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第2章 審判の関所

2-27 死闘の果てに、芽吹く若葉

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「もう……あんまり……もたないわ!」
「俺が囮になれば少しくらい時間稼ぎにはなるかもしれない。けど、問題なのはそこから先だ。討伐しない限りペナルティで全滅するのは変わらない」

 ミミリは瞳を閉じて考えを巡らせる。
 ドームを叩き割ろうと斧を叩きつける音がガンガンと聞こえるが、集中しているミミリには何も聞こえない。

 ……一か八かの賭けだけど。試してみよう! 絶対2人を守るって、私、決めたもの。

 ミミリは大忙しで2人に作戦を伝える。もちろんからくりパペットには聞こえてはいけないので、うさみを抱っこしたうえで、そしてゼラの耳元で、ヒソヒソ声で。

「……どうかな。私の作戦」
「すごくいいと思う。けどゴメン、正直に言うとミミリが近くてあまり集中できなかった」
「スケコマシのゼラ。後でこのうさみさんが成敗してくれるわ!」


 ――情報共有も、準備も、整った。
 いざ、ミミうさ探検隊の反撃の時。ミミリたちは顔を見合わせ不敵に笑う。

「じゃあ、ゼラくん、失礼しますっ!」

 ゼラの背に、ミミリがおぶさり。
 うさみも今、ミミリの背を目掛けてゼラの足元からよじよじと這い上がろうとしているところ。

「なんかこれって、3色団子ぷるみたいね。よいしょっと……」
と言いながらミミリの背の上でクスクス笑ううさみ。そしてミミリも同様に笑いながら応えるものの、その内容はさすがのミミリ。
「……でしょ? なんだかお団子食べたくなっちゃうよねぇ!」

 
 ミミリ発案による本作戦。
 3色団子ぷるたちから得たインスピレーションも作戦立案に一役買っている。
 客観的に見たら戦闘中だとは思えないこのフォーメーション(ただのおんぶ)も、本人たちは至って真面目。そして実は理にかなったものである。
 しかし、作戦をこれから実行しようというのに、ゼラはちょっぴり気が逸れている。

 ……不謹慎だけど。
と考えながら、背中のミミリたち、主にミミリを想ってゼラは心の中で感謝の儀式を執り行った

「ミミリさん、ありがとうございますうぅ!」
「……どういたしまして? ゼラくん何のお礼なの?」
「うあ! 嘘だろ⁉︎ 言葉に出てたのか? 忘れてくれ! 俺は祈りを捧げただけなんだあぁぁ!」
「……うるっさいわよ! この、スケコマシ! ……守護神の庇護、解除!」
「うおあああ! スケコマシを否定できねえぇ!」

 ゼラは奇声にも似たおかしな叫びを上げながら、同時に陽属性の雷を帯びた魔力を足元に集中させる。
 そしてあるモノを踏みつけて、天高く舞い上がった。

 ――ブニッ!

【ぷるゼラチンマット(陽) 良質 ぷるぷる 特殊効果:陰の雷属性を帯びた対象を吸引し、陽の雷属性を帯びた対象は反発する】

 ――ザクッ!
 うさみの防御魔法のドーム目掛けて振り下ろされた斧は勢いよく地に刺さる。どれほどの力を込めてドームを破ろうとしていたのか推察できるほど、斧は深く突き立てられた。刃の2/3ほどが地に埋まっている。

 からくりパペットは跳び上がるミミリたちへ瞬時に視線を移したが――、

「――⁉︎」

 ――時すでに遅し。

 投下された球体らしきものは眼前まで迫ってきていた。間近すぎて、色や形を正確に認識することができない。からくりパペットは、咄嗟に左腕で頭部を守る。

「……ごめんね?」
と言うミミリの声をかき消すかのように、けたたましい音が桜舞うグラウンドに響き渡った。

 ――ドォォォォォォォン!

【弾けたがりの爆弾 火力(小)】

 からくりパペットの左腕と紅の刃広斧がゴトンと落ちる。身体の紫色の塗料は大部分が剥がれ落ち、金属の赤錆が目立つようになった。

「左腕だけか。アイツ、めちゃくちゃ頑丈だな」
「うん、でも塗料が剥がれただけで充分だよ!」

 ミミリたちは桜の木の太い枝に立って、こちらへ向かって来るからくりパペットを見下ろし確認する。先程までの戦闘を踏まえれば、からくりパペットは即座に距離を詰めてくるはずだ。
 しかし隻腕となったからくりパペットはぬかるんだ地でバランスを取りづらいようで、先程までのスピードはない。
 それでも絶えることのない熱き闘志。からくりパペットは水たまりなどお構いなしで、その身に飛沫しぶきを浴びながらも確実に距離を詰めてくる。

 ミミリは次なる作戦への移行を声かけしようと思ったが、うさみはすでに準備万端でニヤリと笑みを浮かべていた。

「――しがらみのくさび!」

 うさみは拘束魔法を唱えた。途端に飛び出す何本もの緑色の蔦。
 桜の木の外皮を内から突き破った蔦は幾重にも絡まり合って、からくりパペットの右腕や体幹を拘束する。

 ――ギギギ!
「行動不能、行動不能」

「……なんて、力なんだ」

 ゼラも驚くほどのうさみの拘束魔法。
 からくりパペットの身体は、どんどん締め上げられていく。軋む身体の悲鳴に加え、徐々にへこむ音までも聞こえてくる。
 この時点でからくりパペットにとっては形勢逆転されたようなもの。しかし、頭部の三つ目に灯る光には揺らぐことない戦意の現れが。
 これに相対するミミうさ探検隊の反撃も、容赦なく続く。

「初めて使うから効果のほどはわからないけど……。えーと……あった! いっくよー! エーイッ!」

 ミミリの手には、すでに【絶縁の軍手グローブ】が。ミミリは【マジックバッグ】から錬成アイテムを取り出して、からくりパペット目掛けて投げる。

「――! 投下確認。排斥スル」

 からくりパペットは身体の自由を奪う蔦に苦しみ、節々からギシギシと嫌な音をたてながら、なんとか右腕に構えた斧でガードした。
 ――ぷるんっ!
 放たれたアイテムは斧にぷるんと弾かれ、からくりパペットの足下の水たまりに落下した。
 ――バシャッ! ……ピリピリ……!

【ぷる砲弾(雷)(試作品) 電撃(???) 特殊効果:ぷる砲弾を模した戦闘用アイテム。投げた際にふわっとはちみつが香ってモンスターを油断させる(予定)】

「――失敗、なの?」
「ううん、大丈夫!」

 不安になるうさみを宥めるように抱く力を少しだけ強めて、ミミリは自信を込めて笑顔で答える。

 
 ……ビリッ!

「――⁉︎」

 からくりパペットは違和感を感じた。
 たしかに、投下されたモノは弾いたはず。その時右腕に軽い痺れを感じたがすぐに止んだ。

 ――そう、止んだはず、だったのに。

「ギギイイイイイイイィィ!」
 
 一間置いて、からくりパペットの全身を痺れとともに高熱が襲った。からくりパペットの視界にも、脳裏にも一瞬にして血走る電撃。それはまるで、落雷のような。からくりパペットの身体は、ほとばしる雷で覆われた。

「うわ……」
と、思わずゼラは憐れみの声を上げながら、桜の木から飛び降りざまにしがらみのくさびの蔦を切る。蔦を伝って桜の木へ迫ろうとしていた電撃はすんでのところで断ち切られた。

「これは、人間ならたちまち……」

 からくりパペットを間近で見ているゼラは、雷の光量に照らされて目を細める。
 雷属性の習得で何度も雷を浴びてきたゼラだからこそわかる苦痛。あれは例えば、属性習得のために浴びる電撃量ではない。もっと言えば雷電石らいでんせきの地下空洞の長い階段を前に浴びて失神した、雷様の一撃に似ているかもしれない。

「ミミリ、この錬成アイテム、すごすぎないか?」
「ほんとよね。私この距離なのになんだか毛がぼわっとする気がするもの」
と言いながら、うさみは両手で思わず頬をさすさす撫でる。

「ううん、そんなことないんだよ。雷様の一撃と比べたら大したことないの。ただ環境を味方につけただけだよ」
「……そうは、見えないけど」

「ギギイイイイイイイィィ……」

 うさみが言うようにどう見てもその威力は凄まじかった。
 からくりパペットは、赤錆も見えなくなるほどに身を焦がし、ついに膝を折った。


 ミミリは、ほうっと胸を撫で下ろす。あとは、ピロンかくまゴロー先生から告げられる、試験終了の知らせを待つのみ。

「ミミリ、すごかったわね!」
「運が良かっただけなんだよ。水たまりを活かして電力の底上げを狙っただけなの」
「よく土壇場で思い浮かぶよな、そういうの。それがミミリの強みだよ」


「――あれ?」


 ――待てども終わりは告げられず。

「え、終わりじゃ、ないの?」

 戦闘不能まで追い込めば終了だと思ったミミリたちは、さすがに動揺してしまう。

 見てみれば、満身創痍のからくりパペットはそれでも俯いていなかった。
 三つ目に灯る光はついに消え、今ではたった一つだけがチカチカと微かに点滅するのみだというのに。右手の斧に縋りながら、それでも目の前のゼラに闘志を向けている。

「……任務果タス、最期マデ」

「敵だけど、立派だよ。尊敬する」
と言いながらゼラは駆け寄り一撃を放った。短剣に雷属性を纏わせた、トドメの一撃を。

 からくりパペットの三つ目はパリンと割れ、ゴトンとそのまま後ろへ倒れた。

「……心躍ル闘イダッタ……。……アリガトウ……」
「こちらこそ。ありがとうな」


 ――月の代わりに陽が登る。
 地をぬかるませていた水たまりは、微粒子となって天に昇る。からくりパペットも赤い残像を残しながら、身体は天に昇華した。

 ミミリたちは、ドロップアイテム
 ・蒼の刃広斧
 ・紅の刃広斧
 を手に入れた。
 

「ミミリ、ゼラ、お疲れ様。なんとか、勝てたわね」
「うん、そうだな。みんな、ありがとう」
「うさみもゼラくんも、ありがとう」

 ……そして、からくりパペットも。

 命を懸けた戦闘だった。
 それでも終始闘志を燃やし続けるからくりパペットに尊敬の念を抱かずにはいられない。からくりパペットの生き様は、ミミリたちの心に深く刻まれた。



 ――ザアァァァ!
 ミミリたちの心を投影したかのように突如吹いた切ない突風。桜の木の花びらは全て散り、辺り一面が桜の絨毯となった。
 気づけば桜の木には、若々しい葉が芽吹いていた。

 ――ピロン!
『▶︎『卒業試験 ★★★★☆』、合格!

 貴方のパーティーは、『卒業試験』を合格することができました。
 これから、教室にて卒業証書を授与いたします。

 ……ミミリ、うさみ姉様、ゼラ。
 合格、おめでとうございます』
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