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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-22 依頼主は店長さんで門番さん?

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「おかえりなさいっ! 初めての採集依頼はどうでしたか?」

 冒険者ギルドの依頼報告窓口。
 この窓口の今日の当番はデイジーのようだ。
 長い赤髪に褐色の肌。深く落ち着いた緑色の瞳。
 デイジーの笑顔は、今日も眩しい。

「なんだかドタバタしちゃいましたけれど、無事に酒瓶2本分の酒の名水を採集できました」
「それで、酒瓶はどこに……?」
「この【マジックバッグ】の中です!」

「え……?」

 デイジーはミミリが肩から提げた【マジックバッグ】を見た。
 見た目は普通の革製のバッグ。
 華奢なミミリの腰回りをさりげなく装飾する程度の大きさのバッグに、30センチメートル強ある酒瓶が、それも2本も収まっているとは到底思えない。

 人差し指を口角付近の頬に当ててう~んと唸るデイジーに、話しかけたのはバルディだった。

「相談なんですが。本来は冒険者ギルドが仲介した依頼の場合はギルドへ達成状況の報告と納品をする必要がありますよね?」
「ええ、そのとおりです」
「報告はできますし、間違いなく採集も終了しています。でも、納品は依頼主に直接したいっていう相談なんです」

 バルディの真剣な表情から、何か理由があると察したデイジー。バルディの後ろで自慢げに胸を張るうさみとゼラの様子から考察するに、賞賛すべき内容なのかもしれない。

「バルディさんのお申出とはいえ私1人で決められるような内容ではないので、申し訳ないのですが理由をお伺いして上席と相談させてください」

「実は……」

 経時劣化が悩みの種であった酒の名水を鮮度そのままに採集できたこと――正確にはミミリが採集したことを説明したバルディ。聞くやいなや、デイジーは血相を変えて上席へ相談に行った。

「デイジーの様子からも、酒の名水の経時劣化はアザレアの街にとって重要な課題であるようね」
「そうなんだ。酒好きの聖地としての強みを伸ばすためには、解決必至の問題だからさ」
「それにしても、遅いわね…」


「お待たせいたしました~!」

 カウンターの向こうから手を振ってやってきたのは、私服に着替えたデイジーだった。
 肩出し白ニットに、紺のショートパンツ、黒のレースアップサンダル。シンプルでカジュアルな装いにデイジーの赤い髪はよく映える。

「わあっ! 可愛いです、デイジーさん」
「ありがとうミミリちゃん。でも、ミミリちゃんの猫耳フードもとっても可愛いですよ」

「ミミリが可愛いのはわかるわん! でもデイジーもとってもキュートよん! ところで、『お待たせ』ってどういうこと?」

 うさみの質問に、デイジーは満面の笑みで答える。

「はい、私も一緒に行こうかと思いまして! アザレアの街の課題を解決する瞬間をこの目に収められるかもしれないんですよ~ッ!」
「デイジーさんッ! わかってくれるんですね」
「もちろんですよバルディさん! 直接納品の件、上司も二つ返事でOKでしたよ。立ち会いさせていただいて納品をこの目で確認できたら報酬をお渡ししますね~!」

 興奮が収まらないバルディとデイジーにつられて、ミミリもなんだかドキドキしてしまう。それに「直接納品」という言葉の響きも冒険者らしさがあるので尚更だ。

「そういえば、どこに納品するんですか?」
「それは、居酒屋さんなんですよ~!」
 
「「「「居酒屋さんっ⁉︎」」」」

「居酒屋さんっていったらアレだよね? よーし! 依頼達成したから一杯ひっかけていくかぁ~! ってやつ」
「おっ、おいミミリどうした? ガラ悪いぞ」
「いいじゃないゼラ、これぞ冒険者~っていう感じがよく出てて」

 
 居酒屋という言葉に益々テンションが上がるミミリたちは可愛いらしいのだが、バルディはそれどころではない。

 ……やばいやばいやばいやばい。失念してた。考えてみれば、そうだよな。酒の名水、欲しがるのは居酒屋だろおおぉぉ! 俺の馬鹿野郎!

「デイジーさん、大変ですから俺たちだけで行きますよ」
「いえいえお気になさらず。私服ですが一応仕事の一環ですからね」
「いやいや、そこをなんとか……」


「「「――?」」」

 ミミリたちの目の前で、よくわからないやりとりを繰り広げるバルディとデイジー。

 ――まさか、あんな事件が起こるだなんて。
 この時のミミリたちはまだ、知るよしもなかった……。

◆ ◆ ◆

 噴水のある広場から続く、3本の道。
 その真ん中、アザレアの門扉から見てちょうど真っ直ぐ進んだこの道は、通称『英気の道』と呼ばれているらしい。
 人と人とが行き交う街アザレアは交易の街としても名高く、それは細やかな配慮が築き上げてきたものでもあるとのこと。
 その象徴となるのがこの道で、立ち寄る冒険者や商人が一通りの用事が済むように、英気を養ってもらえるようにと、需要のある店をこの道に集中して配置しているのだ、と先を歩くバルディが教えてくれた。

「すごいねぇ……武器屋さんに、宿屋さん、ご飯屋さんに、道具屋さん……」
「ミミリ、服屋さんもあるわ!」
「目移りしちゃうな」

 モンスター逓増の影響などわからないくらい、アザレアの街は賑わって見える。少なくとも、最近この街に来たミミリたちにはそう見えた。
 まだ日は高いというのに、まるでお酒に酔っているかのように顔を赤らめた千鳥足の冒険者たちと幾人もすれ違った。
 門扉付近の露店通りとはまた違った賑わいが、この道にはある。

「ここですよ、ミミリちゃん。酒の名水の採集の依頼主は」

 英気の道に面した、小洒落れた雰囲気が漂うお店。
 足を踏み入れようとするミミリたちを出迎えるのは、ピンクと赤が綺麗な花壇の中に佇む看板。白木で作られた看板は、背を丸めて丸まった白い猫を模しており身体の部分に緑の字で店名が記してあった。

 ――『居酒屋食堂ねこまる』。

 道から3メートルほど奥にある黄色の扉へ誘うのは、丸太の輪切りが敷き詰められた小道。小道の脇を彩るのは、色彩豊かな花を咲かせた低木の植栽。
 居酒屋の外観は、白を基調とした木造の平屋。アーチを描く両開きの扉の黄色や、柱や屋根に塗装された緑や赤のくすんだ色味もいいアクセントになっており、お洒落な印象を与えてくれた。

「さぁ! 行きましょう」

 デイジーはいつの間にか先陣を切り、意気揚々と扉を押した。

 ――カランカラン!

 柔らかな鐘の音が、入店を告げる。


「あれ、デイジーちゃんじゃないか!」
「緊急警報! 緊急警報! デイジーちゃん来店」
「みんな、今のうちに……あれ? バルディと小さなお客さんもいるぞ」

 入店とともに、一気にざわつく店内。
 冒険者が訪れやすい土地柄ゆえか居酒屋だけでなく食堂でもある経営スタイルからか、日が高い今の時間帯でも客入りがいいようだ。

「いい匂い~!」

 依頼主に酒の名水を納品するという本来の目的を忘れかけるくらいに、芳しい料理の匂いがミミリの嗅覚を刺激する。

「店内までお洒落な雰囲気じゃない」
「ほんとだな」

 窓に垂らされたロールカーテンで陽の光を抑えられた店内を、天井から吊るされた橙色のランタンが各テーブルを穏やかに照らしている。
 ハイカウンターの上にはたくさんの酒瓶が並べられ、その奥には厨房も見える。
 そのハイカウンターには、大柄な人物――坊主頭に逞しすぎる体躯を持つ男性が。見知った男性は、見た目に似合わず胸元に可愛らしい黄猫をあしらったピンク地のエプロンを纏っている。

「ガ、ガウラさんっ? 門番さんだけじゃなくてご飯屋さんもしてたんですか?」

「――アハハハハ」
「可愛い猫耳のお嬢ちゃんだなぁ、新参者か?」

「え、ええっ……」

 
 ミミリの質問に、野次を飛ばしてくる周囲の客。
 ミミリは顔が思わず熱くなる。
 何がまずかったかもわからないが、どうやらおかしな発言をしてしまったみたいだ。
 ゼラは思わずミミリを身体で隠し、うさみはうさみで「闘神とうしん重責じゅうせきでのしちゃおうかしら」なんて不穏なことを呟いている。

 ――ダアアァン!
 
 場を収めようとバルディが口を開いた瞬間、代わりに店内に響いたのはピンクエプロンの男性がハイカウンターを叩く音だった。

「オラお前ら! 可愛いお嬢ちゃんに謝りやがれッ! こんっっっなに愛らしいぬいぐるみを抱いたこんなに可愛いお嬢ちゃんに失礼だろうが。さもなくばお前ら次から俺の飯を食えないと思え」
「あらやだん。可愛いだなんて~! 照れちゃうわん。それにしても貴方、本当にガウラ? 口調が違う気がするし、ほんの少し体型も……」


「さすがですね」

 
 少し違和感を感じるうさみに、賞賛の言葉をかけたのは、ハイカウンター前の椅子に腰掛ける女性だった。
 色素が薄めな黄色をしたショートカットに、凛とした姿勢と表情。今日の服は黒の透けブラウスに紺のタイトパンツ、赤いパンプスに赤いリップ。ブラウスが透けて見える黒のキャミソールは、彼女の色気を数倍に引き立てている。
 そして、クールでセクシーな彼女の膝には、まぁるいモフモフが。

「にゃああん……あふっ」

 白猫は凛とした女性の膝の上で欠伸とともにひと鳴きした。

「ローデさんっ!」

「こんにちは、ミミリさんたち」

 ローデはミミリたちに凛とした笑顔を向けてから、猫を抱き抱えてすくっと立ち上がった。

「みなさんにご紹介します。新米冒険者のミミリさん、うさみさん、ゼラさんです。皆さまの後輩にあたりますので優しくしてください。……そして、ミミリさんは錬金術士、うさみさんは魔法使いですよ」


 ――沈黙の時間が流れる。
 間を開けて、先程ミミリをからかった2人の冒険者が顔を見合わせて驚いた。
 
「「え……錬金術士? 魔法使い……?」」
「というかさっき、あのぬいぐるみ喋ってなかったか……?」
 

「ふふふん! そうよんっ!」

 うさみはミミリの腕から勢いよくピョンッとハイカウンターへ跳び移り、胸を張って勝ち気なポーズをした。

「お、おい、うさみ。第一印象が大事なんじゃないのか?」

 ゼラは思わずうさみに耳打ちするが、うさみは強気に一蹴する。

「いいのよん、ケースバイケースってやつ。今はなめられちゃいけない時よッ。っていうことで! 私はうさみ。見習い錬金術士ミミリのぬいぐるみよ!」

 そしてうさみは、左手を額に、右手を腰に。胸をそらして腰はひねって、最大限の色気を出して――

「魔法だって使えるんだからッ。甘く見てると……火傷するわよ?」

 ――ウインクした。


「「「「「「――――!」」」」」」


 店内一同うさみの色気に打ち抜かれたが、致死級に射抜かれたのは、ピンクエプロンの男性だった。


「なんっっっっっって可愛いんだ! だっこさせてくれえええええ」

「エエエエエッ! ぎょええええええええ!」

 うさみの意志を確認することもなく、勢いのまま抱き上げたピンクエプロンの男性。逞しすぎる筋肉にうさみはたちまち抱きつかれ……否、締め上げられた。

「きゃあああああ! うさみぃ」

 ミミリの悲鳴と同時に、不満の声を上げたのは2人の女性。ローデとデイジーだった。

「ガウリさん、順番は守ってください」
「ずるいですガウリさん! 私うさみちゃんずっと抱っこしたかったんですから」

「「え、ガウさん? ガウさんじゃなくて……?」」

 驚くミミリとゼラに、にっこり笑顔を向けるガウリ。

「そうだ! 俺はガウリ。ガウラの双子の弟だ。それにしても、なんって愛らしいうさぎちゃんなんだ!」

 ガウリに頬擦りされながら、うさみはか細い声を捻り出す。

「ガウラでもガウリでもどっちでもいいから、離してくれないと私、おせんべいになっちゃうわ……」


 
 ――ちなみにこれは小波さざなみでしかない。本当の事件は、これから起こるのだ……。


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