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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-8 冒険者ギルドと勝ち気で優しい魔法使い
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「わぁ~! 素敵だねぇ、うさみ、ゼラくん」
「ほんとねぇ。ここまで準備してくれているなんて。お店らしくカウンターもあるわ!」
――提供された工房は、広場の一角、噴水を挟んだ街役場のはす向かいだった。
まさに一等地。なんのツテもなくイチから商売を始めようと思った場合は、到底手が出なそうな物件だ。
しかも、外観はミミリとうさみの心を惹く可愛らしさがある。クリーム色の外壁に、茶色のフレームの出窓。赤い屋根に、大きな煙突。家の前にはティータイムも楽しめそうな広さの庭があり、白木で作られた腰丈くらいの柵もある。まるで絵本の中にあるような工房だった。
「ミミリ、うさみ! 大変だ! 2階には部屋が4つもある! それにベッドも~!」
「すご~い!」
ミミリはうさみをカウンターに残したまま、階段を駆け上がっていった。
「いいのかしら。こんなに素敵な工房をもらっちゃっても」
「もちろんだよ。結果的にこちらが当初提案させてもらったとおりになっちゃったからな。しかもさ、長らく空き家だったんだ、ここ」
「そうなの?」
「そ。賃料の問題なんだろうなぁ。いい物件でも借り手がいない。アザレアの経営難、結構深刻なんだ」
うさみはたしかにそうかもしれない、と思った。素敵な外観のみならず、内装まで素晴らしかったからだ。
一度玄関をくぐれば、まず陳列棚を兼ねた接客カウンターがあり、壁面には背の高い商品棚。カウンター奥には大きな本棚に、錬金釜。釜の隣には壁面に沿った室内階段が2階へと誘う。2階にはベッドがあるとゼラが騒いでいたので、2階は生活空間なのかもしれない。
「大変だー! うさみ! キッチンもあるしお風呂もあるぞ~!」
うさみの予想どおりの間取りのようだ。
「なるほどね、賃料が高いのも納得。ともなると、『アザレアの街おこし』に係る私たちの責任は重大ね。個展でも開こうかしら」
バルディが、『うさみの個展』について深掘りしようと思ったら、ゼラが階段から慌てて駆け降りてきた。
「ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待ってくれ! ホラ、個展を開くには、そっ、そう、資金が必要で!」
「やだゼラ、会話盗み聞きしてたわけ?」
「ちょうど階段降りてきてたんだよ! それよりうさみ、個展はな、お金がかかるんだ! ……たぶん」
「集客が見込めるなら、もちろんアザレアでなんとかさせてもらうよ」
「いや、だからッ!」
ゼラがうさみの絵に言及しようと思ったところで、助け舟が2階から降りてきた。
「ふふふ。うさみの個展は楽しそうだけど、実はお願いしたいことがあって」
「なぁに? ミミりん」
「あのね、内装の装飾をお願いしたいんだぁ。うさみにもっともっと素敵な工房にしてほしくって」
「仕方ないわねん。というわけで、個展の話はしばらくナシね。画伯たるセンスを遺憾無く発揮しなくちゃいけなくなったから」
「気長に待たせてもらうよ、画伯先生」
ゼラがホッと一息ついたところで、玄関を叩く音がした。
――コンコン。
「失礼します、お気に召していただけましたか?」
「あっ! ローデさん! もちろんです!」
やって来たのはローデだった。
ミミリはワンピースのしっぽを左右に揺らしながらローデに嬉々として駆け寄った。
「あ……」
――ゼラは気がついてしまった。
バルディの視線が、ミミリのしっぽに釘付けになっていたことを。バルディは、要注意人物としてゼラにマークされることとなった。
「お気に召したのであればよかったです。身分証の手続きがお済みではなかったので申請用紙をお待ちしたのですが、差し支えなければもう一度街役場へ戻って一度に済ませていただこうと思いまして」
「何をですか?」
「冒険者ギルドへの登録を、です」
ミミリとうさみ、それにゼラは顔を見合わせて喜んだ。「冒険者」、その響きは、「いかにも冒険をしている感じ」がして強い憧れがある。年相応に、無邪気に喜ぶミミリたち。
バルディもローデも、まるで弟妹を見るように、目を細めてふわりと笑うのだった。
◆ ◆ ◆
アザレアの街役場は、3階建の大きな建物だ。1階は住民関係、役場としての役割を担うフロア。2階が冒険者ギルド。3階は先程ペラルゴと会った応接室があるフロア。
本来、身分証の申請や再発行等は1階で行うものだが、時短のため、ローデの計らいで冒険者ギルドの登録窓口でまとめて行う手筈が整えられていた。
「おっ! ミミリちゃんじゃないか!」
街役場の中、2階にある冒険者ギルドに登ってすぐに、昨日広場へピギーウルフ討伐のため駆けつけてくれた、片目に眼帯を巻く赤髪の男性に呼び止められた。
「あ、こんにちは。えっと……」
「俺は、コブシっていうんだ。よろしくな」
「改めてよろしくお願いします。コブシさん!」
「おい、コブシ! そんな可愛らしいお嬢ちゃんをナンパするんじゃねえぞ!」
「お嬢ちゃんたち、えらいなぁ、ギルドに見学に来たのか?」
穏やかな1階とは違って、2階は所謂冒険者ギルドそのものだった。雑多で荒々しい、想像どおりの冒険者の世界。
ミミリはからかい混じりに声をかけられたことがわかったが、怖いという感情は一切わかなかった。それどころか、「冒険者」を肌で感じ、高揚感すら覚えている。
バルディが説明しようと思って口を開く前に、ゼラがうさみを抱くミミリを身体で隠すように一歩前に出て自己紹介した。
「こんにちは! 俺の名前はゼラです。俺たちは冒険者の登録に来ました。先輩たち、よろしくお願いします!」
ローデは、応接室での様子を見る限り、ゼラは少し喧嘩っ早い性格だと思っていた。しかしゼラに抱いていた第一印象は、ゼラの自己紹介によって覆った。
ゼラは予想外に生真面目で、そして先輩を立てられる謙虚さも兼ね備えているようだ。
同業に嫌われては、冒険者として生きづらくなる。『街の呼び水』としてではなく、それこそ弟妹を心配するように、ローデはミミリたちを見ているのだった。
「皆様にご紹介申し上げます。ゼラさん、ミミリさん、うさみさんです。本日より皆様の後輩になります。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「ローデちゃん、冒険者稼業をしているとさ、この街の状況は薄ら見えてきちまうんだけどよ、なんだ、ホラ、猫の手も借りたくなるっていう。でもこの子たちはあまりに幼くないか」
壁に貼られた何かの紙を見ていた強面の男性が、首の後ろをバリバリと掻きながら、とても言いづらそうにローデに意見を言った。
「それについては、俺から説明します。俺は昨日、門番として現場にいたので。実は、この子たちがピギーウルフから街の危機を救ってくれたんです」
「いやいや、昨日のピギーウルフの件は聞いてるけどよ、あれは……」
「ガウラさんが討伐したんだろ?」
「通りすがりの凄腕テイマーが討伐したんだろ?」
「突然悪天候になって、偶然雷に打たれたんだろ?」
……人の噂は、信憑性に欠けることがある、というのは世の常であって、一部分だけそれらしい内容が混ざっている話であれば、鵜呑みしてしまうことは往々にあること。そして到底信じられない話を疑いたくなる心はまた同じ。
遅れて現場に来たコブシでさえも、あの元凄腕冒険者のガウラに説明されてもなお、やはり半信半疑だった。
「実は俺も昨日説明受けたんだけどさ、この可愛いらしいミミリちゃんが討伐なんて、あまり信じられなくてさ」
コブシは改めてミミリの姿を見ても、やはりにわかには信じがたかった。ミミリは今日も、大事そうにうさみのぬいぐるみを抱いている。こんなに華奢な少女が、あの獰猛なピギーウルフを討伐することなど果たしてできるのだろうか。
――次の瞬間、コブシは目を疑った。
場の空気を一変するような、少し勝ち気な女の子。
ミミリが抱くうさぎのぬいぐるみが喋ったからだ。
「その気持ちはわかるけどねー! なんせミミリは可愛いから。でも、うちのミミリはすごいのよんっ!」
「「「うご……いた……?」」」
フロアに別のざわめきが広がった。
冒険者たちは、顔を見合わせてはまたうさぎのぬいぐるみに向き直る。勘違いでなければ、確かにあの、ぬいぐるみは喋っていたはずだ、と。
冒険者たちの視線を一身に浴びて、うさみはミミリの腕からピョンッと降り立った。そしてコブシをじーっと見て顔をしかめて忠告する。
「貴方の眼帯の下、早くちゃんと治療したほうがいいと思うわ」
「あ、あぁ、森で採ってきた薬草を潰して塗ってみたんだが……」
「まぁ、昨日も広場へ駆けつけてくれたような人だから、他人優先で自分のことは疎かになっちゃう、そんな感じね。昨日の貴方の優しさのお礼に、今日は特別サービスよ? ……癒しの春風!」
うさみの回復魔法により、コブシは暖かい風に包み込まれた。
「嘘、だろ……」
コブシは、頭の奥まで響いていた痛みが嘘のように消えたことに驚き、慌てて眼帯を急いで外してみた。目を開くことすら痛みで叶わなかったのに、今は怪我をする前と全く同じだった。しかも、突然の光と視界であるにもかかわらず、あまりに普通だったので、何の苦しみも弊害もなさそうだ。
「魔法……」
「そうよ、大正解! 私は魔法使いでミミリのぬいぐるみのうさみ。この子はミミリで錬金術士よ。あと、ゼラね。みんな、よろしくねん!」
「「「「魔法使い? 錬金術士……?」」」」
フロアに新たなざわめきが広がる中、ゼラは1人ポツリと呟いた。
「……うさみたちに比べて、俺の紹介、めちゃくちゃ雑じゃなかったか? 今からでも俺、第一印象のウケを狙って、自己紹介し直してみるか」
「あら? 手遅れよ。だって、ゼラの自己紹介はさっき自分でしてたじゃない。だから、自己紹介をし直しても第一印象は変わらないわね」
「そうか……」
ゼラの呟きが聞こえていたうさみは、ゼラに無慈悲に言い放った……ように思ったが、そればかりでないのがいいところ。優しいフォローも欠かさない。
「第一印象を覆したいと思う場合に必要なのは、いい意味での裏切りよ、ゼラ。でもね、そもそも自己紹介し直す必要はないと思うわよ? だってゼラのさっきの自己紹介、なかなかよかったと思うのよねん!」
「ほんとねぇ。ここまで準備してくれているなんて。お店らしくカウンターもあるわ!」
――提供された工房は、広場の一角、噴水を挟んだ街役場のはす向かいだった。
まさに一等地。なんのツテもなくイチから商売を始めようと思った場合は、到底手が出なそうな物件だ。
しかも、外観はミミリとうさみの心を惹く可愛らしさがある。クリーム色の外壁に、茶色のフレームの出窓。赤い屋根に、大きな煙突。家の前にはティータイムも楽しめそうな広さの庭があり、白木で作られた腰丈くらいの柵もある。まるで絵本の中にあるような工房だった。
「ミミリ、うさみ! 大変だ! 2階には部屋が4つもある! それにベッドも~!」
「すご~い!」
ミミリはうさみをカウンターに残したまま、階段を駆け上がっていった。
「いいのかしら。こんなに素敵な工房をもらっちゃっても」
「もちろんだよ。結果的にこちらが当初提案させてもらったとおりになっちゃったからな。しかもさ、長らく空き家だったんだ、ここ」
「そうなの?」
「そ。賃料の問題なんだろうなぁ。いい物件でも借り手がいない。アザレアの経営難、結構深刻なんだ」
うさみはたしかにそうかもしれない、と思った。素敵な外観のみならず、内装まで素晴らしかったからだ。
一度玄関をくぐれば、まず陳列棚を兼ねた接客カウンターがあり、壁面には背の高い商品棚。カウンター奥には大きな本棚に、錬金釜。釜の隣には壁面に沿った室内階段が2階へと誘う。2階にはベッドがあるとゼラが騒いでいたので、2階は生活空間なのかもしれない。
「大変だー! うさみ! キッチンもあるしお風呂もあるぞ~!」
うさみの予想どおりの間取りのようだ。
「なるほどね、賃料が高いのも納得。ともなると、『アザレアの街おこし』に係る私たちの責任は重大ね。個展でも開こうかしら」
バルディが、『うさみの個展』について深掘りしようと思ったら、ゼラが階段から慌てて駆け降りてきた。
「ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待ってくれ! ホラ、個展を開くには、そっ、そう、資金が必要で!」
「やだゼラ、会話盗み聞きしてたわけ?」
「ちょうど階段降りてきてたんだよ! それよりうさみ、個展はな、お金がかかるんだ! ……たぶん」
「集客が見込めるなら、もちろんアザレアでなんとかさせてもらうよ」
「いや、だからッ!」
ゼラがうさみの絵に言及しようと思ったところで、助け舟が2階から降りてきた。
「ふふふ。うさみの個展は楽しそうだけど、実はお願いしたいことがあって」
「なぁに? ミミりん」
「あのね、内装の装飾をお願いしたいんだぁ。うさみにもっともっと素敵な工房にしてほしくって」
「仕方ないわねん。というわけで、個展の話はしばらくナシね。画伯たるセンスを遺憾無く発揮しなくちゃいけなくなったから」
「気長に待たせてもらうよ、画伯先生」
ゼラがホッと一息ついたところで、玄関を叩く音がした。
――コンコン。
「失礼します、お気に召していただけましたか?」
「あっ! ローデさん! もちろんです!」
やって来たのはローデだった。
ミミリはワンピースのしっぽを左右に揺らしながらローデに嬉々として駆け寄った。
「あ……」
――ゼラは気がついてしまった。
バルディの視線が、ミミリのしっぽに釘付けになっていたことを。バルディは、要注意人物としてゼラにマークされることとなった。
「お気に召したのであればよかったです。身分証の手続きがお済みではなかったので申請用紙をお待ちしたのですが、差し支えなければもう一度街役場へ戻って一度に済ませていただこうと思いまして」
「何をですか?」
「冒険者ギルドへの登録を、です」
ミミリとうさみ、それにゼラは顔を見合わせて喜んだ。「冒険者」、その響きは、「いかにも冒険をしている感じ」がして強い憧れがある。年相応に、無邪気に喜ぶミミリたち。
バルディもローデも、まるで弟妹を見るように、目を細めてふわりと笑うのだった。
◆ ◆ ◆
アザレアの街役場は、3階建の大きな建物だ。1階は住民関係、役場としての役割を担うフロア。2階が冒険者ギルド。3階は先程ペラルゴと会った応接室があるフロア。
本来、身分証の申請や再発行等は1階で行うものだが、時短のため、ローデの計らいで冒険者ギルドの登録窓口でまとめて行う手筈が整えられていた。
「おっ! ミミリちゃんじゃないか!」
街役場の中、2階にある冒険者ギルドに登ってすぐに、昨日広場へピギーウルフ討伐のため駆けつけてくれた、片目に眼帯を巻く赤髪の男性に呼び止められた。
「あ、こんにちは。えっと……」
「俺は、コブシっていうんだ。よろしくな」
「改めてよろしくお願いします。コブシさん!」
「おい、コブシ! そんな可愛らしいお嬢ちゃんをナンパするんじゃねえぞ!」
「お嬢ちゃんたち、えらいなぁ、ギルドに見学に来たのか?」
穏やかな1階とは違って、2階は所謂冒険者ギルドそのものだった。雑多で荒々しい、想像どおりの冒険者の世界。
ミミリはからかい混じりに声をかけられたことがわかったが、怖いという感情は一切わかなかった。それどころか、「冒険者」を肌で感じ、高揚感すら覚えている。
バルディが説明しようと思って口を開く前に、ゼラがうさみを抱くミミリを身体で隠すように一歩前に出て自己紹介した。
「こんにちは! 俺の名前はゼラです。俺たちは冒険者の登録に来ました。先輩たち、よろしくお願いします!」
ローデは、応接室での様子を見る限り、ゼラは少し喧嘩っ早い性格だと思っていた。しかしゼラに抱いていた第一印象は、ゼラの自己紹介によって覆った。
ゼラは予想外に生真面目で、そして先輩を立てられる謙虚さも兼ね備えているようだ。
同業に嫌われては、冒険者として生きづらくなる。『街の呼び水』としてではなく、それこそ弟妹を心配するように、ローデはミミリたちを見ているのだった。
「皆様にご紹介申し上げます。ゼラさん、ミミリさん、うさみさんです。本日より皆様の後輩になります。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
「ローデちゃん、冒険者稼業をしているとさ、この街の状況は薄ら見えてきちまうんだけどよ、なんだ、ホラ、猫の手も借りたくなるっていう。でもこの子たちはあまりに幼くないか」
壁に貼られた何かの紙を見ていた強面の男性が、首の後ろをバリバリと掻きながら、とても言いづらそうにローデに意見を言った。
「それについては、俺から説明します。俺は昨日、門番として現場にいたので。実は、この子たちがピギーウルフから街の危機を救ってくれたんです」
「いやいや、昨日のピギーウルフの件は聞いてるけどよ、あれは……」
「ガウラさんが討伐したんだろ?」
「通りすがりの凄腕テイマーが討伐したんだろ?」
「突然悪天候になって、偶然雷に打たれたんだろ?」
……人の噂は、信憑性に欠けることがある、というのは世の常であって、一部分だけそれらしい内容が混ざっている話であれば、鵜呑みしてしまうことは往々にあること。そして到底信じられない話を疑いたくなる心はまた同じ。
遅れて現場に来たコブシでさえも、あの元凄腕冒険者のガウラに説明されてもなお、やはり半信半疑だった。
「実は俺も昨日説明受けたんだけどさ、この可愛いらしいミミリちゃんが討伐なんて、あまり信じられなくてさ」
コブシは改めてミミリの姿を見ても、やはりにわかには信じがたかった。ミミリは今日も、大事そうにうさみのぬいぐるみを抱いている。こんなに華奢な少女が、あの獰猛なピギーウルフを討伐することなど果たしてできるのだろうか。
――次の瞬間、コブシは目を疑った。
場の空気を一変するような、少し勝ち気な女の子。
ミミリが抱くうさぎのぬいぐるみが喋ったからだ。
「その気持ちはわかるけどねー! なんせミミリは可愛いから。でも、うちのミミリはすごいのよんっ!」
「「「うご……いた……?」」」
フロアに別のざわめきが広がった。
冒険者たちは、顔を見合わせてはまたうさぎのぬいぐるみに向き直る。勘違いでなければ、確かにあの、ぬいぐるみは喋っていたはずだ、と。
冒険者たちの視線を一身に浴びて、うさみはミミリの腕からピョンッと降り立った。そしてコブシをじーっと見て顔をしかめて忠告する。
「貴方の眼帯の下、早くちゃんと治療したほうがいいと思うわ」
「あ、あぁ、森で採ってきた薬草を潰して塗ってみたんだが……」
「まぁ、昨日も広場へ駆けつけてくれたような人だから、他人優先で自分のことは疎かになっちゃう、そんな感じね。昨日の貴方の優しさのお礼に、今日は特別サービスよ? ……癒しの春風!」
うさみの回復魔法により、コブシは暖かい風に包み込まれた。
「嘘、だろ……」
コブシは、頭の奥まで響いていた痛みが嘘のように消えたことに驚き、慌てて眼帯を急いで外してみた。目を開くことすら痛みで叶わなかったのに、今は怪我をする前と全く同じだった。しかも、突然の光と視界であるにもかかわらず、あまりに普通だったので、何の苦しみも弊害もなさそうだ。
「魔法……」
「そうよ、大正解! 私は魔法使いでミミリのぬいぐるみのうさみ。この子はミミリで錬金術士よ。あと、ゼラね。みんな、よろしくねん!」
「「「「魔法使い? 錬金術士……?」」」」
フロアに新たなざわめきが広がる中、ゼラは1人ポツリと呟いた。
「……うさみたちに比べて、俺の紹介、めちゃくちゃ雑じゃなかったか? 今からでも俺、第一印象のウケを狙って、自己紹介し直してみるか」
「あら? 手遅れよ。だって、ゼラの自己紹介はさっき自分でしてたじゃない。だから、自己紹介をし直しても第一印象は変わらないわね」
「そうか……」
ゼラの呟きが聞こえていたうさみは、ゼラに無慈悲に言い放った……ように思ったが、そればかりでないのがいいところ。優しいフォローも欠かさない。
「第一印象を覆したいと思う場合に必要なのは、いい意味での裏切りよ、ゼラ。でもね、そもそも自己紹介し直す必要はないと思うわよ? だってゼラのさっきの自己紹介、なかなかよかったと思うのよねん!」
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