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第2章 審判の関所

2-4 出会いは突然に

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 ーー場面はダンジョンに踏み入った頃まで遡る。

「審判の関所」の入り口、『錬金術士ルート』として姿を変えたのちに現れた鉄の扉。

 開けた瞬間から漏れ出した、雷電石(らいでんせき)の光のような、黄とも金とも言えないような眩しい光から目を隠すように手をかざして、扉の中に入っていったミミリたち。

 その、眩い光が放たれた扉の中。

 目の前にあったのは、ゲートとして構える、真っ白なアーチだった。
 ここから先へ続くダンジョンへの、真っ白な入り口。上方で弓形に曲がり、美しい曲線を描くこのアーチの素材はおそらく木製ではない。木目はなくつるんとした、それでいて柔らかい光沢がある、清楚な白。
 アーチの先に見えるのは、焦茶と薄茶の小さな長方形の石が交互に敷き詰められた石畳。そして、その石畳の上を人が数人余裕を持って通れるほどの余白を残して、緑のアーチがトンネルのように遠くの方まで続いていくのが見える。
 緑のアーチを彩るのは、細い枝と、たくさんの葉。葉は深い緑から黄味がかった緑まで。幾重にも幾重にも重なって、重厚な雰囲気を醸し出している。
 それでもどこか柔らかい印象を覚えるのは、真っ暗闇なダンジョンの中だったはずなのに、葉のわずかな隙間にどこからか差しこむ陽の光と、緑のアーチの所々でひっそりと花を咲かせる、愛らしい淡い青紫色の小花のせい。

 ダンジョンの外は早朝だったはずなのに、緩やかな暖かさがここにはある。まるで、天気の良い昼下がりのような。

 そして、鼻先をくすぐるのは、甘い甘い、嗅ぎ慣れたあの匂い。


 ……グ~‼︎ 

 ミミリは朝食を済ませたばかりだというのに、グ~ッと大きなお腹の音を鳴らしてしまった。

「ひゃあああぁぁ! 聞こえた? 聞こえちゃったよねぇ?」

 ミミリのしっぽは、勢いよくぴーんと張った。ミミリはお腹を抑えて、左右を歩くゼラとうさみを交互に見る。

「おっきな音だったな、ミミリが元気がいいのはいいことだ」

 ゼラは隠すことなく、正直に言った。
 お腹を鳴らしてからというもの、もともと薄らピンク色に染められたミミリの頬は、みるみると真っ赤になっていった。
 そんなミミリを哀れに思って、ゼラに苦言を呈したのはうさみだった。

「あら、レディーに対する配慮がなってないわね? スケコマシの名が泣くわよ?」
「いや、聞こえないフリっていう選択肢もあったんだけどさ、あそこまで大きな音でお腹が鳴ったんだから、聞こえないっていうのも無理があるだろ? ここは、正直に言うべきだと思って」

 ゼラの言葉に、ミミリは背を少し丸める。

「もっ! ばかね。確かに音は大きかったけど、それでも『聞こえなかったよ、お嬢さん。聞こえるのは君の隣を歩いて胸が高鳴る、俺の心臓の音さ』とか言うべきなのよ? これだからお子ちゃまは」
「クサッ! 何だよそのキザなセリフは」

 小さな胸を張って誇らしげに指導するうさみに反して、ミミリの背中はどんどん丸くなっていって。一歩、また一歩と足取りは重くなる。

 そんなミミリにトドメをさしたのは、ゼラの一言。

「大丈夫、ミミリのお腹の音はめちゃくちゃ大きかったけど、お腹を鳴らすミミリも可愛いから」

 ミミリの歩みは、ピタリと止まる。

 ミミリの歩みが遅くなっていたことにすら気づかなかったうさみとゼラ。いつのまにか真ん中を歩いていたミミリがいないことに今更気がついて2人同時に後ろを振り向く。

 そこには、背を丸め顔も俯き、白い猫耳と頭頂部をこちらへ向けるミミリがいた。
 俯いていてもわかる、膨らんだミミリの頬。赤い風船のように膨らんだ頬は、突けば今にもパァンと音をたてて弾けそうだ。

「あの……ミミリ~?」

 ゼラはおずおずとミミリの様子を覗う。
 うさみは察して、サッとゼラの後ろに隠れ、ゼラの膝下にギュッと捕まった。

「もう……さっきから、おっきな音、おっきな音ってえぇぇ!」

 ミミリの内なる紅い炎が、背後に揺らめいて見える気がする。その揺らめく炎で、美しい緑のアーチが燃えてしまうのではないかというほどに。

「ゼラ、いいから、謝んなさい!」
「エェッ⁉︎」
「いいから、ホラ!」

 真っ赤な頬を膨らませながら、俯いた視線を上げて、ゼラたちをゆっくり見るミミリ。目には薄ら涙を浮かべて、唇をぎゅっと結んでフルフルと震わせて。
 もしかしたら、【絶縁の軍手(グローブ)】の失敗作によりひと騒動あった時よりも、怒っているかもしれない。
 ゼラの顔から、サアッと血の気が引いた。

「わぁっ! ミッ、ミミリ、ごめん。おっ、落ち着いてくれ!」

 ミミリの震えは収まらない。メリーさんのようにぷくっと頬を膨らませ、固く結んだ唇を震わせながらジッとゼラを睨んでいる。

「もっ、もうね、ゼラくんなんか、ゼラくんなんか……」

 怒れるミミリが次に告げる言葉は何か。
 嫌だとか、まさか、大嫌いとか?
 どちらの言葉もゼラにとってはダメージが大きい。

「あぁ、もう、手遅れよ……」

 うさみは、ガタガタと震えだす。


「もう、ゼラくんなんか‼︎ 今日のオヤツ、1個しかあげないからねッ!」


 ミミリはぷるぷる震えながら、怒り口調でそう告げた。

「アァ、かわいそうなゼラ」

 うさみはとても憐れんでいる。

「……1個はくれるんだ……」

 ゼラはいい意味で拍子抜けした。

 ……そういえば、いつもミミリもうさみもアルヒさんも、デザートは別腹だって、何個も食べてたな。

「……もう、怒っても可愛いな、ミミリは」

 ゼラはボソッとつぶやいた。

「なあに? ゼラくん? 怒ってるんだからね⁉︎」

 ミミリの怒りは冷めやらない。

「ごめんごめん。悪かったから、許してくれ~! オヤツ2個ください!」

 ゼラは笑いを堪えながら謝った。
 ゼラの近くにいたうさみはもちろん全て聞こえていて。

「やだわ、ゼラ。アンタにミミリはあげないわよ?」

 と、もっともっと、小さな声でつぶやいた。



「ここは……」

 緑のアーチを抜けた先。
 それは、森の中に佇む赤い屋根の小さな平家だった。
 クリーム色をした壁に、くすんだ赤い屋根。
 壁の左側には、白い木枠に赤い小さな屋根をつけた出窓があって、その右側には、茶色の木目調の玄関がある。玄関には、光沢のない、重たい金色の取手が。
 玄関の前には、木製の立て札が地面に刺さっている。表札のようなものかもしれない。

 どうにか心を落ち着かせたミミリ。
 ゼラの平謝りが奏功して、今、オヤツの個数制限が何とか撤廃されたところ。

 ミミリは目の前の立て札を見て、書いてあることを口に出して読んだ。

「『森のくま先生の錬金術士の錬成学校』……?」
「書いてあることは謎だけど、ここみたいね。錬金術士ルートによって導かれた場所というのは。それになんだか……」

 うさみの言葉は、ゼラが継ぐ。

「うん。ここだよ。この小屋から漂ってくるんだ。甘いはちみつの香りが」


 ーーキーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……

 ミミリが赤い屋根の小さな家のドアをノックしようと思った時、突如聞こえた耳障りの良い柔らかな鐘の音。

「わぁ! びっくりした‼︎」

 突如聞こえた鐘の音に驚くミミリ。
 家の中から聞こえてきたというよりは、ダンジョンの中全体から聞こえた気がした。


 ーーピロン!
 という音ともに、現れたのは透き通った水色のポップアップ。名を授かったばかりの、ピロンだった。

『審判の関所 錬金術士ルート ~森のくま先生の錬金術士の錬成学校~ の始まりを告げる、チャイムの音が鳴りました。

 入学テストの開始時間まで残り僅かです。
 至急着席してください。』


「エッ⁉︎ 入学テスト?」
『そうです、ミミリ。早く着席してください』

 ミミリは驚きながらも、玄関のドアを軽く2回ノックしてから、キィーッと音をたてて入っていった。

 家の中に住人はいなかった。
 ただ、それは問題ではない。
 それよりも、ミミリが感じた違和感は、空間の認識に差異があること。

 ミミリはこの家の正面、家の右寄りに構える玄関から中に入ったはずなのに、家に入ってすぐ、すぐ左側に壁がある。

「⁉︎」

 ミミリは、家の中に入っては出て、入っては出てを繰り返す。その不審な行動に、まだ家の中に踏み入っていないうさみとゼラは、心配そうにミミリに問う。

「ねぇ、どうしたのミミリ」
「怒らせすぎちゃったか? やっぱりオヤツは1個でいいよ。俺の分、ミミリにあげるから」

「……ほんとっ? じゃなかった、あのね! なんか変なの。空間が、歪んでる!」

 ミミリはゼラの申し出に喜ぶも、すぐさま話を本題に戻した。

 家の右寄りのドアから入ったなら、右側に壁はあるはず。しかしこの家は、左側に壁がある。この左側の壁は、ただの内壁である、というような推測にすら至らない。
 なぜなら、外から見て認識した家の大きさよりも、明らかにこの空間は大きい。
 広がるはずのない右側へ、家の中が広がっている。

「本当だ……」

 ミミリに続けて家の中へ入ってきたゼラもうさみも、同様に違和感を感じた。


 ……ガラガラ‼︎

 広がるはずのない部屋の右奥から、何やらドアを開けたような音がした。

「……エェッ」

 ミミリたちは、目を疑った。

 ……ドスッ、ドスッ!

 大きな者の、歩く音。

 白いワイシャツ、黒のネクタイ。
 ワイシャツは、紺のズボンにインさせて。黒のベルトで締めたお腹は、若干ぽっこりと前に出ている。
 白いワイシャツと紺のズボンの裾から覗かせるのは、逞しい茶色の手足。
 片腕で何かが入った壺を大事そうに抱き抱えている。
 そして、ワイシャツから出た茶色の首も逞しく。大きな顔に、黒縁眼鏡。
 逞しさに反して、小さな丸い耳が可愛らしい。

 その者は、黒縁眼鏡をクイッと手で上げながら、ミミリたちに向かって言った。

「着席してください。入学テストを始めます」

 家の前にあった立て札から推測するに、この者は、森のくま先生、その人だろう。

 次の瞬間、ミミリとゼラは、衝撃の発言をしたうさみに釘付けになる。


「あのくま先生、素敵……」


 うさみは、両手を合わせ、黒いビー玉の目をキラキラと輝かせてくま先生に見惚れている。
 そして、くま先生も続けて、耳を疑う衝撃の発言。

「愛らしいうさぎのお嬢さん。貴方との突然の出会いに、教師という身分でありながら胸が高鳴ります」
「せん、せい……!」

 どこかで聞いたような、キザなセリフを臆面もなく言うくま先生。

 うさみに突如訪れた、心を動かすくまとの出会い。
 『森のくま先生の錬金術士の錬成学校』、その教室に、桃色の風が優しく吹いた。


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