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第4章 ゼラの過去
4-0(序章)事件と依頼は突然に
しおりを挟む――バタン! カラン! カランカラン!
工房の内扉につけた鐘が大仰に来訪を告げる。
ノックもなしに突然やってきたにしては、いささか乱暴な来訪。
ちょうど工房内の掃き掃除をしていたゼラは、腰に忍ばせた短剣に手をかけて玄関を見る――が、すぐに緊張を解いて椅子へ案内した。
「こちらへどうぞ。今日はどうされましたか?」
「あ、ありがとうございます……。でも……!」
突然の来訪者――茶髪で華奢な女性は、椅子に座ることなく目の前のゼラの腕に縋った。女性は、肩で大きく息をしている。
「と、とにかく落ち着いて……」
30代に届くか届かないかの妙齢の女性がゼラにもたれかかるような構図は、あらぬ誤解を招きかねない。ゼラは急いで着席を促そうとするも、悪いタイミングというのは図られたようにやってくるもので……。
「ああーん? ゼラ、麗しい女性に何してんのよ!」
ちょうど2階から降りてきたうさみが、女性をもたれかかせようとしているしているゼラに血相をかえて階段をピョンピョン駆け降りてきた。
やはり誤解されたゼラは、まるで伝説の暴漢のような扱いだ。
言いがかりだけならば耐えらるのだが、うさみはなんと、駆け降りざまに右手を上げている。
……あの格好は、まずい。この上なく、まずい。
「ちょっと待った……うさみ! ストーップ、ストーーーーッ」
「問答無用~! ――風神の障壁ッ」
――ビュウウウウ!
「うあああああああ!」
工房内に突如現れた緑色の風壁に、ゼラは一瞬のうちに捉えられてしまった。
腹部を両腕とともに締め上げられたゼラ。拘束魔法――しがらみの楔の風属性バージョンだ。
「えぇっ⁉︎ な、なになにっ⁉︎ どうしたの?」
ここまできて、漸く工房の主――見習い錬金術士のミミリが作業をしながら振り返った。
突然工房へやってきた女性は、振り返ったミミリを上から下まで確認する。
ウェーブがかったピンク色の髪。
透き通るような白い肌。
筋の通った鼻。
晴れた空色の大きな瞳。
若草色のボウタイ付きワンピースの裾のプリーツは、振り返りざまにフワリとなびいている。
「……貴方が噂の錬金術士さん! お願いです! 助けてください!」
ええと……、と言いながらミミリは状況を整理する。
ミミリは錬成に夢中になるとまわりの音が耳に入らなくなってしまう。今は錬成にキリがついたのと、騒動の大きさにたまたま気がついただけで、普段ならうさみの魔法とゼラの叫び声くらいならば集中力の妨げにはならない。
「う~ん……」
ミミリは改めて、まじまじと工房内を見渡してみる。
うさみが上げた右手。
うさみの風属性の攻撃魔法に捕らえられたゼラ。
青ざめた顔で、助けてくださいと懇願する綺麗なお姉さん。
「ええと……、ゼラくん、何か悪いことしちゃったの……?」
「――ちがっ……」
「そうなのよ、ミミリ。ゼラがこのお姉さんをね、身体にもたれかけようとしていたのよ」
「――ちがっ……」
ゼラの青ざめていく顔色に呼応して、ミミリも2、3歩と後ろに退がる。
「あの~、ミミリ……誤解……」
この状況下、ゼラの誤解は解けるはずもなく。
「ゼラくん、やらしいよ……」
「――‼︎」
――ミミリのトドメの一撃により、ゼラ、戦意(?)喪失。
このタイミングで風神の障壁を解かれたゼラは、力なく床に膝をついた。
◇ ◇ ◆
「えええっ⁉︎ 誤解いぃ~?」
うさみは、ゼラに一瞥をくれてから、気まずそ~に目を逸らした。反してミミリは素直にペコリと謝る。
「ゼラくん、ごめんね」
「いいんだ。誤解が解ければ。それで、助けてくださいって、どういうことですか?」
「噂の錬金術士さんですよね? アザレアで今有名な……」
「有名だなんて、そんな……」
急いで両手をブンブンと振って否定するミミリの両脇で、うさみとゼラは妙に誇らしげ。
クスリと微笑んでしまいたくなる光景も、切羽詰まった女性にとっては、それどころの話ではない。
女性は未だ肩で息をしながら、胸を押さえて涙声を上げた。
「実は……うちの子が、行方不明なんです」
「「「えええっ⁉︎ 行方不明⁇」」」
――バタン! カラン! カランカラン!
3人揃って驚いたタイミングで、血相を変えてやってきたのは――バルディだった。
「ごめん、突然……! あのさ……」
少し息を切らしながらバルディが話を切り出そうとした時、コンコン、と扉を叩く音がする。
既に開かれた扉をノックしながら、陽を背に浴びる女性が1人。
バルディに遅れてやってきたのは、アザレア町長の秘書、ローデだった。
「失礼いたします、ミミリさんたち。……やはり先にいらしていたんですね。ソフィアさん」
――この女性は、ソフィアというらしい。
ローデの目配せに、神妙な面持ちでコクン、と頷いた。
「すでにソフィアさんからお聞きになったでしょうが、冒険者ギルド――いえ、アザレアから錬金術士ミミリさんたちに指名依頼させてください」
ローデの言葉に続いて、バルディは深々と頭を下げる。動揺し続けていたソフィアも、バルディに倣って慌てて頭を深く下げた。
「巻き込んでゴメン、本当は俺たちで……アザレアで対処しなければならないというのは重々承知だ。年端もいかないミミリちゃんたちを頼るのはお門違いだってわかってる。本当にすまない」
「どうか……どうかお願いいたします」
「そ、それはもちろん、協力して当然……」
「――待って。他に言うべきことがあるんじゃないかしら。街を挙げて捜索するのは当然でしょ? それを、ここまで丁寧に、しかも重い前置きがあるなんてよっぽどのことじゃない?」
ミミリの言葉を遮るように、少し口調を尖らせてうさみは言う。
愛しい我が子の行方が知れないソフィアの胸中は推し計らなくとも察するに余りあるが……、うさみとてパーティーの年長者としてミミリたちを守る責務がある。
うさみは心を鬼にして、敢えてローデたちに質問をしたのだ。ソフィアに申し訳ないと思いながらも……。
「「それは……」」
ここまできて、言葉を濁らすローデとバルディ。
うさみと2人の間に流れる沈黙の空気の後ろで、カチャリ、バサリと音がする。
それは、ゼラの冒険の準備の音。
ゼラは店員風の装いから冒険着に改めて、【マジックバッグ】を腰に据え、【忍者村の黒マント】の襟元をバサリと音を立てて居直した。
いつものゼラは、どこへやら。
ゼラは、真剣な眼差しをバルディに送っている。
「バルディさん。俺の予想が正しければ……蛇頭のメデューサの可能性があるんじゃないですか?」
「「――――‼︎」」
「沈黙は――正解と受け取ります」
ゼラはフードを深々と被りながらバルディを見る。バルディは申し訳なさそうに首肯した。
――蛇頭のメデューサ。
言わずと知れた、特等依頼のモンスター。目撃情報だけで高額の達成報酬が出ると言われている危険なモンスター――ゼラの両親の仇でもある。
「ミミリたちは危険だから……、俺1人で……」
「なーに言ってるのよ、ゼラ。この、スケコマシ~! ……は今は関係ないわね。水臭いのよ、ゼラは」
「そうだよゼラくん。私たち、なんと言われても絶対行くから」
気がつけば、ミミリたちの冒険の準備も終えられていた。ミミリは【白猫のセットアップワンピース】に、うさみは深い葉っぱ色のローブを身にまとっている。
「ミミリ、うさみ……」
「バルディさん、ローデさん、ソフィアさん。詳しく教えてください」
ミミリの晴れた空色の瞳は、申し訳なさそうに眉尻を下げたバルディを映す。
「ありがとう、ミミリちゃん。うさみちゃん。ゼラ。……そして、ごめん」
――事件と依頼は突然に。
宿敵蛇頭メデューサとの闘いが、今、始まろうとしている。
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