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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-36(終話・前編) 人と人とが行き交う街アザレア〜天空の来訪者〜

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「美味しいね! このミルクジェラート」
「良かったわね。お母さんのは酒漬けレーズンが入っていて美味しいわ」
「いいなぁ! ぼくも食べたい」
「ははは! 大人になってからだな」
「え~!」

 微笑ましい家族に微笑みを送って、アザレアの門扉へと続く石畳を歩いていく。
 ミミリの右隣には、左肩にうさみを乗せて歩くゼラ。仲睦まじく歩く姿は、きっと、周りの目にも微笑ましい家族として映っているに違いない。

「ミミりん、嬉しそうね」
「ほんとだ。何かいいことあったのか?」

 朝日を浴びるうさみとゼラの笑顔は、朝日に負けないくらいにとても眩しい。それに、見ているだけで胸もじんわり熱くなる。

「……ううん、何でもないっ!」

 ミミリの笑みは、アザレアの街の朝日に溶けてゆく。

 ◇

 ――ゴーン! ゴーン!

 雲一つない快晴の下、鳴り響く鐘の音。
 笛の音に続いて、視界の奥で門扉が開く。

「おー! うさみちゃんじゃないか! ニンジン、持ってきな!」
「ありがとう! おじさん」

 アザレアの石畳沿いに立ち並ぶ露店の男性から投げられたニンジンを受けとったゼラは、左肩に腰掛けるうさみにそっと手渡した。

「おじさま、ありがとね~ん! ゼラもありがと」

 ――カリッ!

「……んんん~! 美味しいわん」
「よかったな、うさみ」
「ふふふ。アザレアの人たちともとっても仲良くなれて嬉しいね」

 ミミリたちがアザレアを訪れて一月あまり。
 右も左もわからなかったこの地での生活も、冒険者ギルドの依頼などを通じてだいぶ馴染むことができた。
 ことあるごとに「ぬいぐるみが動いてる!」と驚かれていたうさみも、今ではすっかりアザレアのマスコットキャラクターとして定着するほど。今も、石畳の両脇にある露店の店員がミミリたちを見つけては眩しい笑顔を向けてくれている。



 ――実は今朝、門扉を目指しているのには理由がある。

「あ! いたいた!」

 お目当ての人たちを見つけたミミリは、向かって大きく手を振った。

「バルディさ~ん! ガウラさ~ん! みんな~!」

「ミミリちゃん、ありがとう~!」
「ミミリちゃ~ん! うさみちゃ~ん!」

 ミミリの呼びかけに応じて、門扉のすぐそばにある詰所の入り口や窓から、ひょっこり顔を出す門番たち。

「お! 嬢ちゃん、ありがとうな」
「ミミリちゃんたち、最高の着心地です! ありがとうございます!」

 そして今日の内側の門番を務める2人――ガウラとバルディも同じくミミリたちに挨拶してくれた。
 恥ずかしそうに片手を上げたのは、ガウラ。大きな盾で顔を半分隠している。弓を背負うバルディも、勤務中のため「公」モード全開で礼儀正しく腰を折る。

「みんな、とっても似合ってます!」
「……照れるじゃねえか」

 そう、ミミリたちが門扉を目指していた理由は、門番たちの新しい防具を確認するため。

 門番たちは、ミミリが納品した【一角牛の暴れ革】を加工して作られた革の胸当てを装備している。

「さすがね、ミミりん。これでアザレアの街の防衛力の底上げが期待できるわねんっ!」
「うん。役に立ててすごく嬉しい。でも、良かったのかなぁ……プレゼントの予定だったのに、冒険者ギルドで買い上げてもらっちゃったけど……」

 ミミリは、申し訳なさそうにうさみを見た。

「いいのよん。今までなんの効能もない制服を着ていただけだったのに、防御力に定評のある一角牛から作られた防具を装備できることになったのよ? ……それに……」

 言いながらうさみが浮かべるのは、とってもとっても、わる~い顔。

「……それに、一度断ってから報酬をいただくっていう最高のプロセスを踏んだから、心象も鰻登りよん」

 うさみは、ゼラの左肩に腰掛けながら、さきほどよりもわる~い顔でほくそ笑んでいる。

「悪いうさぎだなぁ、見た目はこんなに可愛いのにな。
 ……それにしても……、みんなしてミミリちゃん、うさみちゃんって、俺もいるんだけどな」
「まったくもう、ゼラのスケ……」


 ゼラのスケコマシ、とうさみが言おうとしたところで、

 ――――――――――ブワッ!

 っと突如身体が動くほどの突風が吹き、

「うわ、なんなの、眩しい……」

 目を覆いたくなるほどの眩しさが天から降りそそいできた。


 ――ピイィィィィ!

「モンスターだ! 大型モンスターだ! 希少種に違いない! 至急、門扉を閉めろ! 閉門、へいもおおおおおおおおおん!」

 寡黙なガウラは、腹の底から大声を上げた。
 閉じゆく門扉をすり抜けて、息勇んで広場に躍り出る。
 すかさず空を見上げ、渾身の咆哮で敵対心ヘイトを誘う。

「うおおおおおおおおお! アザレアには入れさせねえ、死んでも俺が食い止める!」

 ――バサッ、バサッ。
 その大きさは、太陽の如く。
 その輝きは、宝石の如く。
 
 アザレアの広場へ降り立ったのは、眩い輝き放つ鱗を持った――――黄金色のドラゴンだった。

「ガウラさん、お、お、俺も闘います!」

 いつの間にか、ガウラの横にはバルディが立っていた。バルディの手足は、この上なく震えている。

「……馬鹿野郎! お前まで出てきちまって、どうすんだ!

 まったく。出てきたからには、腹、括れよ。

 ……守るぞ、俺たちの街を」

「……はい!」

 黄金色のドラゴンは、大きな翼をたたんでグルルゥ、と鳴き、鼻先から出る長い髭を鋭い鉤爪でつかみながらガウラとバルディを値踏みしている。

「グルルルルルルルル……」
「「――!」」

 ガウラたちは、背筋が凍った。
 身体に突き刺さるような鋭い眼光。
 皮膚が泡立ち、全身が悲鳴を上げている。

「……こりゃあ、ちと……」

 分が悪い、と言う言葉を、グッと呑み込む。
 ガウラとバルディ、門扉の外側の警備を務めていた門番2人を合わせても心許ないが、声に出してしまった途端に膝から崩れ落ちそうな気がする。


 ……1つ動きを間違えば、間違いなくここで――散る。


 絶望感と隣り合わせの恐怖に震える身体を鼓舞するのは、アザレアを――家族を守る、という使命感のみ。

「よし……! やるぞ、お前ら……」
 と声を張り上げようとしたガウラは、途中で尻すぼみしてしまう。

 ガウラを凍り付かせた、突然の出来事。


 ――ミミリたちが、飛び出してきたのだ。


「――嬢ちゃん、待てっ!

 ……は?

 ……………………」


 ガウラたち門番は、言葉を失った。


「ライちゃん! 元気だった?」
「お久しぶりです、雷様」
「ちょっと雷竜! 姿変えて来るんじゃなかったの? みんな驚いてるじゃないっ」

 うさみの苦言に、少しバツが悪そうに背を丸めるドラゴン。

「威厳あふれた登場をしてみるのも、一興かと思ってのう」

「「「「雷……様……?」」」」

 目を丸くして驚くガウラたち。
 期待通りの反応に、ドラゴンはフン、と鼻を鳴らして胸を張る。

「いかにも。わしは雷竜と申す。雷属性の頂点たる存在じゃ。ときに、そこの坊主頭の童、弓を持った長髪の童よ、ぬしら、なかなか良い目を持っておるのう。……だが……」

 雷竜は、一層鋭い眼圧をバルディに向ける。

「生半可な気持ちでミミリ小娘に手を出したら、次は許さんからのう、弓の」

「――はっ! 肝に銘じます、雷竜様!
 (どうしちまったんだ、俺……身体が痺れて、今にも倒れそうだ)」

 バルディは眠っていたトラウマを呼び起こされているようだが、意外にも順応が早く深々と頭を下げている。

「それにしても、ガウラさんを童呼ばわりするなんて、さすが雷様」

 ゼラは、童と呼ばれたガウラを見た。
 クスリ、と思わず笑ってしまう。
 ガウラは――本当に童のように雷竜に負けない輝きを持った眼差しを圧倒的強者雷竜に向けていた。

「ライちゃん、今日はどうしたの?」
「ああ、今日は小娘にお届け物じゃ」

 ミミリたちは顔を見合わせ、目を輝かせる。

「――察したようじゃな。そうじゃ、『ドラゴンの郵便屋さん』じゃな」

「あ、ありがとうっライちゃん!」

 ミミリは大喜びで、雷竜の前脚に抱きついた。

「ふ、ふん。まぁ、ただの気まぐれじゃ。さぁ、ここじゃなんじゃから、小娘らの工房に行こうかの」

「……? ライちゃん、どうして工房のこと、知ってるの?」

 雷竜の大きな身体が、ビクン、と動く。

「――!
 いや、わしは雷属性の頂点じゃ。そのくらいのこと、何でも知っておる」
「そうなんだぁ、ライちゃんってすごいんだね」
「ま、まぁの。グワッハハッハハッハ」

 ――アザレアの門扉前の広場に響き渡るのは、雷属性の頂点、雷竜の笑い声。

 仲睦まじいミミリと雷竜を見ながら、うさみとゼラは額を寄せ合い、ヒソヒソ声で語り合う。

「ねえ、ゼラ。やっぱり私たち、監視されてたわね」
「あぁ、私たちっていうか――」
「そうね――」

 ゼラとうさみは、雷竜に猫可愛がりされているミミリを見る。現に、雷竜の鋭かった目つきは、だらしないほどに目尻を下げてミミリに甘い視線を送っている。

 圧倒的強者も、孫娘には、弱いようで……。

「「やっぱりミミリは」」
「最強だな」 「最強ね」

 うさみとゼラは、クスリと笑い合った。


 ――実はそういう、うさみたちも――

「なぁ、バルディ。雷様と対等に話せるうさみと坊主もすごくねぇか」
「ほんとですよね」
「最強だな」
「ですね」

 ――ガウラとバルディに、最強扱いされていた。
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