上 下
112 / 207
第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-35 ガウラとガウリと武器屋の店主

しおりを挟む

「ねえ、ミミりん、ゼラ、見て! あの人たちも」
「本当だ! なんだか、嬉しいね」
「ミミリはさすがだなぁ」
「ありがとう、ゼラくん」

 武器屋「虎の」へ向かう道すがら、すれ違う人々の大半がカップに入ったデザートを持っている。
 一口運んでは美味しそうに頬を押さえたり、眉間に指を添わせたり。
 すれ違いざまに聞こえてきた会話で、それがミミリが錬成した【酒漬けレーズンの冷んやりジェラート】であることがわかった。

「ミミリちゃんのおかげだよ。居酒屋食堂ねこまるにレシピの使用許可をしてくれただろ? おかげで経済が回ってる。先週よりも間違いなく活気があるよ」
「それはよかったけど、本当に経済に貢献してるのかしらん。居酒屋食堂ねこまるの独占市場になってはいないの?」

 ゼラの肩に乗りながら、バルディに問ううさみ。バルディはこの上なく驚いた顔をして振り返った。

「まったく、うさみちゃんの着眼点はすごいな。……それがさ、居酒屋食堂ねこまるに限っては大丈夫なんだよ」
「どうして?」
「店主のガウリさんは、アザレアを愛してくれているんだ。仕入れ値にほとんど上乗せせずに、薄利多売を徹底してる。お金の流通に焦点を当ててくれているんだよ」
「素敵な考えね。売れれば売れるほど仕入れ先までもが潤う仕組み。他分野に渡ってヒット商品を出すことができれば、人とお金、労働力の稼働域にも流通量にも貢献できるでしょうね」
「ほんと、うさみちゃんって名探偵だな」

 バルディの話意外にも、活気がある、と感じるのには理由がある。
 アザレアに根付く商売人たちの声量が先週のそれとは確実に違うのだ。

 ……嬉しいな。アザレアの街おこしに少しは貢献できたのかなぁ。

 役に立てたのかもしれない、と考えただけで、ミミリの心はほんわか温かくなった。

 ◆

 用事が一度で済むように、英気を養ってもらえるようにと、冒険者や商人の需要のある店ばかりが顔を並べている「英気の道」。

 錬成に没頭するあまりすっかり陽が落ちてしまったので、入店を誘ういくつもの店看板の明かりを道標に、バルディの先導で英気の道沿いの武器屋に辿り着いた。

 焦茶で艶がないぶっきらぼうな印象を与える扉に付けられた錆びた鉄の輪を、同じく錆びた鉄受けに押し当て来訪を告げる。

 ――カンカン! ギイィィィィ!

「おやっさ~ん、入りますよ」
「「お邪魔します~」」 「失礼しますわ~ん」

 天井から吊るされたランタンの穏やかな橙色の光は、店内に並ぶ武具にゆらりと映っている。
 多様な武具とともに出迎えたのは、鼻をつく金属の臭いと、大柄な男性だった。

「おう、バルディじゃねえか! それに……見ねえ顔の嬢ちゃんにぬいぐるみ乗せた坊主も、よく来たな! ……ていうか今ぬいぐるみ喋ったか? ということは、まさか!」
「そう、そのまさかですよ、おやっさん」

「うおおおおおおおお~!」

 焼けた肌、凛々しい眉毛。
 角刈りに、黒い口髭。
 大柄な体格、逞しい筋肉。
 そして、黄色地のエプロンには、胸元に虎の顔のアクセント。

「い、嫌な予感がするわ……。だってあまりにも、似てるもの。髪があるか、ないかの違いよ……!」

「会いたかったぜえええぇ、うさみちゃん」
「やっぱり! 

 ……ぎょええええええ!」

 うさみは、逞しい筋肉に抱きしめられ――否、締め上げられた。

「く、口から綿が飛び出しそ……う……」
「きゃあああ~! うさみ~! ガウリさん、離してあげてください~」

 虎のエプロンを着た男性は、ガハハハ、と大きな声で笑ってみせる。

「ガハハハ! 俺はガウリじゃねえんだ、悪いな、嬢ちゃん」

「ちゅぶれりゅ……」

「お、おっと、わりぃわりぃ」
「じゃ、じゃあ、ガウラさんですか? でもちょっと違うような……」

 虎のエプロンを着た男性は、つぶれかけたうさみをそっとカウンター上に開放した。ミミリはすかさず、うさみを両手で挟んで整形する。

「あぎゅ~! ミミりん、ようひゃわひわね(容赦ないわね)」

「ガハハハ! 容赦なくプレスするんだな、嬢ちゃん。気に入ったぜ」

 男性はミミリとうさみのやりとりを快活に笑った。

「俺の名前はガウル。ちなみに、ガウラとガウリは俺の双子の兄だ」

「「「え……、弟、さん……?」」」

 確かにミミリも最初は間違った。
 ガウリかガウラなのかもしれない、と。
 髪の毛の有無については、カツラをつけている可能性もあるのだから。

 ミミリたちの反応に慣れているかのように、ガウルはガハハハ、と大声で笑って気に求めていない様子。

「ええっと、ガウルさんは、どうして初めて会ったのにうさみを知っているんですか?」
「そりゃあ嬢ちゃん。有名だからさ。あとそこの色男もな」

「色男? どこどこ?」

 うさみはしっぽを震わせながら、決して広くはない店内をキョロキョロ見回す。

「ああ、バルディね」
「ありがとううさみちゃん、でも俺じゃないぞ」

「え? じゃあ、どこどこ?」

 うさみは再び店内を見回す。

「あのさぁ……」
「どしたのん、ゼラ。私は今、旬な色男を探してるのよん」

 ゼラは珍しく腕組みをしてため息をついた。

「自惚れ発言ではないことを前置きしておくけどさ、この流れって、どう考えても俺のことだろ」
「いやん、ゼラ、色男だったのねん」
「恥ずかしいからやめてくれッ」

 ミミリは2人のやりとりがツボにはまってクスクスと笑ってしまう。

「うさみちゃん、噂どおりのいいキャラしてんなぁ!」

「……噂……?」

「なんだよ、アザレアの街おこしの火付け役なのにわかってないなんてなぁ。灯台なんとか、ってヤツか」
「うーんと、何のことですか?」

 ミミリとうさみ、ゼラは顔を見合わせてキョトンと首を傾げた。
 その様子を見て、ガウルとバルディは顔を見合わせて吹き出してしまう。
 バルディは、気を取り直して説明を始めた。

「来る途中でも話したけど、ミミリちゃんたちが来て間もないというのに、アザレアの街は既に復興しはじめているんだよ」

「ということは、バルディ、まさか……」
「そうさ、うさみちゃん!」

「「アザレアの街に吹き荒れる革命の嵐!」」

 うさみとバルディは、タイミングバッチリに両手を広げた。

「息ぴったりだね」
「だな」

「俺が工房を訪れたのも、街おこしに早速貢献してくれたことへのお礼なんだ。アザレアの銘酒も、新デザートも大人気さ! とくに銘酒は希少価値も高いから予約が殺到しているらしい」

 興奮気味のバルディに、ガウルも続く。

「アザレアは嬢ちゃんたちの噂で持ちきりだぜ。うさみちゃんもな。そして、主婦層を虜にする色男もな」
「――あぁ、色男=スケコマシね」
「こら! うさみ、口悪いぞ」

 ガウルは口を大きく開けて大笑いした。
 どうやら、双子の兄に比べて陽気な性格をしているようだ。

「渦中の嬢ちゃんたちに一目会いてえと願っていたが、まさかそっちから来てくれるなんてな。で、今日はどうした?」

「これを……」

 ミミリは、肩から提げた【マジックバッグ】の中から錬成したばかりの【一角牛の暴れ革】をカウンターの上にそっと差し出した。円状の筒に巻いた革は、光沢のある黒をしている。

「こ、これは……」

 ガウルは、ダァンと両手をカウンターにつき、少し声を震わせた。

「はい、私が錬成した、【一角牛の暴れ革】です!」

「うおおおおおおおおおおおお!」
「ぎゃあああああ!」

 ゼラはガウルの動きを読んでうさみをサッと回収した。ガウルは抱きつこうとしたうさみがいなくなったので、勢い余ってカウンターに突っ込んでしまう。

「うおっと!

 ……坊主意外と素早いんだな、っていうのは置いておいて、嬢ちゃんに頼みがある! これで防具を作らせてくれねえだろうか」
「いいんですか! ありがとうございます。実は、私も加工をお願いしたくって」

 ミミリの申し出に、ガウルの表情はパァッと明るくなる。

「いやぁ、願ってもねえ! そうと決まれば、早速打ち合わせだぜぇ! 何を作るか綿密に相談しねえとなっ」

 最早、ガウルのうきうきは止まらない。

「かねてより画策されてきた一角牛の加工がなされるなんて……」

 バルディも新たな革命の嵐にわくわくが止まらないようだ。

 うさみは、ガウルたちを見てクスリと笑う。

「ガウラとガウリも好きだけど、ガウルの明るさも好きだわん。なんだか末っ子って感じよねん」

 うさみの言葉に、ガウルは例の如くガハハハ、と歯を見せて笑った。

「俺は末っ子じゃなくて、三男だ。俺の下に弟が2人いるぞ」
「すごいですね! ガウラさんにガウリさん、ガウルさんにあと2人。あれ?」

 ゼラの言葉で、ミミリもガウラ家の法則に気がついた。

「ガウラさん、ガウリさん、ガウルさんってことは……」

 うさみはこの流れで、思わずぼそっと呟いた。

「ら~りる~れろ~」

「ふはっ! なんだようさみ、そのちびっこたちの悪役ヒーローみたいな決めゼリフっぽいやつは」

 ミミリたちのやり取りに、ガウルは思わず口を挟む。

「期待に添えなくて悪いけどよお、四男はガウレだが、

 ……五男は……」

「「「五男は……?」」」

 ……ゴクリ。
 ミミリたちは思わず生唾を飲む。

「――ガウディだ」

 ――――――――――。

 ――――――――。

 ――――――。

「……ガウロじゃないんかいッ」

 ――ぽふっ。

 うさみのツッコミと、ガウルの肩目掛けて振り下ろした右手の音が、武器屋の店内に響き渡った。
しおりを挟む

処理中です...