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第4章 ゼラの過去
4-2ゼラの過去〜別れと出会い 前編〜
しおりを挟む僕の名前はゼラ。
僕は今日で5歳になる。
誕生日のお祝いにご馳走を作ってくれるって母さんが約束してくれたから、僕は今、父さんと母さんと一緒に市場へ買い物に来てるんだ。
活気ある市場。
野菜もあれば、フルーツもある。
あそこには屋台も!
肉の串焼きかな? 屋台のおじさんが一生懸命食べてけ~って呼び込みしてて美味しそうだけど、母さんの料理に勝る食べ物なんてないって思ってる。
母さんの料理は本当に美味しいんだ。
僕は母さんの作ってくれるものなら何でも大好きだけど、今日は新鮮なトマトと肉を使ったトマト料理を作ってくれるらしい。
ピザにパスタ……それに、なんとケーキも!
僕は今日のことを本当に楽しみにしていたんだ。
いつも父さんは冒険者稼業で忙しいけれど、今日ばかりはお休みなんだ。僕の誕生日を祝うために。
……いつかは僕も父さんみたいに、立派な冒険者になって父さんと一緒に冒険するんだ。父さんみたいなカッコいい短剣使いになって、いつかはピギーウルフだってやっつけてやるんだ!
母さんが寂しくないように、たくさんお土産を持って帰ってさ。僕の冒険譚なんかも話しちゃったりするんだ。
僕は大きな夢を抱きながら、父さんと母さんに挟まれて、仲良く手を繋いで市場を歩く。
「ねぇ、父さん、ジャンプして!」
「ははは、まったくしかたないなぁ。母さん、行くぞ!」
「もう、ゼラってば」
僕は両手両腕に力を込めて、父さんたちの振り子に合わせて地面を大きく蹴り上げる。
「わぁっ! 高~い! 青いお空が近くに見えるよ」
父さんたちにしてもらうブランコは、まるで背中に羽が生えたみたいに高く空を飛べるんだ。
そう、大空を飛ぶ、あの鳥たちみたいに。
……鳥たち……みた……い……に……
「ね、ねぇ、父さん、母さん、あの鳥とっても大きくない? 鳥たちじゃなくて大きな一羽が、何かを抱えているみたいな」
僕が父さんたちに質問したのと同時だった。
「キャアアアアアアアアアァァァ」
「うわあぁぁぁ」
――市場に、周りの人たちの悲鳴が響き渡ったのは。
逃げ惑う人々。
やはりあの大きな鳥の様子はおかしい。
なんだあれは。
あの、石のような色をした乱れ動く髪の毛は。
――そもそも本当に鳥なんだろうか。
あの乱れ動く髪の毛は、無数の蛇じゃあないか!
……鳥じゃない……!
羽がない。
両脇に何かを抱きかかえているから、羽に見えただけなんだ。
「ゼラ、母さん、行くぞっ! 逃げるんだ……! あれは……勝てない……!」
「貴方ッ」
父さんですら、勝てないモンスター??
あんなに強い父さんですら?
さっきまで強くなって冒険するとたぎっていた僕の心は、いつのまにかしぼんでしまい、僕の足も、僕の手も。僕の身体ではないみたいに震え上がる。
全身が、逆立っている。
鳥肌を浮かべて、悲鳴を上げている。
父さんじゃなくてもわかる。
――あれは――
――あのモンスターは――次元が違う……!
声なんて最早出ない。
心の中で、喉がちぎれるほど、心から壊れるほど、叫び続ける。
――助けてください!
神様、誰でもいい……!
父さんと母さんを……僕達を……!
助けてください……!
僕は父さんに抱き抱えられながら、市場を抜けた先の森の中へ逃げ込んだ。
走り慣れていない母さんは、父さんに手を引かれながら時々足をもつれさせて必死に走っている。
そんな母さんは、僕しかみていない。
わかる……わかるよ、わかるよ母さん。
僕の無事を祈ってくれているんだよね。
――悔しい。僕に……僕に力があれば。
何にも負けることのない、強い、強い力があれば……!
僕はギュッと、拳を握った。
どれくらい走っただろうか。
昼頃この森に入ってから、隠れ休みつつも走り通しの父さんと母さん。
辺りもだんだん、夕暮れになってきた。
走れども走れども、安全だと思えない。
一緒に森へ逃げ込んだ人々が、また一人、また一人といなくなっていくんだ……。
この森は一体どこなんだろう。
僕にはもう、ここはどこで、あの蛇頭のモンスターがどこにいるかすらわかっていなかった。
「おお~い!」
遠くから、今朝ほど聞いた声が聞こえてきた。
少し禿た頭に、でっぷりと太ったお腹。
――そうだ! 串焼き屋さんのおじさんだ。
森の木々や葉で全身は見えないけれど、特徴的な部分だけ見えて、夕暮れの中でも串焼き屋のおじさんだっていうことだけはわかった。
「父さん! 串焼き屋さんの……。むぐぐっ……!」
と言いかけた僕の、口を父さんが大きな手でギュッと押さえた。そして、口元に人差し指をやって、僕達に静かにするようシーッと指示する。
「貴方、どうしたの?」
母さんの質問にもなかなか答えない父さん。
額から滴る汗が、顎を伝って土へぽたりと落ちてゆく。
「嫌な予感がするんだ……」
父さんの表情を見て、母さんも何かを察したのか、一言も話さなくなった。
「ゼラ……、よく聞くんだ。ゼラは今から、この大きな木のウロに隠れるんだ」
父さんは、近くにあった巨木の幹に空いた穴を指差した。そして、これでもかと僕にアイテムを渡してくる。
非常食の入った袋
水の入った皮袋
護身用の小さなナイフ……
僕の分だけじゃない。
僕の分と、父さんの分を手渡してくれる。
「でも、それじゃあ父さんのは?」
僕は極力小さな声で問いかける。
そんな僕に、父さんだけでなく、母さんまでも――微笑んで……抱きしめてくれた。
「いいかい、今から何があっても二日間、ここで過ごすんだ。耳を塞いで、目を閉じて、時が過ぎるのをジッと待つんだよ」
「今からこの木のウロを枯れ葉で隠すわ。この場所は私たちだけの秘密。また会えることを祈っているわ。けれど、会えなくても強く生きるのよ。私たちは、常に固い絆で結ばれているわ。愛しているわ。ゼラ……」
「嫌だ……嫌だよ……」
「きっと大丈夫さ。父さんが強いの知ってるだろ? もし、父さんたちが戻って来なかったら、二日間この中で過ごすんだぞ。その後は、教会を目指しなさい。女神フロレンス様のお導きが、ゼラにあらんことを」
父さんと母さんは僕を順番に抱きしめた後、木の穴へ僕をぎゅっと押し込んで、周りの枯れ葉で穴を塞いだ。とても狭くて窮屈な穴で、とてもとても、真っ暗でこわい。辛うじてわかるのは、枯れ葉の隙間から見える小さな森の……夕暮れの世界だけ。
――無事でありますように
――無事でありますように
ダメだと言われたけれど、僕は耳も塞がなかったし目も閉じなかった。
ただ、ただ、父さんと母さんの無事を祈った。
父さんと母さんは僕のいる木から距離をとろうとどんどんと離れていくけれど、まだかろうじて見える。
――無事でありますように
――無事でありますように
そして。
――枯れ葉の隙間から見えたんだ。
先程元気そうに「おお~い!」とこちらへ手を振っていた、串焼き屋さんのおじさんが、ふらふらしながら父さんと母さんに近づいて来るのが。
気づいたんだ。
おじさんの様子が、なんだかおかしいことに。
――無事でありますように
――無事でありますように
――僕の渾身のこの祈りは、神様には届かなかった。
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