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第4章 ゼラの過去

4-4 ゼラの過去〜別れと出会い 後編〜

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「このヤロォォォォ!」

 父さんの短剣を、蛇頭のモンスターに振りかざす。

 ――シュッ、シュッ……

 振っても振っても、かすりもしない。
 
 父さんと母さんが!
 すぐそこにいるのに……!

「ヒャーッハッハッハッハァ! なんて憐れなボウヤなのかしラァ」

 森の中に、蛇頭のモンスターの笑い声が響き渡る。
 頭の蛇がニュルリと伸びて父さんと母さんをおおいつくす。

「「ゼラ……逃げ……て……」」

 どうして何もできないんだ!
 なんで僕は無力なんだ……!

「やめろおおおおおおおおおおおおおおお! やめてくれええええええええええ」

 ◆ ◆ ◆ ◆

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「――――――――ハッ!」

 見知らぬ、場所。
 周りを見渡そうと思って上体を上げようとするも、容易には叶わない。
 体のあちこちが、節々が、痛い。

「ここは……一体……」

 ようやく身体を起こすと、いや、正確には背中に手を添えてもらって起き上がると……ギシギシと身体が悲鳴を上げた。

 茶色の天井には所々網を広げる蜘蛛の巣に、起き上がった拍子に僕の身体と同じくきしんだ音を上げた、頼りない木製のベッド。
 天井との距離はそこそこあるのに、スノコ状の板が目の前にあることを思えば、僕の寝ていた場所は2段ベッドの下段かもしれない。
 ひび割れにテープで補修が施された窓から、おそらく昔は白かった薄茶のカーテンが風に揺られる。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 声をかけながら、背中に手を添えてくれたのは、可愛らしい小さな女の子だった。
 淡い黄色の色をした、ウェーブがかった肩までの髪。痩せ細った細腕に、頬がこけてより大きく見える淡い青の瞳。
 僕よりずっとずっと年下の、小さな小さな女の子だった。

「ごめん……助けてくれたんだね。ありがとう。ここは……一体……どこなんだろう」
「ここはね、『きょーかい』だよっ、お兄ちゃん」

 どうやらここはやはり2段ベッドの下段。女の子は梯子ハシゴの横に立って介抱してくれていたらしい。

 遠巻きからガヤガヤと声が聞こえて来たので、どうやら他にも子どもがいそうだ。

「ねぇ、お兄ちゃん起きたみたいだよ~!」
「いいお兄ちゃん? こわいお兄ちゃん?」
「だぁー! だー!」

「こーらっ! 具合悪くして倒れてたお兄ちゃんに、ひどいこと言ったらだめでしょ?」

 と人差し指を立てて言う、介抱してくれた女の子。すると揃って子どもたちは、

「「はぁーい」」 「だぁー」

 と声を上げた。
 どうやら喋り始めたばかりの幼子もいるようだ。

 鶴の一声とはこのことだろう。
 介抱してくれた小さな女の子は、他の子どもたちからしたらリーダー格なのかもしれない。
 痩せこけているからより幼く見えるだけで、もしかしたら僕とそんなに年は変わらないのかも。

「助けてくれてありがとう。僕はゼラ。5歳だ」
「私はね、サラだよ。もうすぐ4歳になるの。みんなより少しだけお姉ちゃんなんだけど、ゼラお兄ちゃんのほうが、お兄ちゃんだね」
「4歳、か……僕と変わらないのにしっかりしてるね」

 ニッコリと微笑んでくれるサラ。
 身体も心も痛んでいるけれど、少しだけ、ホッコリ心が温まった。

 ――ガチャ! ギィィィィィ……

「あら、目覚めたのですね。良かった。体調はいかがですか?」

 部屋と同じく、大きくきしんだ扉が開き、母さんと同じくらいの女の人が入ってきた。
 服装から察するに、おそらくシスターだ。
 くるぶしまであるロングスカートの黒いワンピースに、黒いベール。額と首元は薄茶色の生地をしていた。きっとカーテンと同じように、額と首元の生地は昔は白色だったのだろうと、僕は思った。
 優しく微笑むシスター。

「うっ……ううっ……」

 どうしても、僕は……シスターと、母さんを重ねてしまって……。
 枯れたはずの涙が、再び
 ――ぽろり、
 ――――ぽろり、と
 目の荒い掛け布団にこぼれ落ちていった。

「まぁ……つらい目にあったのですね……。無理に話さなくても大丈夫ですよ。教会は貴方の来訪を歓迎します。女神フロレンス様のご加護が貴方にあらんことを」

 ――女神フロレンス様?
 ――神様?

「そんなもの……いない……」
「え……?」
「そんなものがいたら、父さんと、母さんは……

 うっ、ううっ、うううっ……」

 僕より小さい子もたくさんいる中で、恥じらいの感情よりもさみしさやつらさが勝り、僕は堪えられず泣きじゃくってしまった。

「辛かったのですね……」

 シスターはそれだけポツリと話すと、僕をギュウっと抱きしめた。

 ……母さん……!
 ……父さん……!

「うっ、うっうわあああああああ~!」

 僕は今度こそ、涙が枯れるまで……シスターの胸で我を忘れるくらい泣き狂った。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 僕が落ち着いた頃、シスターは夕食の支度があると部屋を出ていった。
 
 シスターが部屋を出ても、僕のそばを離れないみんな。サラも、他の子も。一歳くらいの赤ちゃんなんて、僕の膝ですやすやと寝ている。

 すると、「あのね……」と、サラが教会について教えてくれた。

「ここに住む子はね、ゼラお兄ちゃんと一緒。みんな、シスターがママなの。私のパパとママは、私を教会の前に置いて行ったんだって。カゴの中に私を入れて。シスターが拾ってくれたんだよ。ゼラお兄ちゃんのお膝で眠るユウリは、サラと一緒。置いてかれちゃったの」
「そうか……」
「私より一つ下で双子のジンとシンは、モンスターにパパとママが……。ゼラお兄ちゃんと一緒」

 みんな、僕と一緒だったのか……。
 みたところ、3歳になったばかりくらいの男の子――ジンとシンは僕と同じ境遇だというけれど、もしかしたら何があったか理解しているかしていないか、その狭間くらいの年齢かもしれない。それでも逞しく懸命に生きようとしていることが伝わってくる。

「ゼラお兄ちゃん、ジン、お兄ちゃん好き」
「ジン……」
「シンも~!」
「……シン……」

 ジンは、僕にギュウっと抱きついてくれた。
 続いてシンも僕に抱きついてくる。

 ギュウウウウウ~!

「ぴぎゃああああああ」
「あああああ、ごめんねごめんね」

 ジンとシンが抱きついた表紙に僕の膝ですやすや眠っていたユウリがむぎゅっとつぶれてしまい、不快の鳴き声で抗議している。
 すかさずサラはユウリを慣れた手つきで抱き上げて、トントン背中をさすって寝かしてやった。

 本当に、逞しいな……。
 僕もそう、なれるだろうか……。
 それにみんな――

「みんな……」
「「なあに? ゼラお兄ちゃん」」
「ううん、なんでもない」

 ――みんな……愛おしい。

 もし、僕を家族として迎え入れてくれるのであれば、僕がみんなを守ってみせる。
 父さんの形見の短剣を練習して、強くなって。
 もう、二度とあんな悲劇が起こらないように。
 防げるように。

「ご飯ですよ~!」

 遠くでシスターの呼び声がする。

「「はーい」」
「行こう! ゼラお兄ちゃん」
「……うん」

 ――僕はここで、生きていく。
 みんなを……守れるように、強くなってみせる。
 


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