエスト『フロアボス、ヒナタの腹ごしらえ』が優先だ。
こどもたちもまた、わくわくとしながらご飯の時間を待っている。
ゼラはこの穏やかな風景を見ながら、自然と手が胸元へ向く。
ーーあぁ、俺、本当に蛇頭のメデューサを倒せたんだな。みんなのおかげだけれど。
この瞬間、ゼラは漸く、悲願成就の実感が沸いてきた。ゼラの胸中のしがらみは、みんなの温かみとともに、ゆっくりと解けていった。
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