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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-12 討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?

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「ん~! いい匂い~!」
「ほんとよね~。甘い香りで目が覚めるなんて、最高の朝だわ」

 ――はちみつ香る、甘~い早朝。
 アザレアの工房、2階にある部屋の鍵をガチャリと開ける前から漂っていた、ほわんと甘く優しい香り。ミミリとうさみは自然とキッチンに誘われてゆく。

「お! おはよう。2人とも。よく眠れたか?」
「ゼラくん、おはよう。 よく似合ってるよ」
「ほんとねぇ。からかう気持ちもわかないくらい、とってもよく似合ってるわよ、お兄さん?」
「うさみ、それ余計に恥ずかしいんだけど」

 ――金の短髪、目鼻立ちがよく端正な顔立ち。そして、輝く宝石のような赤い瞳。スラッと伸びた手足にほどよくついた筋肉で巧みに操るのは、黒鉄のフライパン。
 パンケーキは身軽にひょいっと浮かび上がり、宙で一回転してから、ぱたんとフライパンの上に着地する。
 ミミリとうさみを虜にする絶品パンケーキを作るのは、黒いショート丈のエプロンが似合う、さわやかな少年……と、ここまではいつもと一緒なのだが、今日のゼラはひと味違う。

 白いワイシャツに、赤い蝶ネクタイ。黒のスラックスに黒の革靴。まるで、今日のゼラはとあるカフェの定員さん。

「よく似合ってるけど、どうしてコブシはゼラにこの服をプレゼントしてくれたのかしら」
「昨日、ゼラくんがパンケーキ焼いてくれてるところを見て、『これだあああ』って言って、走って買ってきてくれたんだよね」
「プレゼント、嬉しいは嬉しいんだけど、絶対に今日はこの服で過ごせ! っていう指示に、俺は何かあるんじゃないかって勘繰っちゃうんだよなぁ」

 武器でもなく防具でもなく、戦闘服でもなく、普段着でもない。よりにもよってなぜこの服を選んだのか腑に落ちずに少し訝しげなゼラ。
 ミミリは気分転換にと、童心に帰るかのようでちょっぴり気恥ずかしい、遊び心に溢れた提案をもちかける。

「ねぇ、今日の朝ごはんはお外で食べない? せっかくお外にお庭があるし、せっかくゼラくんは素敵な格好してるし、やってみたいの!」
「「え、何を?」」

「カフェ店員さんごっこ!」

 ゼラは反射的に断ろうとしたが、ミミリの期待に満ち溢れた瞳と意外にも乗り気な様子でしっぽを震わせているうさみを見たら何も言えなくなってしまった。それに昨日プチ家出のようなものをしてしまったので、2人に報いねばという気持ちもある。

「よし、やるか‼︎  カフェ店員ごっこ! 今日は家族サービスだ。……ということで、出来上がりましたらお席までお持ちしますので、庭のテーブルにてお待ちください、お客様」
「ふふふ。お願いします、店員さん!」

◆ ◆ ◆

 ――青い空に所々の綿雲。涼やかな温度に、澄んだ空気。赤い屋根が可愛らしい工房の前の庭に、【マジックバッグ】から出した屋外用のテーブルと椅子を出せば、お洒落なカフェテラスの完成だ。工房の中だけではなく、庭にも甘いはちみつの香りがふんわり漂い、カフェ店員さんごっこを満喫するには、まさに絶好の環境。

「ごっこ遊びだなんてちょっと恥ずかしくもあるけど、やるならとことん! 全力で楽しんじゃうわん」
「ふふふ。付き合ってくれてありがとうね、うさみ」

 うさみのしっぽがこれでもかと満足気に震えているのを見て、ミミリの胸はほっこり温まる。


 ――ガチャ!

「お待たせいたしました。当店自慢の3段パンケーキに、うさぎ型パンケーキです。ミンティーとコーヒーもどうぞ」

 シルバートレイにお皿1枚と2人分のカトラリーと飲み物。トレイに乗り切らなかった分を左の前腕に器用に乗せ、空いた右手でスマートに配膳していく。ミミリには3段パンケーキを、うさみには可愛らしいうさぎ型パンケーキを。うさぎ型パンケーキには、チョコレートで目と口も描かれていた。

「わぁぁ! 美味しそう」
「うさぎにうさぎを提供するだなんて、このカフェはうさぎ心わかってるじゃない、店員さん」
「お褒めに預かり光栄ですよ、お嬢様方。お食事がお済みの頃またお伺いしますね。……なんちゃって。結構、様になってるだろ?」
「うん! それに、とっても美味しいよ、ゼラく……じゃなくて、店員さん!」


 ――青い空の下の赤い屋根のカフェテラス。
 アザレアの一等地にある本物のカフェだと言っても差し支えないような完璧な環境と、大きな煙突から街全体を覆うように漂う甘いはちみつの香り。
 間違いなく、宣伝効果は抜群なわけで……。


「お洒落なカフェね。最近オープンしたのかしら」
「あのお兄さん素敵! カッコイイ~」


 ミミリたちがパンケーキを食べ終わる頃には、気づけば順番待ちをする列ができ始めていた。列の中には、昨日噴水の前で見た親子もいて、小さな男の子は今日も父親に抱っこをせがんでいる。

「ゼラくん……」

 ミミリは、小さな男の子を見るゼラが穏やかな笑みを浮かべているのを見て胸が切なくなった。

「ねぇ、ゼラくん。本当はカフェじゃないけど……」
「うん、ミミリ。多分俺も同じこと考えてる」
「あら、私もよ?」

「「やろう、1日限定カフェ!」」

 ミミリとゼラが意気投合して、早速開店準備に追われている中、店舗マネージャーうさみも営業活動を怠らない。

「お並びのみなさーん! 実はここ、カフェじゃないの。でも私たち最近街に来たばかりだから、お近づきの印にパンケーキをご馳走しちゃうわ。ちなみに、本来は見習い錬金術士の工房だから開店の際はどうぞご贔屓にしてよねん!」

◆ ◆ ◆

「あれ? どうなってんだ、コレ」
「私たちがお客様第1号になってお店の宣伝をしつつ、工房開店の集客に拍車をかける予定じゃなかったの? 兄さん」
「ああ。だから俺はゼラにカフェ店員風の服をだな……」
 
 コブシは妹のデイジーを連れてミミリたちの工房へ訪れたのだが、予想だにしない出来事にただ唖然としている。
 その証拠に、コブシに背負われ、肩からも提げられた重たいアウトドアグッズはずるりと地に垂れ下がっている。
 ゼラの絶品パンケーキとカフェ店員風の格好、そして元々の端麗な容姿を活かして、コブシたちが敢えて庭先で喫食するという後押しも加え、パンケーキも食べられる錬成工房として集客を図る計画、だったのだが……。

 庭先に出された3つの丸テーブルは全て埋まり、待ち遠しそうに順番を待つ人々は列をなしている。    
 絶品パンケーキに虜になるだけではなく、カフェ店員の格好が様になっているゼラに心まで奪われているご婦人たちも散見される。
 ――どう見ても、大繁盛のカフェテラスだ。

「おかわりはいかがですか? お嬢様たち」
「あらやだ! ゼラくんってばお上手ね。お嬢様だなんて。一枚、いただこうかしら」
「わたしもお願いするわ」
「もちろん、喜んで」

「おまちどうさまでーす! うさちゃんパンケーキどうぞっ」
「わぁー! ありがとう。お姉ちゃん」

 ゼラのカフェ店員風の格好も様になっているが、ミミリも負けてはいなかった。紺色の丈の短いワンピースに、一つに結い上げた爽やかなポニーテールがミミリの可愛らしさを引き立てている。


「……いい。めちゃくちゃ、いいわ」


「……え? どうしたの、兄さん?」
「あっいや、なんでもない、なんでも」

 コブシが禁断の扉を開けかかったところに、ちょうど接客を終えたうさみがやってきた。

「あら、コブシにデイジーじゃない。……どうしたの、その大荷物」
「あぁ、庭先でアウトドアグッズを広げて、ゼラのパンケーキを美味しそうに食べていたら宣伝になるかなと思ったんだが、必要なかったみたいだな」
「ありがとねん。コブシがプレゼントしてくれた服がキッカケでここまで集客できたのよ。工房のいい宣伝になったわ」
「それなら、よかったよ」


「うわああああああああ!」

 活気あふれるカフェテラスに、野太い男性の叫び声が響き渡った。見れば声の主は立ち上がって取り乱している。
 静まり返った人々の視線を気にもとめず、ミミリは男性の元へ駆け寄った。

「どっ、どうしたんですか?」
「ああ、聞いてくれよミミリちゃん。手元が狂ってコーヒーを服にこぼしちまった。こりゃあカミさんに怒られるわ。まぁ、夜勤明けに内緒でこんな贅沢したんだ。バチが当たったんだなぁ」

 男性は頭をボリボリと掻きながら、ため息混じりに項垂れた。
 それもそのはず。
 夜勤明けの疲れが祟ったのかうっかりと手を滑らしてしまったらしく、白シャツの肩元に広範囲でコーヒーがこぼれてしまっている。

「よく兄さんもいろんなシミを作ってくるけれど、落とすのって本当に大変なんだよ?」
「あー。悪い悪い。いつもデイジーには苦労かけるよ」
「たしかにねえ。シミは大変よね。でもうちのミミリにかかればそんなお悩み瞬時に解決よん?」
「「え?」」
「ま、見てて」


「お兄さん、元気出してください。私、いいもの持ってるんです」

 ミミリは【マジックバッグ】の中からあるものを取り出して、テーブルの上のコップに入った水を一滴垂らしてから、男性の肩にこぼれたコーヒーの上をくるくると円を描いて擦った。肩元にコーヒー色の泡が立っては乾いた布で拭き取り、また泡立てるを繰り返す。
 ――すると、たちまち……。

「うわっ! なんだこりゃ! 綺麗になっちまった!」

 白シャツはどこにコーヒーがこぼれていたのかわからないくらいに綺麗に汚れが落ち、そればかりでなくミミリが擦った部分だけ新品のような白い輝きを放っている。

「コーヒーのシミが……」
「擦り洗いしてもなかなか落ちないコーヒーが……」

 男性の白シャツに、カフェに訪れた主婦たちの視線も関心も一気に集まった。

「ミミリちゃん、それ、魔法の道具かなんかか?」

 男性の質問に、ミミリはクスリと笑って答える。

「違うんです。これは私が錬金術で作った錬成アイテム、【シャボン石鹸】です。お兄さんのシャツの肩部分、自然乾燥したあとはしばらく汚れも弾きますよ」

「「「――! ……何ですって‼︎」」」」

「ミミリちゃん、【シャボン石鹸】、お1つ売ってくれないかしら」
「私も!」
「俺もだ! カミさんにプレゼントしてぇ!」

「わわわわ、待ってください~」

 ミミリは一瞬にして囲まれてしまった。
 列をなしていた人々も加わって、大きな円となっている。



「お待たせしました~って、エエ? なんだこの人だかりはっ! それにコブシさん、デイジーさんまで」
「よっ、ゼラ! 工房の宣伝に来たんだけどその必要はなかったみたいでさ」
「おはようございます、ゼラくん。今ミミリちゃんが実演販売に成功したところなんですよ」

「……え? 実演販売……?」


 囲まれて若干パニックになっているところへ助っ人へ来た店舗マネージャーのうさみ。
 うさみはミミリに、工房の本来の目的を問いかける。

「私たちが欲しいのは、アレよね? ミミリ?」
「――! うん、そうだった!」

 ミミリは周りの人々に、大きな声と満面の笑みで宣伝する。


「【シャボン石鹸】の注文も、討伐も採集も! お任せください! ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
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