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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-34 ちょっぴり過激な見習い錬金術士
しおりを挟む「きゃああああ~! やめて、やめて、暴れないでぇ~! 助けて~!」
アザレアの一等地にある工房の中から聞こえてきたのは、可愛らしい声をした少女の叫び声。
ちょうど工房のドアをノックするところだったバルディは、いてもたってもいられずドアを押し開けた。
「だっ大丈夫か、ミミリちゃん。まさか、ゼラが……。
……え……?」
――カランカラン……。
バルディの声に反応したのは、工房の内扉につけた鐘のみだった。
「な、なんだこれ……」
バルディは、衝撃の光景に呆気に取られた。
状況に驚きすぎて、ミミリの叫び声の原因がゼラだと勘繰った罪悪感など、最早どうでもよくなっていた。
まず、バルディの目に飛び込んできたのは――、
「ううう~、やだ、やだー!」
――錬金釜の中でビチビチと暴れ回る、謎のアイテムを必死で釜へ押し込もうとするミミリの姿だった。
「もう~! ダメだよ! ちゃんと錬成されてくれなきゃっ!」
――ピョン!
抑えようとするミミリの両手の隙間を縫って、ナニカが錬金釜から飛び出した。
それは、厚みも大きさも手のひらほどの四角く黒い物体。まるで生きているかのようにぴょんぴょんと、木目の床を跳ね回っている。
「こ、こら! 待ちなさいッ!」
「ミミリ! 捕まえたぞ! うわっ! 暴れ回るな~!」
工房内はなかなかの混乱状態だった。
うさみは跳ね回る物体を追いかけているし、物体を捕まえたゼラは所々擦り傷がある。
みんなバルディには目もくれず黒い物体に集中しているので、バルディは少し寂しさを感じながらも、錬金釜の横の椅子に断りなく腰掛けた。
「ありがとう! ゼラくん! 釜に入れて~!」
ゼラはうさみが追い回していた黒い物体も捕まえて錬金釜へ押し戻し、汗を拭いながらほうっと大きくため息をついた。
「やれやれだなぁ」
「ほんとね」
うさみは両足を投げ出してペタンと床に座り込んだところで、漸く来訪者とパチリと目が合う。
「あらん。バルディ、いつからいたの?」
「あ、ほんとだ! バルディさん、こんにちは」
本当に眼中になかったのだと少し悲しくもあるバルディは本当は話したいことがたくさんあったのだが、今は騒動の原因が気になって仕方ない。
「ところで、どうしたんだ? この大騒ぎは」
うさみは荒い呼吸で胸を上下させながら、バルディの問いに困り顔でクスリと笑う。
「ああ、ミミリは今錬成中なのよ。なんでも、【一角牛の暴れ革】を作りたいんですって」
「ええええ⁉︎ 一角牛って、あ、あの一角牛か?」
バルディの驚きように、うさみもゼラも顔を見合わせてキョトンとする。
「「……?」」
「そ、そうだけど……。どうしたの、バルディ」
アザレアの街に一大旋風を巻き起こしている渦中のミミリたちがまた、新たな嵐を呼ぼうとしていた――この幸運を事前に知ることができたバルディは、興奮のままに立ち上がり、両手を広げ……。
「はいはい、『革命』ってことね? 落ち着いて説明してちょうだい?」
革命だ、と言おうとしていたところ先手を打ってうさみに言われてしまったので、バルディは伸ばした前髪を無造作にかき上げて、苦笑しながら席についた。
「うさみちゃんって、まるで名探偵みたいだな」
「あら、私はもともと名探偵よ?」
「え……?」
魔法使いで画伯じゃなかったか、と聞こうとしたバルディの目の前のテーブルに、ゼラは笑顔でホットミンティーを差し出した。
「うさみはトリプルワーカーらしいですよ」
ニコリと微笑むゼラの笑顔は同性でも感心するほどの眩さがある。アザレアの主婦層が懐柔されているという噂は本当かもしれない。漂う雰囲気は、人を惹きつける色気のようなものを感じさせる。
「トリプルワーカーか、このご時世、ぬいぐるみも大変なんだな……。
……ところでゼラ、お前の色気、けっこうすごいな」
バルディは、用意されたホットミンティーに口をつけながら食い気味でゼラを見る。
容姿端麗で繊細な心配りは、アザレアマダムの推しと言っても過言ではないかもしれない。
「………………………………は?」
ゼラは2歩も3歩も退いた。
「…………ゼラ、バルディを地面に埋めたいなら、協力してあげるわよ?」
「うわあああああああああ! やめてくれうさみちゃん」
うさみの重量魔法――闘神の重責を連想させる発言でトラウマを呼び起こされたバルディの横で、ミミリは1人、黙々と錬金釜に向き合っていた。
◆ ◆ ◆
一角牛――、じゃじゃ馬ならぬじゃじゃ牛とも呼ばれる一角牛はそもそも討伐するのが難しく、一角牛の素材を手に入れること自体が珍しい。
討伐難易度はC級だが2頭以上で現れることが多いために、こちらもそれなりの頭数で臨む必要がある。
食用として重宝される一角牛の肉は祝い事などのご馳走の定番食材で、食卓に並べられれば子どもだけでなく大人も破顔で大喜びするほどの美味しさだ。
そして、問題の革はというと……。
一角牛は打たれ強さから防御力に定評がある。その防御力に一役買っているのが表皮で、採集して得た革を加工して防具に転用できないかとこれまでも画策されてきた。
……しかし、ご覧のとおりの暴れっぷりで、革を加工しようものなら暴れ回って手がつけられない。
表皮に包丁の刃を立てて、肉を切り分けることは可能なのに、革を加工しようとした途端に暴れ回って先程のような有様に。
「……というわけで、有用性に気が付いてはいたものの、やむを得ず土に埋めてたんだ。これまでは」
バルディはうさみたちにため息混じりに説明した。うさみは「なるほどね」、と言ってバルディの話の総括を継ぐ。
「もし、ミミリが【一角牛の暴れ革】の錬成に成功することができて……例えば門番たちがその防具を装備したらアザレアの防衛力は格段に上がるでしょうね」
「さすが名探偵、話が早いな」
「アンタ意外と褒め上手ね」
「でもさ……」
ゼラは心配そうな面持ちで錬金釜と向き合う少女を見た。ミミリはいつも以上に真剣に、力強く釜をかき混ぜている。
「あの錬成、すごく大変そうだよな。いつも楽しそうに錬成しているのに、鬼気迫るような感じがしてさ」
ゼラの言葉で一同はミミリに意識を向ける。
たしかに真剣であるし、釜をかき混ぜるロッドもどこか重たそうで……。
「…………しそう……」
ミミリは必死に釜をかき混ぜながら、ボソッと呟いた。
「…………しそうだよ……」
みんなに背を向けるミミリの小さな声は、耳を澄ませてもあまり聞こえない。
「え? どうしたんだ、ミミリ
…………え…………それ、は、やばい……」
ゼラがミミリに近づこうとしたところで、ゼラの動きはギシッと止まる。ミミリの呟きが聞こえてしまったからだ。
連金釜横のハイテーブルには、小瓶に入った細かい赤い粉末が。そういえばさっきから工房内の温度は上がり続けている気がするし、うさみの重力魔法に似た見えない圧力で皮膚を押されている気がしてならない。
「うううう~。今にも爆発しそうだよう~! でも! 足りないからもう少し振り入れないと……。うん、よし! 入れちゃおう! 爆発したら、その時考える!」
ミミリは意を決して、小瓶に詰めた【火薬草の結晶】を振り入れはじめた。
赤く細やかな結晶は、輝きを纏ってパラパラと降り落ちてゆく……その度に、強まる工房内の圧力でバルディは心までもぎゅうっと押し潰されたようになってしまう。
「わわわわわわわ! 爆発してから考えても、遅いんじゃ……」
狼狽えるバルディの横目に、大粒の汗を垂らしながらも微動だにしないうさみとゼラ。
「どうしてそんなに、落ち着いていられるんだよ? そうか……うさみちゃんたちは……」
……ミミリちゃんを、信じてるんだな……。
バルディは、心の中で深く深く謝罪した。一時とはいえ、共に冒険した仲間であるというのに、ミミリちゃんを信じられていなかったとは。
……反省すべきだ、俺は。先輩冒険者としても、年上としても、失格だ。
「仕方ないでしょ、爆発するときはみんな一緒よ!」
「そうだな。命さえあれば、なんとかなるだろ。……命あるかは、アレだけど……」
うさみとゼラは落ち着いていたわけでなく、動揺しすぎて動けないだけだった。工房からは出ないものの、今ではあわあわとミミリの周りを歩き回っている。
……ミミリちゃんを信じているわけじゃ、なかったんだな……。
バルディは声に出したい気持ちをグッと堪えて心の中で呟いた。
バルディの呟きで、まだ幼い13歳の少女が傷ついてしまうかもしれない。
配慮が必要な年頃だというのに、うさみもゼラも驚くほど失礼な態度で騒ぎ回っている。
バルディは大きく深呼吸して、姿勢を正した。
……こんな時ほど、年長者として動じてはならない、きっと爆発なんて冗談だろう……。
――ボンッ!
――――――――――。
――――――。
――――。
◆ ◆ ◆
「バルディさんっ、バルディさんっ、大丈夫ですか?」
バルディは意識を失っていたようだ。
目を開けると見知った顔3人が、心配そうにこちらを見ていた。
「あれ……、俺は……」
「バルディさん、爆発で意識失っちゃったみたいなんです、ごめんなさい、びっくりさせて……」
バルディは動作を確認した。どうやら、手も足も動くようだ。だけど……。
「俺、全身煤けてるな。でもみんなは、どうしてキレイなままなんだ? それに、工房内も荒れた様子はないし……」
「聖女の慈愛っていう、保護魔法をかけてたのよ。ごめんね、私ってば、うっかりしちゃったわ。バルディにもかければよかったのに」
うさみは本当に申し訳なさそうに両手を合わせている。
「いいんだ。無事だったから。それでミミリちゃん、錬成は?」
「あ、バッチリ完成したんです! でも……、品質がいまいちで」
と言うミミリは、少し浮かない表情を浮かべたのちに――
「もう少し、【火薬草の結晶】の量を増やしたら高品質になるかもしれませんっ! だから次は量を増やして、そして……、一角牛の革、ねじ伏せちゃいます! もっと大きな爆発になるかもしれませんけど」
――至って真面目に、ちょっぴり過激な発言をした。
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