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第4章 ゼラの過去
4-6 ゼラの過去〜食糧難に災難は継ぐ〜
しおりを挟む「ふぅ……」
「ねぇ、どうしたのシスター?」
「やなこと、あった?」
「あぁ、ごめんなさいね。なんでもないのよ」
双子のジンとシンが心配するように、最近シスターのため息が増えた。
今はみんなで食卓を囲む、一日で一番楽しい朝だというのに。
なんでもないと言いつつも、シスターの表情はため息のとおり、曇って冴えない。
「ねぇ、シスター、食べないの?」
サラが食べる手を止め、心配そうにシスターを見上げる。
シスターは片頬に手を当てふんわりと微笑み、
「なんだか、食欲なくって……。心配してくれて、ありがとうね。ちょっと席を外すわね」
と言い、食卓を後にした。
僕は、ピンときた。
おそらく、今のシスターの応答でサラも同様に。
――食糧が、ないんだ……。
最初から、おかしいと思わなければならなかったんだ。そもそも、食卓にシスターの分の用意がないんだから。
それに、今日のスープの具は野菜の皮を煮たもの。これにパンが添えられているのは、奇跡みたいだ。
僕は、いや、僕たちは。
実はというと、この教会がどのように運営されているか全く知らない。
『子どもはなにも気にせずに伸び伸びと育ちなさい』というシスターの理念のもと、なにも知らない僕ら。
わずかに知っていることといえば、僕たちの寝室とは別にある祈祷場に来る人たちが、寄付をしてくれているってこと。
それに、ささやかな規模の家庭菜園をみんなで育んでいること。
――シスター1人に、全てを背負わせたら、ダメだ。子どもたちの年長者として、僕がなんとかしないと。
こう思った僕の考えは、今思い返しても、間違いではなかったはずだ。
――思ったのが、僕1人だけであったのならば。
◆ ◆ ◆ ◆
僕は、父さんの形見の短剣を腰に忍ばせ、誰にも告げず、教会を出た。
あの木のウロからここに辿り着くまでの間、確か川があったはずだ。
僕はそこで無意識的に、無我夢中で川の水をすすったのを薄らと覚えている。
父さんと母さんを失って、心身共に満身創痍で、記憶が朧げではあったけれど。
――たしかこの方角にあったはず……!
「……あった……!
………………。
………………は?」
見たくはないものを見た。
いや、口悪いのはわかってる。
でも、本心だから仕方ない。
「…………サラ! 何やってるんだ!」
「…………げぇっ、ゼラお兄ちゃん」
サラは気まずそうに声を上げた後、本当に心からまずいと思ったのか、自然に顔を逸らして川の水の流れに見入っている。自暴自棄のかっこうだ。足はもうすでに、川の浅瀬に浸かっていた。
「もうっ、なんでこんなところにいるんだよ! 危ないだろ⁉︎」
「あはは……。お魚獲ろうと思って」
と言いつつも、目を合わせないサラ。
気まずいから目を合わせないだけだと思っていたけれど……。
サラは、ポツリ、ポツリと話し始めた。
「いつも、シスターは一生懸命なの。私たちのために、いつもいつも一生懸命なの。私、子どもたちを見るので精一杯で……。ご飯のこと、全然考えてもいなかった……」
サラの涙が、ぽたり、ぽたり、と川に流れ、悲しい気持ちともに川下へ流れていく。
「仕方ないよ。だってサラはもうすぐ4歳になるけれど、子どもじゃないか。僕は5歳だけど、僕だって子どもだ。できることには……限界があるよ」
「うん……」
サラの涙は、止まらない。
――ダメだな、僕がもっと、しっかりしないと。
「さぁ、魚を捕まえて帰るんだろ? 一緒に頑張ろう! みんなの分を持って帰って今日はご馳走だ!」
「……そう、ご馳走にしたいの! それでね……」
サラの顔が少しだけ明るくなった、と思った矢先。
――ガサ、ガサガサ……!
と川沿いの茂みから音がする。
モンスターかもしれない。
僕は咄嗟に、忍ばせてきた父さんの形見を鞘から抜いて構える。
動いちゃダメだ、静かに――とサラに言おうと思った矢先、サラは恐怖で
――バッシャアアアアン!
と川の中で尻もちをついた。
浅瀬だし、川の流れもゆっくりだ。
サラが川に流される心配はない、それよりも――!
――赤い瞳が、ギラリと光った。
まだお昼前だ。日も高い。
所々薄暗い森の中だからこそわかる、光る獣の瞳。
サラの前だから、敢えて言わない。
――モンスターだ。
……ガサゴソと、茂みの中から正体を現したのは、テールワット。小型のネズミのようなモンスターだ。赤い瞳に、鋭い牙。鋭い鉤爪。
もちろん、1人でなんて狩ったことなどない。
父さんが狩っているのを、見ていただけだ。
「――来ぉい! こっちだぁ!」
ヤツの意識がサラに向かわないよう、敢えて声を出して威圧する。確か敵対心っていうんだった気がする。
――サラは、僕が守る……!
茂みからテールワットが出てきた。
割と素早い。
「クッ……」
左腕で慌ててガードする。
テールワットの鉤爪に初手でやられた。
血飛沫が舞う。深いかもしれない。
痛い、という感覚の後すぐに熱い、という感覚がきた。
救いは、たしか毒のないモンスターだっていうこと。そして、サラが大人しくしてくれていることだ。
サラに敵対心が向いてしまっては、僕のスピードでは太刀打ちできない。
テールワットはかなり素早い。
……ジリジリ……
テールワットとの睨み合い、にじり合いが続く。
チャンスはおそらく次の一瞬。
――あの方法しか、勝機はない。
――ダッ!
僕はテールワットより先に前に出た。
そして、怪我をした左腕を僕とテールワットの眼前に突き出した。
――来いッ!
「キュウウウウウウ……!」
――ガブリ!
「ぐっ、つつつうう……!」
――テールワットが左腕に喰い付いた。――今だ!
僕はテールワットの首元目掛けて短剣を一閃。
――ゴトン、と決着の音が地に落ちた。
「痛ッテェ」
「ゼラお兄ちゃああああああん! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ」
「痛いッ! 痛いよ、サラ」
「ごめんなさい! うわあああああん!」
川からバシャバシャと上がってきたサラにそのまま抱きつかれ、僕は短剣を地に置いてトントンと背中をさすってやった。
「サラのせいじゃないし、サラがいたからこそ冷静になれて勝てたのかもしれないな。ありがとう」
「うっううっ、ゼラお兄ちゃん……!」
――やはり、もっと剣術の練習をしなければ。
『肉を切らせて骨を断つ』
……つまりは、捨て身でしか敵に勝てなかったということだ。その選択肢しか、僕にはなかった。
左手の代償はかなりのものだ。
結構、深くやられたと思う。
短剣を提げるための腰ベルトで患部の少し上をギュッと縛り、応急処置が手一杯だ。
「ゼラお兄ちゃん、こんなに怪我をしちゃって。シスターも、みんなも、心配するし、怒っちゃうかもしれないね」
「そうだなぁ、だけど……」
俺はサラの腰から提げられたカゴの中を見て、思わず吹き出した。
「ぷっ! アハハハハ……!」
「なっ、なぁに、ゼラお兄ちゃん」
訳もわからず笑われているサラは、顔も体も真っ赤にしている。恥ずかしさがピークを越えたのかもしれない。
「だ、だってさ……。怒られるかもしれないけど、喜ばれもすると思うぞ?」
僕は、カゴの中を指差しして言う。
「そんなに豊漁じゃあ、怒りたくても怒れないさ。サラ、頑張ったな」
僕は、ぽんぽん、とサラの頭を撫でてやる。
サラの顔は赤い花が咲いたように嬉しそうだ。
「ゼラお兄ちゃん、ありがとう」
「よし、じゃあ帰ろうテールワットも手に入れられたしな。サラのお魚もあるし、今日は本当のご馳走だ!」
「……うん……!」
僕とサラは周りを警戒しながらも、無事、家路に辿り着いた。
◆ ◆ ◇ ◇
「心配しましたよ! ゼラ、サラ! もう二度と、このようなことはしないでくださいね!」
と、シスターにはキツめに怒られたけれども、
「頑張りましたね」
とも言ってもらえた。
今日の夜はご馳走だった。
ジンもシンも、離乳食が始まったばかりのユウリも満足気。そしてシスターの分も、今晩はある。
みんなで楽しく晩御飯を終えることができ、僕も手当をしてもらえて、終わりよければ全て良し……そう思ったのも束の間だった。
――ユウリが、高熱を出したんだ。
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