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第2章 審判の関所

2-18 誰よりも高く! 3時間目、体育の時間

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 伸びの良い素材の白い半袖シャツに、紺色のショート丈パンツ。
 半袖シャツの首周りと腕周りの袖口には、ショートパンツと同じ紺色のラインがくるりと一周アクセントを効かせている。そしてショートパンツの側面には、白のラインが縦に2本。こちらも同じくアクセントとして。
 ショートパンツから覗かせるのは、ミミリの透き通るような白い太腿とすらりと長細いふくらはぎにキュッとしまった細い足首。足首までの紺色の綿の靴下を履き、足には動きやすい運動靴を。
 そして白く細いうなじを強調させる、ミミリの髪型はポニーテール。ウェーブがかったピンクの髪は後頭部の高い位置で一つに結われ、紺のバンダナはこめかみよりも少し高い位置でリボンとしてミミリを彩る。

「うぅぅ……。こんなに短い丈のパンツ履いたことないから、すっごくすっごく恥ずかしいよ。足がすーすーするよ」

 ミミリは少しモジモジしながら照れ隠しにうさみを抱き上げ、キュッと優しく抱きしめる。

「ありがとうございます……。くまゴロー先生」

 ゼラはミミリの装いを、上から下まで丁寧に確認した後、感謝を込めて両手を合わせた。
 そんなゼラの服装はほぼミミリと同じだが、違う点はパンツの丈だ。ゼラのパンツは足首までの長さのロング丈。そして額に紺のバンダナを巻いて後頭部で無造作に結っている。

「……新たな服装に出会えましたこと、感謝いたします」

 ゼラは再びミミリの上から下までを脳裏に焼き付け、更に深く深く感謝して手を合わせながら瞳を閉じる。
 なにやら儀式中のゼラを、ミミリに抱かれながら白けた目で見つめるうさみ。
 うさみの服装もほぼミミリと一緒だが、異なるのは腰上のパンツの長さ。胴が長く足が特に短いうさみは、白の半袖シャツをすっぽりとパンツインして、胸元までグイッと紺のパンツを持ち上げている。

「私のミミリをイラヤシイ目で見るスケコマシは成敗しなきゃね」

 うさみはボソッと呟いて「成敗の時」を密かに待った。



 ――高い天井に白い壁面。そして鏡面のような木目の茶の床。
 先程まで青い空、青い芝生に囲まれていたミミリたちは、流しそうめん大会の終了とともに、またもや別の空間へ強制転移された。
 目の前には、台形を成す木箱らしきものが何段か積まれていて、その上には白の分厚い布が被せてある。その木箱の前には、黒色をした何かの置物。気のせいでなければ、ゆるゆるぷるぷる動いているような。

 ――ピロン!
『この空間は、体育館、と呼びます。そして貴方たちの服装の呼称は体操服。もうすぐくまゴロー先生がやってきます。しばらくお待ちください』

 ――ピーッ!

 体育館に鳴り響く、甲高い笛の音。
 ドスドスという音とともに、ゼラと同じ服装のくまゴロー先生が体育館のステージの上、深い赤色の袖幕からやってきた。
 首から提げた白い笛を口から離し、「注目!」と発したくまゴロー先生は、左隣へとピロンを誘い、授業の主旨を代弁させた。

 ――ピロン!

『▶︎3時間目、体育の時間

 貴方のパーティーは、『体育館』へ強制転移されました。規定の段数のぷる跳び箱をクリアするまで、この空間から抜け出すことはできません。

 詳細については、下記授業概要をご参照ください。

 《授業タイトル》
 ▶︎『誰よりも高く! 跳び越えよう、ぷる跳び箱』

 《授業概要》
 ▶︎貴方のパーティーの中から挑戦者を1人選出してください。挑戦者が規定の段数(50段)を跳ぶことができたら本授業はクリアとなります。

 《ピロンのワンポイントアドバイス》
 ▶︎魔力操作を意識して跳んでみましょう

 《協力モンスター》
 ▶︎スライム状モンスター、ぷるぷる
 助っ人として名乗りをあげてくれたモンスターがいます。協力してともに試練を乗り越えてください』

「と、跳び箱⁉︎ ぴょ~んって跳べばいいのかな?」

 ミミリは目の前の木箱を見る。あれがおそらく、跳び箱だろう。現在の段数は5段。白い布が被せてある一番上の木箱から順番に、木箱の前面に数字が振ってある。一番下の数字は5。跳び箱の現在の段数を表しているものらしい。
 そして目の前の置き物。何やらゆるゆる動いているかと思ったが、見間違いではなかった。

「あっ! ダークぷる! 助っ人って貴方だったのね!」

 ミミリの声に、跳び箱の後ろから3色のパステルぷるたちもゆるゆるぷるんと顔を出した。

「ぷー!」
「ぶー!」
「助けに来てくれてありがとう」

 ミミリはぷるぷるたちを順番に撫でる。嬉しそうに小さな目を細めるぷるぷる。触り心地はやはりみずまんじゅうのよう。ぷるぷるに対するミミリの第一印象はやはり間違いではなかった。


「審判の関所においても、異例の事態です。助っ人として、モンスターが自ら名乗りを上げるとは。……そしてこの『体育館』も……。……さぁ、パーティーの中から1名挑戦者を選出してください」

「私は、運動苦手だからちょっと難しそう」
「ぴょーんと跳ぶと言ったらうさぎの十八番だけど、顔面から跳び箱につっこみそうで怖いわ。突っ込むのは流しそうめんの桶だけで充分よ」
「大丈夫、俺がいくよ」

 ゼラはギュッと拳を握り、くまゴロー先生を見て力強く申し出た。先程まで怪しい儀式をしていた者と同一人物であるとは思えない勇ましさ。

「決まったようですね。では早速、跳んでみてください。ダークぷるが『踏切板』です。ダークぷるを踏んだことによる反発力を活かすのです。跳び箱に手をつき腕をグンと突き放して足を広げながら跳び、パステルぷるマットにふわりと着地してください」
「……アルヒさんの教えを忠実に守るなら、『習うより慣れろ』だな。いっちょ、跳んでみるか!」


 ――キュッ!
 ゼラは勢いよく駆け出した。ゼラの運動靴と鏡面のような木目の床材が擦れて音を上げる。
 ゼラは踏切板の役割を果たすダークぷるの少し手前で軽くジャンプして、踏切板に両足を着く。

「ごめん、踏むな?」
「ぶ!」

 黒いスライム状の身体にずぶりと両足が埋まり、
「……⁉︎ ワァッ!」
と声を上げた時には視界が宙を舞っていた。
 反発力でグンッと跳び上がる身体。
 気がつけば跳び箱に両手を着くこともなく、そのまま跳び箱を跳び越えたので、宙返りして身体を寄せ合う3色団子色のパステルぷるマットにぷるんと着地した。

「……すごいよ、ゼラくん」
「アンタやるときゃやるわよね」
「ぶー!」

 跳び箱の向こう側から褒め言葉を贈るミミリたちと、いつの間にか観客となっていたダークぷる2体。ゼラは振り返って軽く否定する。

「ありがとう。でもこれは踏切板のおかげだな。ありがとな、ダークぷる」
「ぶぶー!」

 ゼラの赤い目とダークぷるの白い目。
 対照的な色に映えるお互いの柔らかい笑顔。
 ゼラたちは流しそうめん大会を通じてすっかり打ち解けたようだ。


「くまゴロー先生! 30段くらいに一気に挑戦していいですか?」
「……! 意を突かれるその気概。やはり、貴方も素晴らしい。十数年前に訪れた驚くべき挑戦者たちの再来を見るようです。本来、戦闘ルートで出現すべきこの『体育館』が選択されたのも何かの縁があるのでしょう。思えば貴方が使用している短剣も、何やら見覚えがある気がします」

 ゼラの一足飛びの挑戦心に、くまゴロー先生は小さな目を更に丸くして驚いた。そしてうさみは短い灰の手を口元に当てて、「まさか」とポソリと呟いた。


「もちろん、挑戦してください。私は貴方に期待をしています。」

 くまゴロー先生の許可とともに、跳び箱の真下の床に白く靄が掛かってゆく。そして徐々に迫り上がる跳び箱。

「……さすがに、高いな」

 ゼラは真下から跳び箱を見上げてそう呟いた。
 あっという間に完成した30段の跳び箱。真下からでは、白の布が被せてある最上段の木箱すら、容易に認識できないほどだ。

「すごい! ゼラくんの2人分より大きな高さだよ!」
「うおっ! そんなに高いのか。……跳べるかなぁ」

 緊張感があるようでない、というのがミミうさ探検隊のパーティーの良いところ。いつもならうさみは身を乗り出してゼラに愛情を込めてからかいの野次を飛ばすところ。

 ……しかし、愛らしいうさぎのぬいぐるみに似つかない、真剣で神妙な面持ちを浮かべるうさみ。そして普段よりも、声のトーンを大分抑えて、くまゴロー先生に質問する。

「……もしかしなくても、その、十数年前の挑戦者って、男女ペアのパーティーじゃなかった? 他に数人いたかもしれないけど」
「えぇ、男女2人組のパーティーでしたよ」
「男性は騎士で、女性は魔法使いじゃなかった?」
「御明察です。さすが、うさみさん」

 ここまで語られ、漸(ようや)くミミリもゼラもピンとくる。思えば十数年前の挑戦者など、これまでに判明した経過を思えば、他の者などいようもなかったというのに。

「……くまゴロー先生、もしかしてその魔法使いさんって、私と同じエメラルドグリーンのイヤリングをしていましたか?」
「そういえば、していたかもしれませんね。私は装飾品に疎いのであまり記憶にはありませんが……」

 ――ピロン!
『ここ、体育館にて、貴方と同じように髪を結い上げていましたよ、ミミリ。確かにイヤリングをしていましたが、まさか彼女のイヤリングも、アルヒ姉様から託された物なのですか?』

 ミミリは瞳を閉じて、左身のエメラルドグリーンのイヤリングにそっと触れる。そしてゆっくり深呼吸して薄らと涙を浮かべてピロンに答える。

「……うん、そうだよ。アルヒが魔法使いさんに託した、私の片割れのイヤリング」
『彼女とミミリの関係をお伺いしても?』

 うさみもゼラも、ミミリの心が心配でミミリの表情に注視したが、意外にもミミリは気丈だった。

 ミミリは涙を浮かべながらも、ふわりと微笑んで柔らかい声でピロンに答える。

「たぶん、私のママだと思う、その魔法使いさん。……やっと手がかり1つ、見つけたよ、アルヒ」
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