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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-23 冒険者界隈で有名な話
しおりを挟む「ぐ、ぐるじい……」
「うおおおおお! スマネェ! あまりの可愛さについつい力一杯抱き締めちまった!」
見た目に似合わないピンクエプロンの大柄な男性、ガウリは慌ててうさみをハイカウンターの上に解放する。
「あああ……綿が口から飛び出すかと思ったわ」
うさみは足を投げ出し後ろ手をついて身体を支えるも、短い手がゆえに身体の角度は30度ほど。
「可愛い~!」 「可愛いですね」
その姿はデイジーもローデもときめかせた。
「ところでデイジーちゃん、バルディたち未成年を連れて来たってことは今日は普通に食事だけか?」
「実はギルドにご依頼いただいていた酒の名水の納品に立ち合おうと思いまして。なので、今はまだ勤務中です」
「助かるよ、今日は先客がいるからな。商売繁盛はありがたい話だけどよ。それにしても珍しいなぁ、デイジーちゃんが納品だなんて」
「私じゃありませんよ! ミミリちゃんたちです」
「え、この可愛い嬢ちゃんたちか?」
ガウリは思わずミミリとゼラを見た。
2人とも歳の頃は14、15くらいだろうか。
華奢な身体に細い手足。穏やかそうな表情で薄らとピンク色に染まった頬も愛らしい少女。
一方で少年は……線は細いが鍛えている。細身で筋肉量は少ないが質がよさそうだ。とはいえ、少年少女と一匹のぬいぐるみがアザレアの森から酒の名水を採ってきたとは思えない。
……と考えたガウリは、横にいるバルディを見て「そうか」と言う。
「おお、バルディも立派になったもんだ。大方、嬢ちゃんたちの護衛ってとこだろ? ……ん? 待てよ、嬢ちゃんが納品ってことは、まさか」
「そのまさかですよ、ガウリさん。ミミリちゃんたちは登録を済ませたばかりではありますが、立派な冒険者です。……それに」
「ああん? この幼さでか」
「はい、それに護衛してもらったのはむしろ俺のほうでしたね」
「ああ? なんだなんだ、どうなってやがる」
ガウリとの会話に聞き耳を立てていたのか、店内までざわつきだした。
ざわめきをまるで糧のように、嬉々として立ち上がるうさみ。
「驚くのは早いわよん? なんとなんと、ミミリのバッグの中に汲みたてホヤホヤの酒の名水、酒瓶2本分も入ってるんだからッ」
「ええええええ」
「あの小さなバッグにか」
店内は益々ざわめきを増す。
気がつけば、凛として冷静なローデですら興味津々に身を乗り出している。
「それは、ほんとか、嬢ちゃん」
「はい、そうなんです。私の【マジックバッグ】は収納した瞬間の状態を保てるんです。バッグから出したら経時劣化しちゃうと思うので、ガウリさんが欲しいタイミングでお渡ししたほうがいいかもしれないです」
「確かに……、ミミリさんたちならば可能かもしれませんね」
有能な仕事ぶりに定評のあるローデの説得力ある一言が後押しし、ガウリは力拳を握りしめた。
――ドォォォン!
ガウリの決意の一撃は、ハイカウンターを直撃する。
「みんな、せっかく来てくれて悪いが、俺は今からホヤホヤの酒の名水を使ってとびきり美味い酒を造ってくる! 悪いけど今日のところは閉店だ!」
「……まぁ、仕方ないよな。これはアザレアにとっても重要なことだしな」
「今日の飯は露店で済ますか」
落胆した様子で立ち上がる人々。
ガウリもしきりに「すまねぇなぁ」と言っているが……納得できていなそうなお客が2人ほど。
「そ、そんなぁ……。仕事終わりのお楽しみをするために私服できたのに……」
「……やむを得ませんが、非常に残念です……」
意外にもデイジーとローデは、落胆が深いようで。珍しく「公」よりも「私」の立場が感情を占めている模様。
その姿を見たミミリは、いてもたってもいられなくなり……。
「ガウリさん! お店、借りてもいいですか? ガウリさんがお酒を造っている間、私がご飯を作ります!」
「そ、そりゃあもちろん助かるが……。あ、あぁ、でもダメだ、酒を造るとなると火の元は俺が占領しちまうからな。せっかくだけど……」
申し訳なさそうに坊主頭をかくガウリに、ニコリと微笑んでみせるミミリ。
「大丈夫です! お店の一角を貸してもらえれば。私、釜でお料理作りますから!」
「釜? 釜飯の釜か?」
この展開を読んでか、ゼラはお店の一角を確保するためテーブルと椅子を動かし、店の角に空きスペースを用意していた。驚くことに、カフェ店員姿に着替えまで済ませている。
「ミミリ、ここ借りようぜ! いいですか、ガウリさん」
「あ、あぁ……、そりゃまあ、いいけど、一体」
ミミリはゼラが確保したスペースに向かいながら、ゴソゴソと【マジックバッグ】に手を入れ「これでもない」、「あれでもない」と探し物をしている。
「あ! あった。いっくよー! えーい!」
――ドォォォン!
華奢なミミリが引っ張り出したのは、ミミリよりも大きな錬金釜。続いてミミリはいそいそと踏み台も出し、木のロッドも出し、準備万端。
「ちょっと、ここでお料理しますね。あ、そうだ。出来上がりまでに【ピギーウルフのミートパイ】、いかがですか? アツアツで、美味しいですよ?」
ミミリが出したパイは、今まさに焼きあがったかのように湯気が出ている。そして香ばしいいい匂いまで。
「ああ、俺は夢でも見てんのか……。バッグの中から、焼きたてのパイが出てくるなんて」
呆気にとられるガウリ一同に、ミミリが満面の笑みで言い放ったのは、不穏な一言。
「大丈夫ですよ、爆発、しないほうのパイですから」
「「「「え……」」」」
冒険を共にして、ガウリたちよりはミミリの錬金術に明るいバルディまでもが、耳を疑った。
そんな一同を気にもせず、ミミリはニコリと微笑んだ。
◆ ◆ ◆
「お待たせしました。ミミリ特製のそうめんとじゃがいものチーズガレットです。こちら、ナイフを立てるのも楽しみの1つなので敢えてカットしていません」
ゼラの料理提供技術は相変わらずスマートだ。
危険と隣り合わせで生きる冒険者にとっては、ゼラの爽やかな笑顔は同性であっても乾いた心に潤いを与えるオアシスのよう。
冒険者を生業とする男は、ふと頭に浮かんだ疑問をゼラにぶつける。
「まさか、兄ちゃん、新しくできた工房でパンケーキ作ってたりしねぇか?」
「はい、そうですけれど。よくわかりますね!」
答えるゼラの笑顔は眩しささえある。
「こりゃあ勝てないわ……」
「……え?」
「なんでもねえええええ! うおおおお、うまい、うまいぃ~」
男は若干自暴自棄になりながら、ミミリ特製のガレットを貪り食べる。
よくわけがわからないゼラに、男と相席するもう1人の歳上冒険者がこっそり耳打ちした。
「悪いな、兄ちゃん。コイツ、新婚でさ。最近奥さんの心が浮つきがちなんだと。そっとしておいてやってくれ」
「なるほどですね。そんな時には、心温まる煮込みそうめんを! おーいミミリ~! 煮込みそうめん2つ~!」
「はーい!」
ゼラの配慮に、男の胸は益々熱くなる。
「めちゃくちゃいいヤツじゃねええかあああー! おい、ゼラって言ったか? 俺の後輩冒険者、座って一緒に飯を食おうぜ~」
「配膳を終えたらぜひご一緒させてください」
「可愛いじゃねえええかあああ!」
ついに男に抱きつかれたゼラ。しかし、嫌な顔ひとつせず応対している。
その様子を見てうさみは一言。
「あぁいうむさ苦しいのは、ぜんっぜんしっぽが震えないのよねぇ。こっちはこっちで、大変なことになってるし……」
ハイカウンターにちょこんと腰をかけるうさみが目をやった、あるテーブル。
そこでは密かに事件が勃発していた。
そのテーブルに同席するバルディは、事件と事件の間に板挟みになり、非常に肩身が狭そうに座っている。
「ちょーっと、お酒! お酒くださいってば~! もっと強くて、キッツ~いやつ。ああ、それはそうと、バルディも早く大人になりなさいよねぇ~まったく」
「は、は、はぁ……。そればかりは、どうにも……」
「はぁー。暑い。脱いじゃおうかしら」
「や、やめてください!」
「やーだ! 冗談よお子様ね~」
長い三つ編みを解き前髪をかきあげるデイジーは、明らかに悪酔いしてバルディに絡んでいる。
……一方で。
「やはり、アザレアのお酒は美味しいですね。水のような飲みやすさもとても良いです。ミミリさんのご飯も美味しいですね」
「そろそろ、控えたほうが……」
「いえ、まだ飲み始めたばかりです」
「え……」
ローデは涼やかな表情で、アザレアで一番濃度が高いと言われている酒をストレートで飲んでいる。テーブルの上には、彼女が飲み干した酒瓶が何本も……。
酒乱のデイジーと酒豪のローデ。
彼女2人が揃うと『居酒屋食堂ねこまる』の酒のストックが底を尽きるとかなんとか。
この話は、冒険者界隈では特に、有名な話。
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