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第3章 人と人とが行き交う街 アザレア

3-2 チョコレートクッキーは優しさの味

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「あ、あはは……、気にしないでください。お騒がせしました」

 ミミリは振り向いた人たちに向かって両手をブンブン振りながら言った。それはもう、顔は真っ赤にして。ミミリのワンピースのしっぽも、手に合わせてブンブン揺れる。

「そう? じゃあ、困ったことがあるなら遠慮なく言ってちょうだいね」

 ミミリたちに一番最初に声をかけてくれた心優しい女性は、フォローまで優しかった。少しふくよかで、明るい茶色の髪の毛に、同じ色をした瞳。容姿は違うが、ふわっと優しく微笑む姿はアルヒの笑顔に少し似ていた。

「アルヒ……」

 ミミリの気持ちが痛いほどわかるゼラは、ミミリの頭をポンポンと撫でながら女性に感謝を伝えた。

「ありがとうございます、気にかけていただいて嬉しいです」
「あら。こんなにしっかりした王子様と一緒なら、おばさんは安心だわ」
「や、そ、そんな……お、おう……じさ……」
「はい! ゼラくんはしっかり者なんです」

 茶色の髪をした女性は、ゼラの「そこじゃない!」という残念そうな顔を見てクスリと笑う。

「ふふふ。とても微笑ましいわ。お話に付き合ってくれたお礼にこれをどうぞ。おばさんね、この街でお菓子屋さんをしているの。良かったら遊びに来てね」
「「ありがとうございます」」

 茶色の髪をした女性はミミリたちにお菓子を手渡し、ふんわり微笑んでから前に向き直した。
 
 少しお行儀が悪いなと思いながらもお腹が空いていたミミリたちは早速いただくことにした。それは、個包装のチョコレートクッキー。
 ミミリもゼラも、包みを開けてクッキーを半分に割る。そしてそれぞれ、うさみの口元にそっと運んだ。ミミリとゼラは1/2枚。うさみは合わせて1枚分。美味しさと優しさでお腹のあたりがじんわり暖かくなった気がした。

「ふふふ。うさみも嬉しそう。……? うさみ?」

 ミミリの腕の中で、うさみも幸せそうに震えている……のかと思ったが、うさみは2人にだけ聞こえる声で突然訪れた危機を伝えた。

「探索魔法により感知したわ。色はパープル、2体ね。このスピード、もしかしてピギーウルフじゃないかしら」

「「エェッ! ピッ! ピ……。――ハッ!」」

 ミミリたちが突然大きな声を出したので、またもや前列の人たちが振り向こうとした瞬間、最前列のあたりから、おそらく「ガウラ」という男性の怒号にも似た大声が聞こえてきた。

「バルディ! モンスターがくるぞ! 閉門だ! 笛を鳴らせ! 中の連中に知らせるんだ!」
「――!」
「ボサっとすんなぁ!」

 ――ピイィィィィ‼︎
 そして聞こえた甲高い笛の音を皮切りに、列に並んでいた人たちがこぞって大きな門扉目指して駆け出して行くのが見えた。

「ど、どうしよう、ゼラくん」

 ミミリの問いかけに、とりあえず前の人たちについて行こう、ゼラがそう言いかけたところで、先程の茶色の髪をした女性も含めミミリたちの近くで列に並んでいた大人たち数人が、ミミリとゼラの手を引き、背を押し門扉に誘った。

「怖いと思うけど、頑張って走るのよ!」
「さぁ、行くんだ! 門番さんの後ろへ! 必ず守ってくれる。大丈夫だ、俺たちもついてるから」

 ミミリもゼラも、そしてうさみも。
 初めて会ったばかりとは思えない人たちの優しさに触れ、胸も目頭も熱くなった。


  ――ギイィィィィ!
 向かう途中で、人々の期待虚しく閉じられた街の門扉。どうやら、先行して走っていた人たちも街の中に入ること叶わず、それはある一人の若者によって門扉を前に堰き止められていたことが理由のようだった。

「キャアアアァァ!」
「そんな、入れてっ! 入れてください!」

「お気持ちはわかりますが、私たち門番が貴方たちをお守りしますから、なるべく私たちの後方へ、街の壁面へお寄りください!」

 震えながら、若い門番の背中側、大きな門扉へ移動して行く人々。ミミリたちも手を引かれるがまま、門扉の方へと足を進める途中で若い門番の脇を通った。

「あのお兄さん……」

 黒の長髪を、キチッと後ろで結い、勝ち気というよりは知的な印象を与える顔をした青年。背中に弓矢を背負っていることから、おそらく弓使い。人々を不安にさせまいと気丈に振る舞っているが、彼の拳も足も、震えていることにミミリは気がついた。


 ミミリたちが門扉の前に着いたところで、大きな盾を構えるガタイのいい男性が大声を上げた。声の感じからこの人が「ガウラ」。そしてその体つきや防具から、おそらくタンクの役割を務める人なのだろう、とミミリは推測する。

「バルディ、構えろ。この気配、おそらくピギーウルフだ。それに、2体もいやがる」
「――!」

「ピギーウルフですって⁇」
「そんな……」

 『ピギーウルフ』という単語を聞いて、啜り泣く人も現れた。そしてそれは、あの茶色の髪をした女性も例外ではなかった。

「あぁ、神様……」
と言いながら涙を流す女性は、胸の前で両手を組み震えながらも、それでもミミリたちを気遣ってくれた。

「大丈夫、門番さんが守ってくれるからね。ごめんなさいね、おばさん、とっても怖がりなだけだから気にしないで」

「ゼラくん……」
「うん、多分、俺も同じこと考えてる」

 泣きながらも優しく微笑んで見せてくれた女性の心遣いを受け、ミミリたちの心は決まった。

 ミミリとゼラは顔を見合わせ大きく頷き、揃って決意を口にする。


「「――よし、討伐しよう!」」


 そして、ただのぬいぐるみのフリをしていたうさみももちろん同意する。

「決まりね! まずは作戦会議をしましょうか」


「「「「「――⁇」」」」」」

 茶色の髪をした女性だけではなく、門扉前に集まる人々は、目の前で繰り広げられる『ピギーウルフ討伐作戦会議』にただただ目を丸くして驚いた。
 そして、猫耳付きのフードを着た少女が抱いている麦わら帽子を被せた小さなぬいぐるみが、実は生き物だったことにも、驚きに拍車をかける要因となった。

◆ ◆ ◆

 「バルディ! 来たぞ! 気を抜くな!」

 ――ピンク色の毛をした狼が2体。
 遠くの森から勢いよく駆け出してきた。
 
 作戦会議をするミミリたちの後ろで、バウラの敵対心ヘイトを集める雄叫びが聞こえる。

「ウオオオオオオオ!」

 どうやら、ピギーウルフの攻撃を一身に受け止めてくれているようだ。

「さぁ、私たちも行きましょう!」
「あぁ!」
「う、うん!」


 ミミリに抱かれたうさみからの声かけによって、ミミリたちは「バルディ」と呼ばれた弓使いの門番の前に飛び出した。
 バルディは、今まさにピギーウルフを射るために背中の矢に手をかけようとしていたところ。しかも打開の一手が見出せないゆえに、やむを得ずガウラごと射ることを迫られた矢先だった。

「うぅぅぅ……、怖いけど、気をつけながら頑張ってみよう!」
「うん、俺が先頭を行くから、ミミリたちは後方支援を頼むな?」
「えぇ、もちろんよ! 気をつけてよね、ゼラ」
「了解!」

 バルディはすかさず、矢に手をかけるのをやめて、ミミリたちへ手を伸ばした。

「コラ! 前に出るんじゃない! 危ないから、後ろで隠れてるんだ! ――え?」

 その言葉を聞いたうさみは、ミミリの腕からピョンッと跳び降り、バルディに胸を張って言う。少し勝ち気に、けれど震えるバルディを思いやって、少しやんわりと。

「大丈夫よん。十二分に心得ているから。お互いに最善を尽くしましょう?」

 小さなうさみと、長身のバルディ。
 背を反り勝ち気なうさみに、ちょっぴり及び腰のバルディ。
 正反対の存在に疑問を抱いたバルディは、戦闘中だというのについ、口をついて質問してしまう。

「君、何者なんだ?」
「んまっ! 失礼ねぇ。レディーに質問する時にはまずは自分から名乗りなさいよね!」
「あ、すみません」

「バアアアアァァァルデイィィ‼︎‼︎」

「――! すみませんんんん~!」

 遠くでタンクピギーウルフの攻撃を食い止め続けるガウラから、お叱りの一撃をくらったバルディ。
 そしてうさみも、ハッと我に返って戦闘に集中する。気づけばゼラは、すでに走り出していた。

「お待たせ! ゼラ! 剣聖の逆鱗!」
「待ってました! そうこなくっちゃ!」

 駆けゆくゼラの周りに、紅く揺らめく炎が灯る。
 ミミリはというと、【マジックバッグ】に片手を突っ込みながら戦局を見据えてタイミングを見計らっている。

 うさみは、戦闘に参加する者、ミミリ、ゼラ、うさみ、そしてガウラとバルディにも保護魔法――聖女の慈愛をかけてから、門扉で呆然と戦闘を眺めている人々へ向かって、忠告をする。

「ピギーウルフは私たちが何とかするから、安心してよねん。だからお願いだから、絶対動かないでちょうだいね? よろしくねん」
「「「「は、はい……」」」」
「お嬢ちゃんたちも、気をつけてね」
「ありがとうおばさま。クッキーも、おいしかったわ」

 ――たくさんの観客に見守られながら、まだ見ぬ世界に降り立ったミミリたちの、初めての戦闘が始まった。
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