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第2章 審判の関所

2-22 4時間目、道徳の時間

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「さぁ、最後の授業を始めましょう」

 ――バツン!

 月夜が綺麗なプールサイドにいたミミリたち。ティータイムを終え、いつもの流れだと別の場所に強制転移されていた。
 しかし今回は違った。
 バツン!という大きな音とともに、照明が消えたかのように世界は暗転した。
 唐突のブラックアウト。
 
「……こわい! うさみ? ゼラくん? 先生? ピロンちゃん? みんな、どこ……?」

 ――音のない暗闇の世界。
 意識を失っているわけではない。確かに自我はある。顔も首も、手も足も。身体は動く。
 試しにミミリは、右手で顔を触ってみる。

「手、冷たい……」

 感覚はあった。
 しかし、あてもなく歩いて探し回るにはあまりに危険だ。ここがまだあのプールサイドなのだとしたら、歩けばたちまちプールの水へ落ちてしまう。

「うさみー! ゼラくんー!」

 ――響き渡る、ミミリの声。
 何も見えない空間でも、遠くの方から返答があるかと期待したが、返事は返ってこなかった。
 暗闇の中の唯一の音は、ミミリが発する声と動作音だけ。

「……うぅぅ。どうしよう。道徳の時間って、一体何をしたらクリアできるの? うさみ、ゼラくん、大丈夫かな」

 ――ダァン! ダァン!

 暗闇に灯る、暖色の2つの灯火。
 左奥に1つ。右奥に1つ。
 遠くの方で照らされたのは、うさみとゼラだった。見つけられた喜びで、ミミリは嬉々として声を上げる。

「うさみっ! ゼラくんっ! エッ……?」

 照らされた2人は、閉じ込められていた。
 ガラス瓶のようなものに、すっぽりと。
 円柱の底から上にいくにつれて徐々に窄んでいく形状。入り口の細いあの空間にどのように閉じ込められたのかは謎だが、不思議が溢れるこのダンジョンへ抱く疑問としては愚問かもしれない。

「――!」
「――‼︎」

 途端、ミミリの声しかなかった暗闇の空間に響き渡る音。

 ……それは、暗闇の中2人が助けを求める声だった。

「いやぁぁー!」
「うっうああ……」

 うさみが閉じ込められたガラス瓶の中に、徐々に注ぎ込まれる水。毛と綿が濡れることを嫌う、うさみが最も苦手とする状況。うさみの足元から、少しずつ少しずつ水位は上がっていく。小さなうさみは足を濡らしてただただ震えている。
 一方でゼラは。
 ゼラが最も苦手であると推察される、暗く狭い窮屈な空間に閉じ込められているようだ。ゼラを閉じ込めるガラス瓶の外から照らす暖色の灯火は、恐らく届いていない。ゼラは取り乱して脱出を試みようとしているが、上に伸ばす手も見えない何かに阻まれて敵わない様子。ゼラは正面のガラス瓶の側面を苦悶の表情を浮かべながらガンガンと叩いた後に、胸を押さえて苦しみだした。

「助けて、ミミリ……!」
「うっ、助けて……くれ……!」

 大事な2人の、悲鳴にも似た切に助けを求める声。声の様子は絞り出すかのようなものだったが、暗闇の空間に反響している。ミミリの脳内にも直接鳴り響いてくる。

「待って! 今助けるから!」

 プールの中に落ちてしまうかもしれないという懸念から、動くことを躊躇ったミミリだが、今度は厭わず駆け出した。
 そして全力で走って、走って、走って。
 ……歩みを止める。

「なんで、どうして……」

 少しも距離は縮まらない。走れども走れども縮まらない2人との距離にミミリは焦りと不安を感じる。そして、ついに取り乱す。

「うっ、なんでっ、なんでなの……」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
 突如、暗闇の空間は大きく揺れる。ミミリは立つことすら難しくなり、何度もよろめくもなんとか踏みとどまった。

 そして、ミミリが進もうとした正面に異変は訪れた。
 
 真っ暗な空間にいびつな切れ目がすうっと入り、切れ目の端から濃い紫色のナニカがゾワゾワ出てくる。
 切れ目から見えるのは、引き込まれそうな、深い闇。

 ……これって……!

 ミミリの頭によぎるのは、あの日夢見た一つの場面。ミミリは瞬時に思い出した。ミミリの脳内で鮮明に蘇ったあの夢の場面と、今回の場面が、寸分狂わず重なってゆく。

「メリーさんの夢じゃなかった! 私があの時見た夢は、これと、全く同じ……!」

 夢に見た内容と同じであるならば、次に起こるのはあの場面。が闇の中から出てくるはず。
 ミミリは構えてそれを待つが、現れたのは「ナニカの手首」ではなく、くまゴロー先生、その人だった。

「先生! うさみたちを助けてください!」
「申し訳ないですが、それはできません。これは1つの、審判ですから」

「……ッ!」

 ミミリは先生の脇を追い越して走り出した。それでもやはり、走れども走れども距離は縮まらない。

「はあっ! はあっ!」

 暗闇に響き渡るのは、ミミリの荒い息遣い。

「「ミミリ……」」

 ミミリの脳内に響き渡っていた2人の声は、どんどん小さくなっていく。

「……やだよ、やだよおっ! 死んじゃうよ! 2人が、死んじゃう……」

 ミミリは涙を流しながら、それでも懸命に走り続ける。足がもつれて転ぼうとも、過度な走りで心臓が壊れそうになろうとも。
 それでもミミリは、走りを止めない。

「なんでっ! なんで近づけないの……」


「ミミリさん、先に進めないのには理由があります」

 走るミミリの背後から、ミミリに投げかけられたくまゴロー先生の低い声。ミミリは違和感を感じてすぐさま振り返る。

「……嘘……」

 ミミリが感じた違和感は、間違いではなかった。
ミミリの目の前にはくまゴロー先生が。

 あれだけ走ったのに、遠くにいるはずのくまゴロー先生との距離は全く変わっていなかった。

「どう……してっ……」

 ミミリはついに、その場へ崩れ落ちた。
 ミミリに告げられたのは、くまゴロー先生の無情としか思えない言葉だった。

「ミミリさん、先に進めないのには理由があります。貴方の走りには迷いがあるからです」
「……そんなことっ!」
「わかっているのではないですか? 本当は。左奥に閉じ込められているうさみさんと、右奥で閉じ込められているゼラくん。どちらかを選んで、向かわねばならないと」
「……それは……」
「貴方は、ちょうど2人の間を真っ直ぐに走っているだけ。それでは距離は縮まりません」

 ミミリは左奥のうさみと、右奥のゼラを見る。
 うさみへ迫る水位はすでに腰あたりまで上がってきている。うさみは恐怖から小さな両手を頬に添えて震えながら泣いている。
 そしてゼラは、あの日雷電石らいでんせきの地下空洞で見た姿よりももっと苦しんでいる。胸に手を当て、顔面蒼白で苦悶の表情。
 遠い距離ながらも、大事な2人の苦しみは手に取るように伝わってくる。

「……先生、私はどうしたら……」
「選ぶのです。時間がないこの状況下、助けられるのは1人だけです。左か右か。うさみさんか、ゼラくんか。貴方が選んだ方向へ走り出したその時だけ、道は開けます」
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