上 下
129 / 207
第4章 ゼラの過去

4-8 ゼラの過去〜デュランとトレニア〜

しおりを挟む
 
「誰か! 助けてえええええ」

 僕が女神フロレンス様に見惚れていると、突然、薬屋の外から悲鳴が聞こえてきた。

「坊やはここにいるように!」

 寡黙な騎士さんは僕にそう告げて、店外へ駆け出していった。続けて女神フロレンス様も。

 本当は言いつけを守ってここで大人しくしていなければならない。どのような事件に巻き込まれるかわからないのだから。
 それは、わかってる。

 ――でも僕は……。

「コラッ! 坊主! 行ったらダメだ!」

 薬屋のおじさんの静止も聞かず。
 騎士さんの言いつけも守らず。
 僕は――慌てて外に飛び出した。

 ――胸騒ぎがするんだ……。
 なんとなく、わかってしまう。

 ――の、気配を感じるんだ……!

 自分の直感を信じて、勢いよく薬屋から飛び出した僕。

 ――この日僕は、見たこともない光景を目の当たりにすることになる――。

 ◆ ◆ ◆

 事件は薬屋の前で起きていた。

 薬屋の外の小さな広場。この町の中心だ。
 さらに中央に一本、青々とした葉を茂らせる木があり……その木の真ん前で、男が2人陣取っていた。
 なんと男たちは1人ずつ、ジンとシンたちと同じくらいの年齢の男の子と女の子を人質に取っている。

 男たちを取り囲むように牽制する町の人々。
 でも、相手が刃物を持っている以上、どうにもできない様子だった。きっとさっきの悲鳴は、この人々の中の一人だろう。自分ではどうにもできないから、助けを求めたんだ。

「たす……け……」

 捕らえられている男の子は辛うじて搾り出すかのように声を出せたが、女の子は震え上がって声を出すこともできなそうだ。
 ジンとシンほどに小さい子を人質に取るとは、なんて非道なヤツらなんだ。
 しかも――許されざるべきは、子どもたちはすでに、ということ。
 どうみても無理やり攫われたんだ。必死の抵抗のあとが見られる。特に男の子に切創傷が多く、所々血が滲み出ていた。女の子は殴られたようなアザが両腕両足に。

 ――こいつら……!

 僕ははらわたが煮え繰り返った。
 5歳の僕にだって、ヤツらの「意図」はわかる。顔は「商品」だ。顔以外を傷つけて無理やり攫い、恐怖心で心を制圧し言うことを聞かせているに違いない。

 僕は無意識に腰の短剣――父さんの形見に手をかけた。

 すると、女神フロレンス様がそれに気づき、僕の前に一歩出て左手を広げて僕を制止する。

「貴様ら……許すまじ!」

 騎士さんは腰に携えた剣を鞘からシュルンと抜いた。銀色の長剣。陽の光を反射し、切っ先は金色にも夕陽にも見えた。

「その子たちを離すんだ!」

「ひゃあっはははハァ! 俺たちはあのお方のモトニィ! お届けしなきゃあならネェんだァァ」
「そうだァァァ~!」

 上半身を揺らしながら、途中目を泳がせ……言葉の抑揚も不安定に話始める男たち。

「ねえ、貴方、コイツら様子が……」

 女神様が言う。
 騎士様も小さく首肯した。

 僕は、やはり、と思った。
 禍々しい紫色の炎のようなものを纏っている――コイツらは……!

「操られてるんだ! 蛇頭のメデューサに! 蛇頭のメデューサは、光る黄の瞳で男を意のままに操る! 身体能力も上がるんだ! ……だからっ」

 無力な僕はただただ叫んだ。
 僕の知りうる情報の全てを、騎士様たちに、ために。

「――そうなのね! っていうことは……」
「ああ。生捕りにして吐かせよう」

 情報を託したのはいいものの中々手が出せないはずだ。何せヤツらには人質がいる。――それもとても幼い人質が。

 ――ただ、それは僕の杞憂きゆうに過ぎなかった。

「貴方!」
「あぁ!」

 女神様の掛け声を合図に、放たれた矢の如くヤツらへと距離を縮める騎士様。
 あまりのスピードで、ヤツらは持っていた刃物を人質から離し、騎士様へと突き向ける。

 ――その時だった。

「――しがらみの呪縛じゅばく!」

 女神様がなにやら唱えると、広場中央の木の中からいばらのようなつたが樹皮を突き破り……あっという間にヤツらを締め上げた。

 その瞬間、ふわりとその場へ倒れ込む子どもたち。優しく受け止めたのは、騎士様だった。

 ――あっという間の救出劇。

 僕を含め、その場にいた者たちは呆気に取られた。これが――魔法……。

 間を置いて、何もできず手をこまねいていた僕も観客たちも一斉に感謝の拍手を女神様たちに贈った。

 女神様は、いばらつたに釣り上げられたヤツらに詰め寄る。
 女神様の怒りが、つたに現れているようだった。いばらとげがヤツらの皮膚へと食い込んでいく。

 ――ポタリ、ポタリ。

 血がしたたる。
 このいばらつた――おそらく攻撃魔法は、捕らえられていた子どもたちと同じ目に遭わせてやろうという意図の表れのような気がした。

「さぁ、吐きなさい! アンタらを操っていたボスはどこにいるわけ⁉︎」

 ……すると……
 犯人たちの顔色が一瞬にして石色に変わり、眼球は真っ赤に血走り、目から血の涙を流れてゆく。

「メデューサ様……申し訳ありま……おやめ……くだ……」

 それが、ヤツらの最後の言葉だった。
 そのままヤツらは……事切れた。

「相当な手練れね……。蛇頭のメデューサ……」

 その場にいた誰もが、震え上がった。
 川上の街を廃墟にしたという、蛇頭のメデューサが、この川下の町にも息を吹きかけようとしているのだから……。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 捕らえられていた子どもたちを、とりあえず薬屋へ運び込んだ。
 一番驚いたのは、薬屋のおじさんだった。店の外へ出なかったから、一人状況がわからないのだ。

 だけど、悪い人じゃないようで、店の薬でなんとか治してやれないものかと、必死に薬をかき集めている。

「大丈夫ですよ、店主さん。貴方、この子たちを床に寝かせて」
「ああ」

 床へ横たわる子どもたち。
 切創傷も、顔のアザも、見るからに痛々しい。

 女神様は右手を掲げて呪文を唱えた。

「――癒しの春風!」

 優しい風が、子どもたちを包み込んでいく。
 すると、切創傷も、顔のアザも初めからなかったように治療された。

「アンタ……すげえなぁ。薬屋は商売あがったりだ。……なんてな。治してくれて感謝する。見ず知らずの子どもたちだが、子どもが痛めつけられるのは見るに耐えんよ」

 薬屋のおじさんは深々と頭を下げた。
 優しいおじさんだった。

「見ず知らずの子どもたち? この町の子どもではないの?」
「あぁ、見たこともない。どこの子だろうなぁ」

 薬屋のおじさんの言葉を受けて、騎士様はかがんで子どもたちに問う。

「君たち、名前は? どこから来たんだ?」

 ――もぞり、と上体を起こしたのは男の子だった。男の子は、ゆっくりと話し始める。

「僕はデュラン。こっちは双子の妹のトレニア。……それ以上、思い出せない」

「ショックで記憶が欠けてしまったのかしら」

 女神様の言うとおりだった。

 ――デュランとトレニア。
 得られた情報はこれだけだった。

 そして……。
 デュランとトレニアに、更に災難は降りかかる。

「……! ………………!」

 物言いたげだが、言葉が出ないトレニア。

 ――トレニアは、事件のショックで……失語症になってしまっていた。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真
児童書・童話
アンジュは、途方に暮れていた。 画家のママは行方不明で、慣れない街に一人になってしまったのだ。 迷子になって助けてくれたのは騎士団のおじさんだった。 親切なおじさんに面倒を見てもらっているうちに、何故かこの国の公爵様の娘にされてしまった。 私、そんなの困ります!! アンジュの気持ちを取り残したまま、公爵家に引き取られ、そこで会ったのは超不機嫌で冷たく、意地悪な人だったのだ。 家にも帰れず、公爵様には嫌われて、泣きたいのをグッと我慢する。 そう、画家のママが戻って来るまでは、ここで頑張るしかない! アンジュは、なんとか公爵家で生きていけるのか? どうせなら楽しく過ごしたい! そんな元気でちゃっかりした女の子の物語が始まります。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

GREATEST BOONS+

丹斗大巴
児童書・童話
 幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。  異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。  便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

空の話をしよう

源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」  そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。    人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。  生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。  

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

鳥の詩

恋下うらら
児童書・童話
小学生、名探偵ソラくん、クラスで起こった事件を次々と解決していくお話。

処理中です...