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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-15 過保護な保護者

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「ミミリちゃんたちが心配で、護衛するっていう建前でついてきたものの。ミミリちゃんたちは強いから護衛なんて必要ないんだよなぁ」
「見習いだから、まだまだなんです。それに、この土地に不慣れなので心強いです。 ついてきてくれてありがとうございます、バルディさん!」

 D級冒険者としての初任務をこなすため、ミミリたちはアザレアの森に採集作業に来ている。

 記念すべき初任務は、「酒の名水」の採集作業だ。聞くところによるとアザレアは酒好きの聖地とも呼ばれているらしく、アザレアの森の一角にある「湧き出る酒泉」から採れる「酒の名水」で作った酒は格別とのこと。

「それにしても、ミミリちゃんたちみたいな年齢の子によりにもよって『酒の名水』の採集依頼なんてなぁ。まぁ、俺も未成年なんだけどさ」
「お酒の素になるアイテムって聞いてワクワクします! 錬成アイテムのレシピが思い浮かんで楽しいです」
「ミミリちゃんは前向きでいいな」

 アザレアの森は高難易度のモンスターの出現率が低いため、駆け出しのD級冒険者にはうってつけだとはいうものの、デイジーがミミリたち未成年に紹介した依頼がよりにもよって「酒の名水」の採集作業であったためバルディは何やら心配になり、護衛を買ってでたのだ。
 本来、護衛を雇うには冒険者ギルドに依頼を出して斡旋してもらうなどの手順を踏む必要があるが、バルディは好意で、しかも無報酬でついてきてくれた。

「バルディさん、私たち、工房のおかげで少しお金が手に入ったので、護衛の報酬お支払できます」
「心遣いありがとうな。でも逆に護衛してもらうかもしれないし。なんてな! とにかく、気にしないで大丈夫」



「……ねえ、ゼラ。私、自分で歩けるわよ? ……まぁ、あの2人が並んで歩く姿を後ろから眺める気持ちはわかるから、特別に抱っこしててもいいけど」
「うさみ、俺は荒ぶる心を抑えながらも、注意深く観察しているところなんだ。かれこれもう4回だ。これは冤罪じゃない」
「あー……そっちのほうね。一応聞いたほうがいいのかしら?」
「聞かなくてもいい、だけど冤罪じゃないぞ⁉︎」
「わかったわかった。で? 何を観察してるわけ?」

 ゼラはうさみの質問に水を得た魚のように食い気味で答える。


「しっぽだ! バルディさんがしっぽを盗み見た回数だよ!」


「……うん、そんなことだろうと思ったわ。でもそうね。4回ね。ふぅん、いい度胸してるじゃない」


 ミミリとバルディの後ろ、少し離れた位置で繰り広げられるうさみとゼラのコントじみた会話は、当然静寂な朝の森に響き渡るわけで。
 ミミリは頬をむうっと膨らませて不満気に呟いた。

「またゼラくん、しっぽの話してる……」

 バルディは後ろの2人に気づかれないように意識をゼラへ向けると、ゼラから発せられる無言の圧力でむせ返りそうな気さえしてしまうほどだった。と同時に、バルディの中にむくむくとわきあがってしまった悪戯心を感情の赴くままに実行してみることにした。

「ミミリちゃんはとっても可愛いよなぁ、それに錬金術士だし。これはアザレアの男どもが放っておかないだろうな」
「――エェッ⁉︎」
「ミミリちゃんは、本当に可愛いから気をつけないといけないぞ? 夜道も1人で歩いたらダメだからな。夜どこかへ行きたくなったら、いつでも俺を呼ぶんだぞ。送迎もするし、夜景を見ながら2人きりでディナー、なんてのもいいだろ?」
「わぁ、楽しそう! でも、みんなで行きたいです」

 バルディは、ゼラによく聞こえるように敢えて大きな声で言ってみる。
 すると、狙いどおりにゼラが猛ダッシュで走ってきた。バルディはあまりに可愛い弟分に腹を抱えて笑いたい気持ちをグッと堪えて、ゼラがどのような一言を発するのか心待ちにしている。


 ……しかし、バルディは気がついていなかった。

 ミミリには、恐ろしい保護者がいるということを。バルディは、この時の振る舞いを激しく後悔することになる。

「ミミリ、ここは危険だ! 行こう! 俺と一緒に、パーティーの先頭を歩いてくれ!」
「エッ⁉︎ 危険? ……わかった! これから進む先にモンスターの気配があるんだね! 頑張る!」
「うん、それでいい。モンスターのほうがいい。行こう!……俺は今、禍々しい思念波のようなものを感じ取っている。ここにいるのは危険だ、落ちてくるぞ!」
「――? ……何が落ちるの?」

 ゼラはこれまで抱き抱えていたうさみをバルディに押しやり、半ば強引にミミリの手を引いて駆けて行ってしまった。
 バルディは、堪えられずに目に涙を浮かべるほどに笑ってしまう。

「可愛いよな、ホント。でも、ちょっとからかいすぎたな。……なんだ? 今、光ったような」

 バルディの気のせいでなければ、去り際にゼラの赤い目で睨まれただけでなく、ミミリの手首の華奢なブレスレットの猫のチャームがギラリと紅く光った気がした。

「うおっ!」

 バルディはたちまち声を上げた。
 勘違いではない明らかな殺意が、バルディが抱く前腕の大きさほどの小さなぬいぐるみから発せられているからだ。

「バルディ、貴方、うちのミミリ、いえ、私のミミリに何か御用?」
「えっ! ごめん、俺はただ、ゼラをちょっとからかいたくなって」
「その気持ち、わかるけどねぇ。予め釘をさしておかないと。悪い芽は摘む。この意味わかるかしら」

 うさみはバルディの腕からピョンッと跳び降り、禍々しい闇の炎を背景に短い灰色の右手を高々と上げ、一瞬にして振り下ろした。


闘神とうしん重責じゅうせき!」


「ぐっ! うわあああああ!」

 バルディは目の見えない何かに押しつぶされ、抗うことができずに地面にうずくまった。乾いて折れた枯れ木がバルディの前腕と両膝に容赦なく突き刺さる。

「うさみちゃんっ! ギブ! ギブです! ごめんなさい」
「これに懲りたら、生半可な気持ちでミミリを夜のお遊びに誘わないことね。しっぽを盗み見るのはまだしも、過度にたぶらかすのは許せないわ」
「わかった! 冗談二度と言わない」
「……何だか深みがあるようだけど、まぁ身に染みてわかったでしょうからとりあえずはいいでしょう。……ただ……」
「……ただ……?」


「私は許しても、黄猫のおじいちゃんは許さないかもね?」
「は?」


「――‼︎」


 バルディは、嫌な予感がした。
 圧倒的強者に弄ばれるような、なす術もない八方塞がりな感覚。
 バルディの全身が、五感が、すぐに逃げろと告げてくる。脂汗が止まらない。


「……この荒療治でアンタも、雷属性、習得できたりして?」
「へ……?」

 うさみの意味深な言葉と同時に、

 バルディの身体に、

 雷鳴が走った。

 
 バリイィィッ! という轟音とともに、全身を熱槍で貫かれる感覚。声を上げることすら叶わない。
 バルディは予感したとおり、なす術なくその場で意識を失った。

 うさみはうつ伏せで倒れるバルディを見て、落雷させた者の余念のなさに若干呆れる。
 バルディは、突然の襲撃に打たれ意識を失っている……というよりは、ただ穏やかにうつ伏せで寝ている、というようにしか見えないのだ。

「まったく、徹底してるわね。バルディの身体にだけ焦点を当てて懲らしめたってわけね。さすがね。衣類が焼けたら手酷いお仕置きをしたってことがミミリにバレるものね、雷竜?」

 うさみは晴れ切った空を仰ぎ見てから、ため息混じりに倒れるバルディに視線を移した。

「こんなに晴れた日ですもの。バルディは何が起こったかわからないでしょうね。突然の衝撃で記憶を無くしていたりして」

 遠くから、ミミリとゼラが駆け寄ってくるのが見える。

「ミミリも、過保護な保護者に気に入られたものだわ」

 と言いながら、過保護な保護者その1はミミリが到着する前に、何事もなかったかのように、バルディに回復魔法をかけるのだった。

 

 

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