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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-29 燃ゆる闘志
しおりを挟む瞑想の湖のほとりで一晩夜を明かしたものの、結局アルヒに似た少女に再び出会うことはなかった。
意気消沈して野営グッズを【マジックバッグ】にしまいながらミミリはチラリとゼラを見る。
ゼラはコブシと談笑しているものの、笑顔の下に翳りがあるような気がした。
ゼラを気に掛ける気持ちはどうやらうさみも同じようで、ゼラを追ううちにうさみと視線がバッチリ合った。
……ゼラくん、寝られなかったんじゃないかな。
……そうね、そんな気がするわ。
心が通じ合うミミリとうさみは、お互いの胸中をなんとなく察し、頷き合った。
ゼラの両親の仇、蛇頭のメデューサに関する情報提供が掲載されていた特等依頼。
メデューサが今までに確認された出現エリアとして、アザレアの森、瞑想の湖が挙げられていた。
口には出さないものの、ミミリとうさみですら内心遭遇するのではないかとドキドキしていた。ゼラなら尚更だっただろう。
……もし、蛇頭のメデューサと遭遇した、その時は……。ゼラは私たちが守りましょう、ミミリ。
……うん、そうしよう、うさみ。
2人は再び、力強く頷き合った。
◆ ◆ ◆
最終目的地であるアンスリウム山の麓に向かうにつれて、地面がだんだんと岩肌のように乾いた地になっていく。
歩きやすくなることはいいことだが、比例するようにモンスターの遭遇率も高まっていくのは困りもの。
瞑想の湖の静けさが夢だったかのように、まさに今、暴れ馬――ならぬ暴れ牛、「一角牛」2体と遭遇してしまった。
一角牛という名の所以でもある立派な角は、額から真っ直ぐ太い針ように飛び出している。長さは人の前腕ほど。体当たりされればまるでフォークで刺されたようにグサリと胴を突き抜けそうだ。
「剣聖の逆鱗! 頼んだわよ、コブシ!」
「うおおおおおおお!」
うさみの支援魔法により、揺らめく炎をその身に宿したコブシは一角牛の敵対心を一身に受ける。
成人男性であるコブシよりも一回り大きい一角牛が迫り来る時の圧力はなかなかのもの。
「来る……!」
コブシは支援魔法にものを言わせ、強化された脚力を活かして迫り来る一角牛をひらりとかわし、すれ違いざま、一角牛のボディに一撃をくれる。
「うおおおお! ヒートナックル!」
「ぎゅ~!」
一角牛は脇腹を強打され一瞬よろめくも、すぐに体勢を整えて再びコブシに照準を定めた。
「さすが兄さん! ……でも!」
強化されたコブシの拳ですらあまり効いてはいない様子。
ーードォン!
そればかりか、一角牛は一層のこと暴れ狂い、後脚だけで立ち上がり、浮いた前脚を勢いよく地に打ちつけた。
「牛だけに、ぎゅーってか?」
ゼラは珍しく敵対心を浴びない状態で一角牛の死角から雷を帯びた短剣で一撃食らわそうとするも――まるで背中に目があるかのように今度は前脚だけで身体を支え、後脚をゼラ目掛けて蹴り上げてきた。
「うわっ! あぶねッ」
ゼラは慌てて背中を反り、身軽さを活かして二、三歩跳び退く。
間合いを見計らうことなく、頭に生やした角を振り乱して迫ってくる2体の暴れ牛。左右からコブシ目掛けて血気盛んに迫り来る。
「――コブシさん!」
「兄さん!」
――ギィン! ギギギ……
コブシは一角牛と衝突する直前で後方に跳び退いた。
2体の角がぶつかり合い、鳥肌の立つような嫌な音が響き渡る。
「今のうちね。剣聖の逆鱗、解除! しばらくお互いにぶつかり合ってなさいっ」
うさみのナイスアシストでコブシは一旦戦線から離脱することに成功した。
とはいえ、戦況は膠着状態のまま。
このまま難航すれば、持久力戦となり分が悪いかもしれない。
「チッ! こうなれば! ミミリちゃん、布くれ! 長い布!」
「ぬ、布ですか?」
「ゼラにもだ!」
「お、俺も?」
コブシの瞳に闘志が宿る。
一方で、急に指名されたゼラは意図が読めず戸惑いが隠せない。
「こうして、こうだろ……。それで、こうきたら、こうか?」
一角牛同士が互いの苛立ちを頭突きでぶつけ合っている隙に、コブシは何やらブツブツ言いながら、手をパタつかせて何かのイメトレをしている模様。
「コブシ、何やってるのん?」
うさみはデイジーのふくらはぎをキュッとつかんで、挙動不審のコブシに問いかけた。
コブシはうさみに目もくれず、駆け寄ったミミリから赤く長い布を受け取って、一角牛目掛けて駆け出した。
「何をするかはお楽しみ! まぁ見ててくれって。ゼラも来い!」
「は、はいっ」
ゼラもミミリから布を受け取って追従する。
うさみは2人の背に向かって保護魔法をかけた。
「大怪我しないように気をつけてよね! ……聖女の慈愛!」
「兄さん、ゼラくん、頑張って」
後方支援に徹するうさみとデイジーの傍らにいたミミリは一歩踏み出し、コブシとゼラに向かって大手を振るう。
「ゼラくーん! コブシさーん! もし一角牛の体力を削ってくれたら、私も応戦します~!」
ミミリの呼び掛けに、闘いへ赴く2人は手を上げて応えるのだった。
「ミミリちゃん、応戦するって……この戦闘に参加できるんですか? 錬金術士ですよね?」
「デイジー、うちのミミリはすごいわよ?」
うさみはデイジーに、ほんのちょっぴりドヤ顔混じりの悪い顔を向けた。
「ミミリちゃんが採集依頼に適した冒険者っていうことは先日の依頼でわかりましたけれど、あの華奢な身体でどうやって闘うんです……?」
「まぁ、見ていればわかるわよん。それに、ホラ……」
うさみに導かれて、ミミリに視線を送るデイジー。
そこにいたのは、華奢で可愛らしい13歳の少女、というだけではなくーー
「……本当ですね。あの表情、やってやる! っていう時の、兄さんみたい」
ーー隙あらば戦闘に参入しようと闘志を燃やす、見習い錬金術士の一面を見せるミミリがいた。
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