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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア
3-4 「公」と「私」、好みはどっち?
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「え、童話……?」
「少なくとも産まれてこのかた50年、錬金術士に一度も会ったことがないからなぁ」
沈黙の理由は、自己紹介の仕方ではなく、錬金術士の存在にあったようで。
魔法使いも錬金術士も珍しい存在だったのかと、ミミリとうさみは目をまぁるくして顔を見合わせて驚いた。
……そういえば、ゼラくんと初めて出会った日、そんなことを言っていたような、言っていなかったような。
ミミリはふと、考える。
なんにせよ、これがこの世界の共通認識らしい。
――グスン、グスン。
人々の輪を少し外れたところで、今も啜り泣いている声が聞こえてきた。
ピギーウルフからの難を逃れたというのに今も泣いているだなんてよっぽどこわかったのだろうか、ミミリがそう思って視線を向けると、泣く者の正体はバルディと呼ばれた弓使いの門番だった。
「バルディ、涙拭け」
「あぁ、勝手に涙が……。幼くして錬金術士と魔法使いになった努力を思うと……胸が熱く……」
バルディは、右手首の袖口を器用に伸ばして、涙を拭いた。
「お礼が送れて申し訳ございません。私はバルディ。先程は危ないところを助けていただきありがとうございました。魔法使いさんと錬金術士さんだったとは。圧巻の闘いにも納得です」
うさみはミミリの腕の中で、誇らしげに小鼻を上げた。気がついたミミリは、クスリと笑ってしまう。
「この街には視察か何かで? お疲れでしょうから、街に入ってお休みください。恐縮ですが、決まりですので、身分証を拝見してもよろしいですか?」
「「「――!」」」
ミミリたちはすっかり忘れていたが、その問題があったのだ。ミミリたちは慌てて持ってもいない身分証をあたふたと探し始める。
「……えぇと、身分証、身分証……。……身分証って、なんですか? ゼラくん、知ってる?」
「いや、みんなが持ってるくらいなんだからきっとアレだ。とっておきの……、なんだ?」
「そうか! とっておきの錬成アイテム! みたいな?」
「うーん。錬成アイテムは錬金術士だけだからなぁ。どうだろ、とっておきの宝物を見せるとか?」
「……」
ミミリたちを囲む人々は言葉を失った。
ここ、アザレアも含め周辺の街では、自分の産まれた街を出る時には何歳であっても身分証を作成して携帯するよう義務付けられているため、身元の知れない者なんてそうそういない。身分証を敢えて持たないならず者には到底見えないし、ミミリやゼラの年齢で身分証を知らないとなれば、よっぽどの訳アリだということになる。
――バルディの頬を、涙が伝う。
「バルディ、涙拭け」
「――ハッ、また涙が勝手に」
気がつけば、チョコレートクッキーをくれた女性の目にも薄らと涙が浮かんでいた。どうやら、育ちの境遇を心配させてしまうほどに、身分証の携帯は必然かつ重要らしい。
――ピイィィィィ!
街の中から聞こえてきた笛の音を合図に、閉ざされたアザレアの門扉がこちら側へ向かって大きく開いた。
「ガウラさん! バルディ、だっ、大丈夫か? 助太刀に……」
現れたのは、片目に眼帯を巻いた赤髪の男性と、バルディたちと同じ緑の服を着た、門番と思われる数名の男性だった。皆、それぞれ武器を携帯している。
「あぁ、大丈夫だ。ピギーウルフ2体、無事に討伐終了した」
「ピッ、ピギーウルフ⁉︎ それも2体も⁉︎ さすがガウラさんだ……」
「いや、俺じゃない。ここにいる、お嬢ちゃんたちだ」
赤髪の男性は、ミミリたちを見る。歳の頃は14、15といったところか。華奢な身体で、しかもうさぎのぬいぐるみを大事に抱えている大人しそうなあの少女に獰猛なピギーウルフを討伐できるはずもない。
「いやいや、ガウラさんともあろう人が、昼間から酒ですか? それも、勤務中に」
「喧嘩売ってんのか。……見習い錬金術士だと。それと、魔法使いだ」
「は……?」
ミミリは、恥ずかしさで震える心と身体を必死に抑えて、うさみを手本に自己紹介をする。
「初めまして、私、見習い錬金術士のミミリと申します。お役に立てて光栄ですわ。おほほほ~」
「は、はぁ。ご丁寧に、どうも」
助太刀にやってきた大人達を除き、門扉前の広場が笑いに包まれた。
……笑っていない者は、もう1人。
「あの、俺もいるんですけど……。自己紹介の機会を与えてもらえもしないとは、そうか、第一印象のつかみを失敗したってことか。はぁ……」
「だから言ったのよん。第一印象が大切だって」
ゼラの落ち込む姿にガウラが気がつき、無事に自己紹介の機会は与えられた。しかしゼラはうさみを真似ることなどできもせず、至って普通に自己紹介を終えたのだった。
◆ ◆ ◆
日が暮れる前に街へ入る者の検分を済まさねばならないと、助太刀に来た門番も総動員で実施したため、さほど時間をかけずに終わったようだ。
検分を終えて街に入って行く人たちから、たくさんのお礼の品を受け取ったミミリたち。商品となる予定だった積荷から分け与えてくれたようで、その中にはミミリが大好きなりんごもあった。
そして、中には「お金」をくれた人もいた。実はミミリもうさみも、お金を見るのは初めてだった。お金は何種類かあるようだが、幸いにもゼラが知っているそうなので、これは後々学ぶこととした。
ミミリたちは、検分の様子を間近で見学させてもらって漸く身分証とは何かを知った。年齢や職業、居住区など、人となりを表す証明のようなものらしい。過去に前科がないかなども一目でわかるような仕様とのこと。
新規発行や内容更新は「街役場」というところで受付られ、申請から1週間程度で発行も可能だそうだ。
――気づけば陽は完全に傾いていた。
オレンジ色の柔らかい陽が、森の木々の間へ姿を隠そうとしていたところ。
アザレアは、日暮れとともに門扉を閉ざして夜間の人の出入りを制限するらしい。門番は3人体制で編成され、C級冒険者以上の実力の人員体制で守りを固めるとのこと。
先程もピギーウルフが現れたように、数年前から徐々に増えてきたモンスターが、最近は増して出没するため頭を悩ませているとか。だから街を出るときは護衛を雇うか、護衛を雇う余裕がない人は複数人で行動をともにする必要がある。
だからこそ、ガウラとバルディは悩んでいた。
いくら規則とはいえ、生命の恩人、しかもこんなに幼いミミリたちを残して街の中に帰るなんて。しかし肝心の身分証がない限りは街の中に入る権利がない。昔はそこそこ有名な冒険者だったとはいえ、今は一門番のガウラには融通を利かせられるほどの権限もない。
交代の門番3人を脇で待たせながら、ガウラは筋肉隆々の腕を組み、ううーん、と頭を悩ませていた。
「さぁて、どうしたものか。家にこっそり連れて帰ってやりたいところだが」
「ガウラさん、お話は聞きました。お気持ちはわかりますがそれは規則違反、失職しかねません。貴方には家庭があるでしょう」
交代に来た門番のうち1人が、ガウラを止めた。
ガウラはうーんと唸って天を仰ぐ。
「ガウラさん、俺が街役場に話をつけます。なんとか、遅くとも3日以内には身分証の申請ができるように」
「あぁ、そういうことはバルディが適任だな。本来は申請までに1週間、発行までに1週間かかるところだからな。最近は発行にも時間がかかるしな……。頼んだぞ、バルディ」
「ハイッ」
今日会ったばかりの人たちが頭を悩ませてくれていることに申し訳なさを感じたミミリは、おずおずと口を開いた。
「あの~、これだけ優しくしてもらえるのも嬉しいですし、身分証? も作れるようにお話してくれるのも嬉しいです。でも、1週間くらい、外で待てるので大丈夫です。ねっ? うさみ、ゼラくん?」
「そうね、街の中も魅力的だけどね。待っている間、1週間かけてこの辺りを冒険するのもありよねん。欲しい手がかりはどこに落ちているかわからないし」
「そうだな。モンスターを討伐しながら新しい武器の練習をするのもいいかもしれない」
なんとも逞しい返答に、ガウラは思わず口を挟んだ。
「いや、嬢ちゃんたちの実力は見せてもらったが、いくらなんでも……。俺は元冒険者だから野宿の辛さは身に染みて知っている」
ガウラの言葉に、ミミリはニコッと微笑んだ。
なぜかミミリの後ろで、うさみもゼラも誇らしげ。
ミミリはそのことだったら大丈夫です、と言いながら、肩から提げた【マジックバッグ】に手を突っ込んだ。
「この辺で寝てもいいですか?」
「あぁ、そりゃもちろん。後で寝袋を……」
「良かったぁ! あ、あったあった。ちょっと退いていてください。えーいっ! 今日のお休み場所でーす!」
――ドォォォン!
「「「「「――⁇」」」」」
ミミリの肩から提げた小さなバッグから出てきたのは、それは立派な小屋だった。
それだけではない。テーブルや椅子、そしてあれは、なにかの大釜? 先程討伐したピギーウルフも、2体ともバッグに収納されていく。
ガウラたちは、驚きで言葉を失った。これが野宿か、と疑いたくなる充実した夜営グッズの数々。しかもそれが小さなバッグから出てくるなんて。
そんなことは気にもとめないミミリの後ろで、胸を張って誇らしげなうさみとゼラ。
「これから、晩御飯にしますけど、門番さんたちも食べますか?」
「あ、ご丁寧に。でも、勤務中なので」
「ガウラさんと、バルディさんは?」
「せっかくだけど、俺は家に帰らねえと。バルディ、お前も今日のところはゆっくり休め、な? ……バルディ?」
ガウラは、驚いた。こんなバルディは珍しい。これほど興奮している姿を見るのは、門番を志願しに詰所を訪れたとき以来だ。
「こんなに有望な人材、逃すわけには……」
「え?」
ミミリは、俯きながら何かを呟いたバルディが何を言ったかわからず聞き返したが、その返事は特になかった。
「せっかくのお誘いを断って悪いけど、俺は街役場に。明日にでも身分証を作れるように手配するから、絶対どこにも行かないでくれよな! じゃあまた、明日朝、この場所で!」
先程までの丁寧な口調を急に崩してバルディは颯爽といなくなった。
「ねぇ、ミミリ。あのバルディって人、急に人格かわったわね?」
「うん、私はどっちの口調もいいなぁと思ったけど少しびっくりしたね」
「……どちらかというと、ミミリはどっちの口調が好みなんだ? 後学のために知っておかないと」
「え?」
ガウラは笑いながらバルディの変貌っぷりを説明する。
「バルディは公私をキッチリ分けるやつだから。門番の勤務時間外ってことで切り替えて普段の口調に戻したんだろうな」
「なるほどねぇ」
うさみの相槌の後、更にバルディは言葉を続けた。
「それにしても嬢ちゃんたち、バルディのお眼鏡にかなってついてたなぁ。アイツはお偉いさんの息子だから、色々と便宜を図ってくれるかもしれないぞ? まぁ、普段のアイツはその肩書きを嫌っているけどな」
「少なくとも産まれてこのかた50年、錬金術士に一度も会ったことがないからなぁ」
沈黙の理由は、自己紹介の仕方ではなく、錬金術士の存在にあったようで。
魔法使いも錬金術士も珍しい存在だったのかと、ミミリとうさみは目をまぁるくして顔を見合わせて驚いた。
……そういえば、ゼラくんと初めて出会った日、そんなことを言っていたような、言っていなかったような。
ミミリはふと、考える。
なんにせよ、これがこの世界の共通認識らしい。
――グスン、グスン。
人々の輪を少し外れたところで、今も啜り泣いている声が聞こえてきた。
ピギーウルフからの難を逃れたというのに今も泣いているだなんてよっぽどこわかったのだろうか、ミミリがそう思って視線を向けると、泣く者の正体はバルディと呼ばれた弓使いの門番だった。
「バルディ、涙拭け」
「あぁ、勝手に涙が……。幼くして錬金術士と魔法使いになった努力を思うと……胸が熱く……」
バルディは、右手首の袖口を器用に伸ばして、涙を拭いた。
「お礼が送れて申し訳ございません。私はバルディ。先程は危ないところを助けていただきありがとうございました。魔法使いさんと錬金術士さんだったとは。圧巻の闘いにも納得です」
うさみはミミリの腕の中で、誇らしげに小鼻を上げた。気がついたミミリは、クスリと笑ってしまう。
「この街には視察か何かで? お疲れでしょうから、街に入ってお休みください。恐縮ですが、決まりですので、身分証を拝見してもよろしいですか?」
「「「――!」」」
ミミリたちはすっかり忘れていたが、その問題があったのだ。ミミリたちは慌てて持ってもいない身分証をあたふたと探し始める。
「……えぇと、身分証、身分証……。……身分証って、なんですか? ゼラくん、知ってる?」
「いや、みんなが持ってるくらいなんだからきっとアレだ。とっておきの……、なんだ?」
「そうか! とっておきの錬成アイテム! みたいな?」
「うーん。錬成アイテムは錬金術士だけだからなぁ。どうだろ、とっておきの宝物を見せるとか?」
「……」
ミミリたちを囲む人々は言葉を失った。
ここ、アザレアも含め周辺の街では、自分の産まれた街を出る時には何歳であっても身分証を作成して携帯するよう義務付けられているため、身元の知れない者なんてそうそういない。身分証を敢えて持たないならず者には到底見えないし、ミミリやゼラの年齢で身分証を知らないとなれば、よっぽどの訳アリだということになる。
――バルディの頬を、涙が伝う。
「バルディ、涙拭け」
「――ハッ、また涙が勝手に」
気がつけば、チョコレートクッキーをくれた女性の目にも薄らと涙が浮かんでいた。どうやら、育ちの境遇を心配させてしまうほどに、身分証の携帯は必然かつ重要らしい。
――ピイィィィィ!
街の中から聞こえてきた笛の音を合図に、閉ざされたアザレアの門扉がこちら側へ向かって大きく開いた。
「ガウラさん! バルディ、だっ、大丈夫か? 助太刀に……」
現れたのは、片目に眼帯を巻いた赤髪の男性と、バルディたちと同じ緑の服を着た、門番と思われる数名の男性だった。皆、それぞれ武器を携帯している。
「あぁ、大丈夫だ。ピギーウルフ2体、無事に討伐終了した」
「ピッ、ピギーウルフ⁉︎ それも2体も⁉︎ さすがガウラさんだ……」
「いや、俺じゃない。ここにいる、お嬢ちゃんたちだ」
赤髪の男性は、ミミリたちを見る。歳の頃は14、15といったところか。華奢な身体で、しかもうさぎのぬいぐるみを大事に抱えている大人しそうなあの少女に獰猛なピギーウルフを討伐できるはずもない。
「いやいや、ガウラさんともあろう人が、昼間から酒ですか? それも、勤務中に」
「喧嘩売ってんのか。……見習い錬金術士だと。それと、魔法使いだ」
「は……?」
ミミリは、恥ずかしさで震える心と身体を必死に抑えて、うさみを手本に自己紹介をする。
「初めまして、私、見習い錬金術士のミミリと申します。お役に立てて光栄ですわ。おほほほ~」
「は、はぁ。ご丁寧に、どうも」
助太刀にやってきた大人達を除き、門扉前の広場が笑いに包まれた。
……笑っていない者は、もう1人。
「あの、俺もいるんですけど……。自己紹介の機会を与えてもらえもしないとは、そうか、第一印象のつかみを失敗したってことか。はぁ……」
「だから言ったのよん。第一印象が大切だって」
ゼラの落ち込む姿にガウラが気がつき、無事に自己紹介の機会は与えられた。しかしゼラはうさみを真似ることなどできもせず、至って普通に自己紹介を終えたのだった。
◆ ◆ ◆
日が暮れる前に街へ入る者の検分を済まさねばならないと、助太刀に来た門番も総動員で実施したため、さほど時間をかけずに終わったようだ。
検分を終えて街に入って行く人たちから、たくさんのお礼の品を受け取ったミミリたち。商品となる予定だった積荷から分け与えてくれたようで、その中にはミミリが大好きなりんごもあった。
そして、中には「お金」をくれた人もいた。実はミミリもうさみも、お金を見るのは初めてだった。お金は何種類かあるようだが、幸いにもゼラが知っているそうなので、これは後々学ぶこととした。
ミミリたちは、検分の様子を間近で見学させてもらって漸く身分証とは何かを知った。年齢や職業、居住区など、人となりを表す証明のようなものらしい。過去に前科がないかなども一目でわかるような仕様とのこと。
新規発行や内容更新は「街役場」というところで受付られ、申請から1週間程度で発行も可能だそうだ。
――気づけば陽は完全に傾いていた。
オレンジ色の柔らかい陽が、森の木々の間へ姿を隠そうとしていたところ。
アザレアは、日暮れとともに門扉を閉ざして夜間の人の出入りを制限するらしい。門番は3人体制で編成され、C級冒険者以上の実力の人員体制で守りを固めるとのこと。
先程もピギーウルフが現れたように、数年前から徐々に増えてきたモンスターが、最近は増して出没するため頭を悩ませているとか。だから街を出るときは護衛を雇うか、護衛を雇う余裕がない人は複数人で行動をともにする必要がある。
だからこそ、ガウラとバルディは悩んでいた。
いくら規則とはいえ、生命の恩人、しかもこんなに幼いミミリたちを残して街の中に帰るなんて。しかし肝心の身分証がない限りは街の中に入る権利がない。昔はそこそこ有名な冒険者だったとはいえ、今は一門番のガウラには融通を利かせられるほどの権限もない。
交代の門番3人を脇で待たせながら、ガウラは筋肉隆々の腕を組み、ううーん、と頭を悩ませていた。
「さぁて、どうしたものか。家にこっそり連れて帰ってやりたいところだが」
「ガウラさん、お話は聞きました。お気持ちはわかりますがそれは規則違反、失職しかねません。貴方には家庭があるでしょう」
交代に来た門番のうち1人が、ガウラを止めた。
ガウラはうーんと唸って天を仰ぐ。
「ガウラさん、俺が街役場に話をつけます。なんとか、遅くとも3日以内には身分証の申請ができるように」
「あぁ、そういうことはバルディが適任だな。本来は申請までに1週間、発行までに1週間かかるところだからな。最近は発行にも時間がかかるしな……。頼んだぞ、バルディ」
「ハイッ」
今日会ったばかりの人たちが頭を悩ませてくれていることに申し訳なさを感じたミミリは、おずおずと口を開いた。
「あの~、これだけ優しくしてもらえるのも嬉しいですし、身分証? も作れるようにお話してくれるのも嬉しいです。でも、1週間くらい、外で待てるので大丈夫です。ねっ? うさみ、ゼラくん?」
「そうね、街の中も魅力的だけどね。待っている間、1週間かけてこの辺りを冒険するのもありよねん。欲しい手がかりはどこに落ちているかわからないし」
「そうだな。モンスターを討伐しながら新しい武器の練習をするのもいいかもしれない」
なんとも逞しい返答に、ガウラは思わず口を挟んだ。
「いや、嬢ちゃんたちの実力は見せてもらったが、いくらなんでも……。俺は元冒険者だから野宿の辛さは身に染みて知っている」
ガウラの言葉に、ミミリはニコッと微笑んだ。
なぜかミミリの後ろで、うさみもゼラも誇らしげ。
ミミリはそのことだったら大丈夫です、と言いながら、肩から提げた【マジックバッグ】に手を突っ込んだ。
「この辺で寝てもいいですか?」
「あぁ、そりゃもちろん。後で寝袋を……」
「良かったぁ! あ、あったあった。ちょっと退いていてください。えーいっ! 今日のお休み場所でーす!」
――ドォォォン!
「「「「「――⁇」」」」」
ミミリの肩から提げた小さなバッグから出てきたのは、それは立派な小屋だった。
それだけではない。テーブルや椅子、そしてあれは、なにかの大釜? 先程討伐したピギーウルフも、2体ともバッグに収納されていく。
ガウラたちは、驚きで言葉を失った。これが野宿か、と疑いたくなる充実した夜営グッズの数々。しかもそれが小さなバッグから出てくるなんて。
そんなことは気にもとめないミミリの後ろで、胸を張って誇らしげなうさみとゼラ。
「これから、晩御飯にしますけど、門番さんたちも食べますか?」
「あ、ご丁寧に。でも、勤務中なので」
「ガウラさんと、バルディさんは?」
「せっかくだけど、俺は家に帰らねえと。バルディ、お前も今日のところはゆっくり休め、な? ……バルディ?」
ガウラは、驚いた。こんなバルディは珍しい。これほど興奮している姿を見るのは、門番を志願しに詰所を訪れたとき以来だ。
「こんなに有望な人材、逃すわけには……」
「え?」
ミミリは、俯きながら何かを呟いたバルディが何を言ったかわからず聞き返したが、その返事は特になかった。
「せっかくのお誘いを断って悪いけど、俺は街役場に。明日にでも身分証を作れるように手配するから、絶対どこにも行かないでくれよな! じゃあまた、明日朝、この場所で!」
先程までの丁寧な口調を急に崩してバルディは颯爽といなくなった。
「ねぇ、ミミリ。あのバルディって人、急に人格かわったわね?」
「うん、私はどっちの口調もいいなぁと思ったけど少しびっくりしたね」
「……どちらかというと、ミミリはどっちの口調が好みなんだ? 後学のために知っておかないと」
「え?」
ガウラは笑いながらバルディの変貌っぷりを説明する。
「バルディは公私をキッチリ分けるやつだから。門番の勤務時間外ってことで切り替えて普段の口調に戻したんだろうな」
「なるほどねぇ」
うさみの相槌の後、更にバルディは言葉を続けた。
「それにしても嬢ちゃんたち、バルディのお眼鏡にかなってついてたなぁ。アイツはお偉いさんの息子だから、色々と便宜を図ってくれるかもしれないぞ? まぁ、普段のアイツはその肩書きを嫌っているけどな」
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