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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-3 沈黙を呼ぶ自己紹介と衝撃の事実

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「――! ヴヴヴァヴ」

 ガウラが食い止めていたピギーウルフ2体のうち、1体がうさみの支援魔法――剣聖の逆鱗の揺らめく炎を身に纏ったゼラへ照準を変え、駆け出していった。

「オイ、ワン公! お前の相手は俺だ! どこへ行く! ク……! ウオオオオオオオ!」

 ガウラは、せめて残る1体は逃すまいと再び雄叫びを上げ、相対するピギーウルフの敵対心ヘイト獲得に集中した。

 ……ギギギギギ!
 ピギーウルフの鋭い爪がガウラの大盾の上部の端にかかり、金属を引っ掻く嫌な音を上げている。さらにピギーウルフは後脚で地を蹴って大盾へ全体重を預けてきた。

「――!」

 ――ガウラは、大盾を真っ向から乗り越えようとするピギーウルフの鋭い眼光と目があった。

 ピギーウルフは敵の喉笛に喰らいつこうとしてくることで有名な気性の荒いモンスター。ガウラは盾の内側から右肩を入れて、喰われてなるものかと応戦する。

 ……? 右肩をくれてやるつもりで力を込めたが、こりゃあなんだ?

 先程からガウラは違和感を感じていた。少し前から、受けるダメージが軽減されている気がする。身体が何か、じんわりと暖かいベールで覆われているような、そんな気が。

 しかし、防戦一方となり戦況は不利なまま。しかも、1体逃してしまった。冒険者時代は『鉄壁の坊主』と呼ばれもしたが、いかんせん、ピギーウルフが相手ではアタッカーがいないと切り抜けられない。

「バルディ! 俺ごとでいい! 早く、早く矢を放てえぇ!」

 ――シュッ!
 ガウラの横から、何かが近づく気配がする。ガウラは、バルディが射った矢だろうと理解した。

 ……バルディか、よくやった。優しいお前がよく決断してくれた。……あぁ、孫の顔、見たかったぜ……。


「遅くなりました、助太刀します!」
「――⁉︎」

 ガウラが矢だと思った気配は、人のものだった。それも、少年だ。しかし、人間にしては信じられないほどの速度で近づいてきた。そう、矢と誤認してしまうほどの。しかも驚くべきは、その殺気。あどけなさが残る少年が放つものとは、到底思えない。


 その、驚嘆の眼差しを浴びた少年はというと。
 ピギーウルフを目視してから、チラリとガウラに一瞥をくれ、

「すごい筋肉、タンクってすごいな。カッコイイ」

 そんなことを呟きながら、ガウラの真横で身を屈め、瞬発的に膝下に魔力を集中させて、地を蹴った。そしてそのまま体重を乗せ、短剣を握りしめて雷を纏った一撃をピギーウルフにお見舞いした。

「なっ⁉︎」

 ――門扉前の広場で煌めく剣閃。
 ガウラの周りの空気まで、痺れるような振動が伝わった。

「ギャウウウウウ!」
「ギャウウウウウアアアアゥゥ!」

 苦しみ悶える、ピギーウルフの声。

 もう1体は、ガウラたちから少し離れた右後方で落雷のような雷鳴をその身に宿す、ピギーウルフのものだった。
 ピギーウルフは背中を反り上げて、後脚だけでいた。身体を駆け巡る鋭い痛みに抗う術なく、身を弓形にしてされるがままの格好だ。
 そしてそのまま、読んで字の如く、身を焦がして背からバタリと後ろへ倒れた。

「――⁉︎」

 そして間近で少年が一太刀浴びせたピギーウルフも、切創跡を焼け焦がして倒れていた。おそらく絶命しているも、その身に残る電撃でパリ、と音を立てながら微かに前脚が動いている。

「一体、こりゃあ……」

 ピギーウルフとの激しい攻防に注力していたガウラは1人状況が掴めないまま、盾を握る手を緩めて辺りを見渡し確認する。
 遠くで焼け焦げて倒れているピギーウルフを討伐したのはバルディかとも思ったが、バルディは門扉の近くで呆然と立ちすくんでいた。
 バルディではないとなると、何故か前線に出ているあの少女か……、とは到底思えもせず。
 ガウラはそうか、と閃いて天を仰ぐも快晴で。

「どうなってんだ、お天道さんが味方して雷でも落としてくれたと思ったが……」

 気づけば少女は、たくさんの人々に囲まれているようだ。そして人々の足元を掻い潜って、麦わら帽子を被った小さな生き物がピョンと少女の胸に飛び込んでいくのが見えた。

「――?」

 訳がわからず目眩すら覚えるガウラに、背後から話しかけてきたのは先程の少年だった。

「ありがとうございました。それにしても、すごい敵対心ヘイトの集め方でしたね。もしよかったら、その方法教えてください!」
「あ、いや、ああ……」

 お礼を言わなければならないのは俺の方、と言いかけたガウラだったが、あまりに少年がキラキラした視線を向けてくるので、疲労も重なり、少し思考も遅れてしまい。

 ……とんでもねぇ1日だったな。今日はバルディを連れて、一杯ひっかけるか……。あ、いや、アイツはまだ未成年だったな。

 と、現実逃避気味に、天を仰いで思うのだった。

◆ ◆ ◆

「ミミりん、かっこよかったわよぉ!」
「ふふふ、ありがとう! でもね、ゼラくんが攻撃して弱らせてくれてたから【ぷる砲弾】を当てられたんだよ~!」

 ミミリへ感謝の言葉をかけたい人たちの間を掻い潜って、うさみがピョンッとミミリの胸に飛び込んできた。

「お嬢ちゃん、助けてくれてありがとうね。 貴方、すごいのねぇ。魔法、みたいだったわ」

 最初に労いの言葉をかけてくれたのは、チョコレートクッキーをくれた女性だった。ミミリはたくさんの人たちに囲まれて緊張していることもあって、顔を真っ赤にしながら否定する。

「違うんです、すごいのはうさみとゼラくんで……。それに、魔法使いはうさみです」
「え、この小さな子が本当に魔法使いさん? 初めてお会いしたわ! 助けてくれたお礼がしたいわ」

「魔法使いさんが助けてくれた」
「雷は魔法使いさんの魔法だったのか」
「お礼させてください」

 次々に感謝の意を伝えられる中、うさみは絶好のタイミングとばかりに、麦わら帽子を取って自己紹介を始めた。第一印象のウケを狙ってか、いつもと少し、様子が違う。

「初めまして。 わたくし、うさみと申します。ミミリのぬいぐるみですの。少々魔法も使えますわ。皆様にお怪我がなくて本当に良かった。お役に立てて、光栄ですわ。おほほほ」
「う、うさみ?」

 ――沈黙の時間が流れる。

 ミミリですらうさみの様子に驚きを隠せない中、ガウラとともにやって来たゼラ。

 ゼラがうさみに発する次の一言で、うさみの印象操作を狙った自己紹介を一瞬にして台無しに……。

「なぁにお上品ぶってるんだよ、うさみは。ミミリまでびっくりしちゃってるだろ?」
「うーっるさっさいわよ! この、コシヌカシ! ……あ。おほほほほ、ほほ、ほ……」

 うさみは必死に取り繕うとするものの、それでも沈黙は続いたまま。うさみはゼラに、台無しにされた怒りをぶつける。

「ゼラ、覚えてなさああぁぁいっ!」
「ひえええええ」

「いえ、違うのよ、ただぬいぐるみが喋って動いて、そして魔法使いっていうものだから、驚いてしまって」

 ピギーウルフとの闘いですっかり忘れてしまっていたが、こういった流れになることを警戒してただのぬいぐるみのフリをするよううさみに提案したことをゼラは思い出した。

 ただ、一連の騒動の中で、危険を顧みず自分達を門扉へ連れていってくれるなどの優しい心根に触れ、この人たちに関しては警戒心を抱くことの重要性は低いとゼラは考えていた。

 そしてふと、ゼラは女性の言葉に、ミミリたちと初めて会った日のことを思い出していた。うさみに『記念日』と名付けられたあの日のことを。

 ……あぁ、俺も、同じこと思ったなぁ。でも、それより驚いたのは……。

「お嬢ちゃんは、魔法使いでなかったら一体なんなのかしら。おばさんは、貴方が魔法で雷を操ったのかと思ったわ」

 女性の問いに、うさみはとても誇らしげ。ミミリの答えを耳をパタつかせて待っている。

「私は、見習い錬金術士のミミリです。よろしくお願いします」
「ふふふん。すごいのよん、うちのミミリは」
「うん。その喋り方のほうが、うさみらしいな」

 ――再び流れる沈黙の時間。

 ミミリはまずいことを言ってしまったのかと、不安に駆られて焦りだす。

「あ、自己紹介の仕方、おかしかったですか? えぇと、うーん。わたくし、ミミリと申します。見習い錬金術士ですわ。おほほほ~。……合って、ます……か……?」

 仕切り直して自己紹介し直したミミリは、それはもう更に顔を赤らめて。そんなミミリの可愛らしい様子にその場にいた全員が心を鷲掴みにされた。

「ホラ、見てごらんなさい。ミミリの自己紹介を。いいお手本を真似たから、100点満点よ。第一印象って大事なんだから。あまりの出来の良さにみんな言葉を失っているわ」
「それはもちろん、100点満点なんだけどさ、みんなが今驚いているのは……」

 ゼラの言いたかったことを代弁したのは、ガウラだった。

「可愛い嬢ちゃんだなぁ。俺はガウラだ。助けてくれて、ありがとうな。それにしても、錬金術士、本当にいたのか。童話の中の職業だと思ってたぜ」
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