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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-40(幕間 後編)緊急依頼! ローデ討伐ミッション

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「じゃあ、酒ワングランプリ、開催よ~んッ。実況は私が務めちゃうわん」

 うさみの開催宣言に、参加者たちの胸中に渦巻く勝利への決意。
 
 デイジーは、負ければ冒険者ギルドへの復職が遠のく。
 ガウルは、負けず嫌いゆえに敗北はあり得ない。
 サザンは、負ければ愛しい新妻ユリの心がゼラに向いたまま。
 ローデは、負ければ1ヶ月禁酒。


 ――負けられない闘いが、今、始まる……!


「「「「アザレアに、乾杯」」」」

 歓声の中、全員が一斉にコップに口をつけた。

「さーあ! 始まりましたグランプリ! 観客の期待を背負って参加者たちはコップを傾けたわよん!」

 ――ゴクリ、ゴクリッ!

 デイジーとガウルは、早速至福の音を会場に響かせる。観客もつられて羨ましそうにゴクリ、と生唾を飲んだ。

「くうううぅ~! おいっしぃ~!」

 デイジーは、飲酒解禁に天を仰いだ。蒸し暑い夜もなんのその。待望のお酒の喉越しに喜びを禁じ得ない。

「デイジーちゃーん! 俺は君に10,000エニーかけてるんだ! 負けないでくれよ~!」

「力の限り闘いますよッ! 私の人生が懸かってるんですから。それにローデさんとは酒瓶2本分の差がありますからねッ」

 デイジーは、グランプリ大本命のローデを身を乗り出して好敵手の様子を伺う。
 すると……。

「嘘でしょ? もう酒瓶1本空いてるの?」

 涼やかな顔をしたローデの前には、空いた酒瓶。2本目の酒瓶も、既に1/3ほどは無くなっている。

「あぁ、やはり美味しいですね。まだまだいけそうです」

「なぁ~んと、ローデ選手! 開始早々、ハンデが無きモノとなりそうだぁ~! 対して参加者たちは1本目の終盤に差し掛かっているところ~! ピッチ上げてかないと、やばいわよん」

 うさみの実況に、会場の熱気は増してゆく。
 立見客が多い中、ゼラは手際良く観客席とテーブルを用意して、年配客、子連れ客らを席に案内した。

「こちらもどうぞ。出来立てのはちみつパンケーキです。アイスミンティーも飲んで、熱中症に気をつけてくださいね」

 爽やかな佇まい。
 端正な容姿。
 スマートな心遣い。
 アザレアマダムだけならず年配層、ファミリー層までもゼラの虜になった。

「兄さんや、ふあんくらぶ、なるものに入るにはどうしたらええんじゃの?」
「不安クラブ、ですか? うーん……」

「「「「「「「――――!」」」」」」」

 ご老人とゼラの噛み合わない意思疎通に、アザレアマダムも、新妻のユリも母性本能までもくすぐられてしまう。

「ゼラ……そういうところ、そういうところよ。天然のマダムキラー、末恐ろしい子」

 うさみのしっぽは残念ながら震えないが、会場の殆どが既にゼラの虜。ゼラはまたもや、男性陣の敵対心ヘイトを誘ってしまった。

 ――――ゼラ、許すまじ――――!

 やはり一番のを向けるのは、新婚のサザン。愛妻ユリの視線がゼラに向いているのが気に食わなくて仕方ない。
 
「うおおおおおおお~! ユリ、見ててくれぇ~」

 既に茹で蛸のように顔を赤らめたサザンは、愛妻に向かってコップを掲げた。

「ユリ、君に捧げる! ユリに乾杯!」

 ――――――バタアァァン!

「キャアアアァァ! アナタ~!」

「おお~っと、サザン選手、ダウーン! うさみ的ドクターストップよん!」

 椅子ごと後ろに倒れたサザンに駆け寄ったユリは、石畳に正座してサザンの頭を膝に乗せた。

「もう、アナタったら。無理しちゃ、ダメよ」 
「ゴメン、ユリ……。俺は君に優勝を捧げたかった……」

 顔を茹であげ、力なく微笑むサザンに、ユリは――、

「優勝なんて、いらないわ。アナタが側にいてくれる、それが私にとっての優勝よ」

 愛しい夫を直視できずに、いじらしく視線を逸らしてサザンに言った。

「甘あぁぁい! 残念ながらサザンはダウンだけれど、会場に吹き荒れる薔薇色の風~! サザンに賭けていたみんなも、新婚さんを祝福してあげてよねん」


「仕方ねえ、ご祝儀だ、持ってけサザン~!」
「結婚おめでとう~!」

 ――わあああああ……!

 会場は、更なる熱気に包まれた。

「さぁ、残すところは3人よ~! 戦況を見ていきましょう~! 暫定1位ー! ハンデ込み酒瓶4本、ガウル~!」
「うおおおおお~! 俺の店、武器屋虎の、よろし……」

 ――バタアァァン!

「「「「ええっ⁉︎」」」」

 何の前触れもなく倒れたガウルに、会場は騒然となる。――まさか、無理が祟って体調不良に⁉︎

「だ、大丈夫かしら、ガウル」

「あぁ、気にしないでくれ」

 言ったのは、立ち見をしていたガウラだった。ガウラは大きなため息をついて、倒れ込んだガウルを荷物のように軽々と担ぎ上げる。
 すると、ガウラの肩にもたれかかるガウルから聞こえてきたのは……

 ――――ぐごー! ぐごー!

 この上なく、大きなイビキ。

「みんな、騒がせて悪いな。コイツは石畳で充分だ。会場の端を貸してくれ。そのうち目覚めるだろ」

 口には出さないものの、一番の対抗馬に賭けていた面々は落胆の色が隠せない。賭け票の殆どがガウルのものだったのか、会場は一気に曇り空に……。

 その空気を一変させたのは、ガウラ家の次男坊――ガウリだった。

「みんな、悪いなぁ。今度俺の店で一杯サービスするぜぇ! 気を悪くしないでくれよなぁ」

 ――わあぁぁぁ!

 ガウラ、ガウリ兄弟の連携プレイで、再び会場は盛り上がった。

「さぁさぁ! 残す参加者はデイジーとローデ! 女性2人の一騎討ち~! 酒瓶はデイジー2本半、ハンデ2本分を合わせると4本と半分ッ、ローデはなんとぉぉ~、5本! だがだがしかーし! なんとローデは小休止中よ~!」

 今まで顔色一つ変えなかったローデは、表情そのままにスッと手を上げた。

 ――まさか、棄権……?

「すみません、おつまみをお願いします」

「なんとここでおつまみターイム! しかも全っ然酔っていないわ。だけどチャーンス! この隙に、抜けるかデイジー!」

 観客の視線は、一斉にデイジーに向く。

 ――もしかしたら、勝てるかもしれない。
 ……勝てれば掛け金15.5倍、15.5倍……!

 デイジーに賭ける者も少なくない。
 大金を手に入れられるかもしれないという思いが、賭け参加者の応援を熱くする。

「行け~! デイジーちゃーん!」
「負けるな~!」


「デイジーさん……」

 益々盛り上がる会場で、つつがなく配膳を続けるゼラは、心配そうにデイジーを見ながら、ずっと胸に抱えていた疑問を呟く。

「デイジーさん、何で酔わないんだ……?」

「「「――!」」」

 会場は、一気に不穏な空気に包まれた。
 デイジーは顔を真っ赤にしているものの、ただ粛々とお酒を口に運ぶのみ。

 ――酒乱のデイジーは、一体どこへ……?

 その答えを持ってやってきたのは、兄、コブシだった。

「はぁっはぁっ、やっと……、やっと蔦を引きちれた……はぁっはぁっ」

「げえっ! コッ、コブシッ!

 ――ハァイ、ご機嫌、いかが?」

 うさみは、非常~に気まずそうに片手を上げた。

「うさみちゃん、君の魔法、かなり強力だったよ」 

「――魔法⁉︎ まさか、うさみ」
「……やば……」

 ゼラがうさみに釘を刺そうとしたのを、意図せず救ったのは――コブシだった。

「みんな! 耳を塞いでくれ! これはやばい! 非常にやばい状況だ!」
「「「「「「「――?」」」」」」」

 ――時、既に遅し、とはこのことだった。
 顔を真っ赤にしたデイジーはみるみるうちに顔を青ざめて……。ーー酒乱デイジー、ついに本領発揮?

「みんな! 耳を……!」

 うさみも含め、コブシの意図がわからない一同は耳を塞ぐこともなく――

「うぎゃあああああああああああああああ! うわあああああああああああああああん!」

 ――顔を青ざめたデイジーの断末魔のような鳴き声を直に食らった……。

「耳が……こわ……れ……」
「頭がわれ……る……」

 ――酒乱ならぬ、泣き上戸デイジー、継続不可能により敗者決定。
 どうやらデイジーは理性を保とうと我慢し続けると、破綻して泣き上戸に変貌するらしい。

「ううううう……。ゼラ――止めて……」
「ダメだうさみ。俺も、さすがに耳が痛え」

「――皆様! うちの妹が、申し訳ありませんッ」

 全員が耳や頭の痛みに悩ませる中、いつもどおりに深々と頭を下げるコブシ。

 ――混迷を極める会場で、ローデは一人涼やかに……。

「アザレアの美味しいお酒の前では、ざわめきすらおつまみになりますね。……そういえば、本物のおつまみはまだでしょうか」

 第1回酒ワングランプリ、優勝ローデ。
 文句なしの圧倒的勝利を飾った彼女の酒瓶は、気付けば6本目……。
 

 ――かくして、酒ワングランプリは無事(?)に幕を閉じた。

 ◆ ◆ ◇

「ぐふふふ……」
 
 うさみは、先程から、見た目に似合わず下卑た笑いが止まらない。

「も~! うさみってば~!」

 優勝したローデに賭けていた者はそう多くはなく、掛け金の殆どが胴元のうさみの懐へと収まった。それだけではなく、参加料の5,000エニーもうさみのものだ。
 予想以上の収益で、抱えきれないほどの大金を手にしたうさみ。今ジャンプしようものなら、チャリンチャリンとお金の音が聞こえてくるに違いない。

 このまま胴元のうさみだけが儲かっていたのであれば、反感を買いそうなものだが――。

「美味しい~」
「大金を積んでも、こんな機会は巡り会えねえや」

 目を覚ました参加者たちも、観客たちも破格のご馳走に舌鼓を打っている。

「みんな、たっくさん食べてくださいね! これはいつも皆さんにお世話になっている私たちからの感謝の印です」

 ――会場の全員に振る舞われた一角牛をはじめとするたくさんのご馳走。特に一角牛は祝いの席でしか食べられないほど希少なので、不満の声が上がることなく会場は大いに沸いている。

 ミミリは司会を務めるうさみをフォローすべく、立食パーティーを準備していたのだ。
 胴元うさみの一人勝ちのようなこの状況も、ミミリのフォローのお陰で最高の締めくくりを迎えようとしている。


 ――終わりよければ全て良し?
 だがしかし、大事な何かを忘れているような……。
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