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第5章 宿敵討伐編
5-0(序章)俺の大事な弟と妹
しおりを挟むそれは俺が9歳の時。
忘れもしない、事件が起こった。
「大変! 貴方ッ、デュランとトレニアがいないわ!」
「――! な、なんだって?」
まだ明け方になったばかりだった。
白けた陽の光が漸く家の窓、カーテンの隙間から入り込んだかどうかという頃。
父さんは、双子部屋のベッドの鍵も、玄関の鍵も、こじ開けられていると大声で叫んだ。
「――嘘だッ!」
俺はそれが信じられなくて、家の中に響き渡る声と薄明かりを頼りに、所々家具に身体をぶつけながら、デュランとトレニアの部屋に行った。
――たしかに、鍵がこじ開けられていたし、デュランとトレニアの姿はなかった。すかさず父さんと母さんの後を追い、俺も玄関に向かう。
「――なんてことだ!
街のみんなには悪いが、捜索に協力してもらおう。まずは……医者を、医者を呼ばねば!」
玄関を見に行った父さんの横顔……凄惨な顔をしていた。父さんの視線の先にいるのは――おそろく護衛の2人。俺の位置からは、足だけが見える。
俺の父さんは、この街、アザレアの町長だ。
父さんは必要ないと言ったけれど、頭なくして下は機能しないと部下たちから散々説得され、自宅玄関に護衛を2人ほど雇っていたんだ。
――その、護衛は……。
パッと両手で顔を抑えた母さんの、指の隙間から見える悲痛な顔から容易に推測できた。
どうやら息はあるものの、母さんが顔を覆うくらい重傷のようだ。
「俺がお医者さん呼んてくるよ……!」
「待ってバルディ……! 貴方にまでなにかあったら……!」
「大丈夫! 父さんたちは、すべきことをしてッ」
俺は急いで、冒険者たちが集う、英気の道目掛けて走っていった。冒険者たちの用事がこの通り沿いの道で済むようにと設計された、通称冒険者の道だ。
――3件目、3件目……! あった……!
俺は、お医者さんのいる住む家の扉を、ガンガンと叩く。
「すみません! バルディです! 急患です! 助けてください!」
まだ明け方ゆえか、そうすぐに返事はない。
俺は扉をガンガンと叩き続ける。
「はーい。バルディ……?」
中から声がした。
キィ、と戸が開くと、出てきたのは幼馴染のローデ。パジャマ姿にブランケットを羽織って出てきてくれた。
「朝早くからごめん、ローデ! デュランとトレニアがいなくなって、それで……、護衛2人が重症なんだ!」
「ええっ!」
寝ぼけ眼をこすっていたローデも、事の重大さを把握して、2階へと駆け上がっていく。
「待ってて! お父さん起こしてくるから!」
「ありがとう、ローデ……」
待ってる間も、ぐるぐる、ぐるぐると思考は巡る。
ヤンチャなデュラン。
可愛いトレニア。
可愛い可愛い、僕の双子の弟と妹。
まだ3歳だっていうのに、一体誰が、連れ去ったんだろうか……。
身代金目当てか?
一見豊かそうに見えるが実は傾き始めているこのアザレアを狙って?
それか、このアザレアになにか交換条件を突きつけるために⁉︎
考えは巡る……。
どうか、どうか……。
神様、女神フロレンス様……!
どうかデュランとトレニアに、俺の可愛い弟妹にお慈悲とご加護を、お与えください……!
バタバタと、2階から白の診療着と聴診器を持っておじさんが降りてくる。おばさんとローデも一緒だ。
「お待たせ、バルディ! 話は聞いたよ、早速行ってくる……!」
診察鞄片手に、身支度も半ばに大急ぎで駆けて行くおじさん。ずり落ちる診療着を何度も肩にかけては走り、必死さが伝わってくる。
俺も後をついていこうと駆け始めたその時、腕を掴んだのは、ローデのおばさんだった。
「バルディ、ローデ、貴方たちは私とここで待ちましょう?」
心配そうなローデのおばさんとローデ。
でも、ローデはそれだけではなさそうだった。
――俺と同じ、顔をしている。
「ありがとう、おばさん。でも俺、行くよ」
「バルディ、私も行く! 私の可愛い弟と妹でもあるものっ!」
俺たちは手をつないで、心配するおばさんを家に残し、俺の家へと駆けて行った……。
「ローデ、バルディ! 待ちなさい~!」
――ごめん、おばさん。
俺は……俺は……デュランとトレニアを、助け出したいんだ。
◆ ◆ ◆
ローデのお父さんが護衛2人を診察する傍ら、捜索会議は開かれる。
「昨日はいつもどおり就寝したんです!」
「ああ、変わった様子はなにもなかった」
集まってきた冒険者ギルドや街役場の面々に、町長たる父さんは説明する。
しかし、急く気持ちゆえから、集まった面々は口々に思いついたことを言い、話は交錯していく。
「だいたい、身分証の確認だってありますしっ」
「自分たちでちょこっと家を出た可能性は?」
「わざわざ鍵を壊す必要はいじゃあありませんかッ……!」
そんな中……口を開いたのは、護衛の1人だった。
「あの……ゲホッ」
「君ッ! 無理しないように」
ローデのおじさんの静止も聞かず、話を続ける護衛さん。口を開くたびに、口から吐血してしまう。
「任務を……果たせなくてすみません。見知った男の2人組だったんです。英気の道でよく見るような……。名前までは……覚えて……ゲホッゲホッ」
護衛さんの吐血は止まらない。
余程深傷を負ったんだろう。不思議なのは、護衛という職に就いている以上、ある程度の実力者ということ。にも関わらず、致命傷を負うまでの怪我をするものだろうか。――相手は余程の手練れだということか……。
護衛さんは、喋るごとに辛くなろうことなど、厭わずに話を続けてくれる。
「様子が、おかしかった……です。目の焦点が合わず、上半身をゆらゆらと揺らして……まるで、何者かに操られているように……! 支離滅裂……、目がギョロリと錯綜して……ゲホッゲホッ」
「「「――――! なんだって⁉︎」」」
「人を操るモンスターの可能性……」
父さんは言う。
「街の中にいる者を操る力があるのだとするならば、身分証も門番も意味を成さない。双子たちの生命を狙ったのであればわざわざ連れ出す意味はない。生命は無事であろうが……」
「……街の中に……いないかも、しれないってこと……?」
俺は訊く。
手の震えが止まらない。
気がついたローデは、僕のパジャマの裾を掴み、背中に手を添えて落ち着かせようとしてくれている。
「バルディ、その可能性は、充分に高い。でないと誘拐する意味が考えられん。真意はわからんが……。とにかく、申し訳ないが、何部隊かに分かれて捜索を……」
「……嫌だ……。嫌だよ……」
「バルディ……」
「俺はそんな話、信じないッ」
「「バルディ!」」
――俺はそのまま、家を飛び出した。
街中を捜索する。
店と店の隙間、公園、空き家の店舗。
露店やデュランとトレニアが好きなチョコレートクッキー屋さん。
しらみつぶしに、一軒一軒、探し回った。
ローデと、そして途中で合流したヒナタさんと一緒に。
――結局、デュランとトレニアは、その日を境に俺たちの前に姿を現すことは……なかったんだ……。
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
◆ ◆ ◆
あれから10年という年月が経ち、俺も漸く19歳になり、門番、そして冒険者になった。
もっと力をつけて街の外へ探しに行こうと思った矢先、ミミリちゃんたちに出会い、外の世界を冒険し、同時に、力不足を痛感した。
――けれど――
これ以上、手をこまねいて見ているわけにはいかないんだ。力不足は承知のうえ。足手まといなのもわかっている。
――けれど、それでも。
俺はミミリちゃんたちと一緒に、蛇頭のメデューサを討ち、デュランとトレニアが住む教会に、2人を迎えに行くんだ。
この日のために、俺は生きてきた。
絶対連れ帰ってみせる。
――成し遂げることができて初めて……
俺は、町長の息子だと、胸を張って言える気がするんだ。
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