見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち

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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-35 大きな扉の向こう側

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 ……下へ下へと続く螺旋階段。

 拠点から奥へと続く5つの通路。
 一番右の通路は、この螺旋階段に続いていた。

 昨日探索した4つ目の通路の奥には緑色の扉があったが、施錠されていたため開けることができなかった。

 爆弾を使えば開けることは容易かったかもしれないが、この地下空洞で爆弾を使うのはかなりリスキーだ。爆発の衝撃で天井が崩落して、生き埋めになりかねない。
 そのため止むなく先へ進むのを諦めて、5つ目の通路の先、この螺旋階段に扉を開けるための鍵がないか、探しに来たところだ。


「どこまで続くんだろう……。落っこっちゃいそうで怖いよ」
「ほんとね。私なんて歩幅が小さいから、階段の隙間から落ちちゃうわよ」


 螺旋階段の下から風が噴き上げてくる。

 風に煽られるとすぐに落ちてしまいそうなうさみは、ミミリに抱き抱えられながら身を乗り出して下を見るが、まるでゴールがわからなかった。

 この螺旋階段は、筒状の空間。
 壁面のやはり眩い雷電石(らいでんせき)に突き刺さるように、厚さ10センチくらいの灰色の石が、幅1メートルくらいの階段として飛び出している。壁側ではないほうの階段の端には何もない。

 ミミリは右側に雷電石の壁を、左側は虚無の空間を。下から噴き上げる風に煽られながら、一段一段降りてゆく。
 気を抜くと落ちてしまいそうだが、なんと驚くことに、この螺旋階段には手摺りがある。おそらくこの手摺りは錬金術で造られたもの。【絶縁の軍手(グローブ)】と同じような効果を持つものだろう。素手で触っても感電することがない。

 ミミリは一つ心配なことがあった。

 この地下空洞に来た初日に起こったことが、どうしても脳内にフラッシュバックしてしまう。

 ミミリは先頭を行くゼラに向かって、自然体で質問できるよう心掛ける。
 ゼラを傷つけないよう、自然に、自然に…。

「コホン、ゼラ隊員、ご機嫌いかがかね」
「……プハッ‼︎」

 ゼラは思わず吹き出した。
 ミミリの後ろで、アルヒもクスクスと笑っている。
 ミミリの左腕でお腹を抱き抱えられて両手がフリーなうさみは、両手で口を押さえているが、抑えきれていない膨らんだ頬が、必死に笑いを堪えていることを物語っている。

「ハッ、お気遣いありがとうございます、ミミリ隊長! 体調は良好でございます!」

 ゼラは振り返りこそしないが、空いた左手で敬礼しながら返答した。

「なんかちょっと間違ったかもって自分でも恥ずかしく思ってるものを、そう、食い気味で乗ってこられると、結構くるものがあるね……」

 ミミリは顔から火が出そうになる感覚を覚えながら、ゼラに返事をした。
 ゼラはミミリの羞恥心に火をつけるべく、敬礼したまま役を続ける。

「この度は先遣の命を授かりましたこと、至極光栄に存じます! 私の五感の全てを以って、この任、全うさせていただきます!」
「ハイッ! うさみ副隊長も、探索魔法の任務、全うするで~あります!」

 うさみもミミリの腕の中で、ゼラを真似して敬礼する。

「…ちょ……」

 ミミリはまさかと思って、手すりを掴む右手の握力を強めながら、体勢を崩さないようゆっくり後ろを振り返ると、輝く雷電石(らいでんせき)の光を浴びながら、まさかのアルヒまで敬礼していた。

「はい、殿(しんがり)の任、私の生命活動の全てを以って、全う致します。……このような感じで、よろしいでしょうか」

 と、しとやかに微笑みながら少しだけ俯いて、アルヒはフフッとはにかんだ。

「はぁん、尊い……」

 うさみは相変わらずだが、このアルヒにはミミリも心を射抜かれた。

 これはもう、役を全うするしかない。

「……うむ。では先を行くぞ皆の者ぉ!」
「……プッ、ハッ、ハイッ‼︎ 参りましょう!」

 ……明らかにからかわれているけど、気にしないもん!

 ミミリは最早、開き直……れたらよかったのだが。

 ……やっぱり、恥ずかしいよおおお~!でも、ここでやめるのはもっと恥ずかしい!

 ミミリ隊長は、雷電石(らいでんせき)の壁面の光に負けないくらいに顔を赤らめて、階段を一歩一歩降りていった。



 螺旋階段の最後の階段を漸(ようや)く降りた場所。

 そこは、切り立った崖のようだった。
 拠点や5つの通路の地面はまるで整地されたかのように大きな石が敷き詰められていたが、ここは平たくはあるものの、石などはない剥き出しの地。
 無骨、という表現が適しているかもしれない。

 そして、遠くの方に見える大きな扉。
 雷電石(らいでんせき)で囲まれた螺旋階段の壁面にそぐわない、重厚な雰囲気を醸し出している左右2枚の両開き、漆黒の扉。

 左右の扉が合わさるところ、内端には、それぞれ大きな丸い輪が一つ付いている。あれが取手なのかもしれない。

 森の窪地の巨木と同じくらいの大きさくらいか。遠目だからこそ扉であると認識できるのかもしれず、近づいていたならば扉であるとは思いもせずに、ただの壁だと思ったかもしれない。
 それくらい大きな扉は、切り立った崖の向こう側に聳(そび)えていた。

 こちらの崖と、あちらの崖を結ぶのは、たった一つの木製の吊り橋。

 耐久度もわからないこの吊り橋を渡るには、かなりの勇気がいる。
 恐怖を更に煽るのは、切り立った崖の下は奈落の底かもしれないという懸念。崖の下には雷電石(らいでんせき)はないようで、元来はこうだろうと想像できる地下空洞の暗闇が眼下に広がっている。

 底知れぬ闇に、ミミリはゾクっと悪寒が走った。


「……俺が最初に行くよ」

 ゼラは拳をギュッと握って、力強く申し出た。

「いいえ、私が」

 制止したのはアルヒだった。

「私は機械人形(オートマタ)です。もし落下したとしても、壊れるだけで死亡するわけではありません。……と、このように述べたら優しい貴方たちは否定してくださるかもしれませんね。なので言い改めますと、破損したとしてもまた、いつの日か直してくださると思えば、恐れることは何もありません」
「それを言うなら私が。落ちたところで所詮ぬいぐるみ。痛くも痒くもない……ことはないけど、まぁ、何とかなるでしょ!」
「私も大丈夫だよ! たまには私だって、頑張らないとと思うから。それに私、隊長だし!」

 うさみはうぅ~んと唸って、これじゃあ決まらないわね、と腕組みをした。

「あのさ……」

 堂々巡りになりそうな話し合いの、主導権を握ったのはゼラだった。

「機械人形(オートマタ)だってぬいぐるみだって、俺にとってはミミリと同じ大事な女の子なんだよ。こういう時こそ、漢みせなきゃだよなって思うんだよな。それに、女の子を危険な目に遭わせておきながら、自分だけ悠々と安全な場所に、だなんて俺は耐えられない。……ということで、スケコマシ感を遺憾なく発揮させてもらおうかな!」
「なによゼラ、カッコいいじゃない! 見直したわよ、スケコマシ?」

 うさみからの、照れ隠しの最高の賛辞。
 ゼラはククッと笑って、
「では、ミミリ隊長! 先遣の任、引き続き従事させていただきます!」
 と、勢いよく敬礼する漢気溢れる漢の中の漢……と思いきや。勇ましいセリフの後に続けて、ヒソヒソ声でゼラは言う。

「……だけどさミミリ、【マジックバッグ】の中にロープとかそういうのがあったら、出してくれないかな。命綱として落ちた時の保険が欲しい」

 うさみはゼラの言葉を聞いて、褒めたのやっぱり訂正しようかしら、と聞こえる声でゼラをからかった。



「ゼラくん、本当に気をつけてね! 落ちても大丈夫なように、しっかりと命綱、みんなで握っておくからね‼︎」

 ミミリの声に、ゼラは今一度腰に巻いた命綱のロープが固く結ばれていることをギュッと引っ張って確認する。
 ミミリの声に背を向けながら、声の代わりに片手を挙げて返事するゼラ。内心は不安と恐怖が入り混じり、緊張から声を発することすら負荷を感じた。

 ゼラは、一歩、また一歩と木製の吊り橋を渡ってゆく。

 幸いなことに、両腕を水平に上げた位置に手摺りがあるため、揺れる吊り橋でもバランスを取ることは優しくはないが難しすぎもしない。
 それでも下から噴き上げる風に吊り橋が煽られ、時折歩くのをやめなければならないこともあった。

 ……ビュウゥゥ‼︎

 下から噴き上げる風の音。そして……

 ……ボッ!……ボッ!

 一歩、また一歩と歩くたびに、ゼラが少し見上げた位置くらいに、蒼い火の玉が次々と点灯していく。それも、ゼラを中央に挟んだ位置で。蒼い火の玉は左右同時のタイミング点灯する。

「なんだよ、これ……」

 さすがのゼラも身の毛がよだった。

 しかも、重厚な漆黒の扉に近づけば近づくほど、風の音とも、蒼い火の玉とも異なる「何か」の音が、次第に大きくなっていく。

 ……オォォ、オオオォォ、オォォォォ‼︎

 ゼラが橋を渡り終えた時、一つの懸念が頭をよぎった。

 ……グォォォ‼︎グォォォ‼︎

「まさか、何か、この奥にいるのか⁉︎」

 この扉の大きさに見合った、とてつもない大きな何かが。

 ゼラは大声を張り上げて扉の向こうの「何か」に気づかれてはならなかったので、
「こっちに来るな!」
 と身振り手振りでミミリたちにジェスチャーをしてみるが、上手く伝わらなかったようで、うさみを抱いているようなミミリが橋を渡り始めたのを遠目で確認した。

「……クソッ! こうなることを想定して、引き返す場合の合図を決めておくんだった!」

 時すでに遅し。
 今はミミリとうさみに万一があった際に引き上げられるよう、命綱に集中するしかなかった。



 時間をかけて、なんとか無事に橋を渡り終えることができたミミうさ探検隊。
 しかし、ミミリとうさみの表情からは橋を渡り終えた喜びは感じられず、それどころか顔が青ざめている。

 それもそのはず。

 ゼラと同様に、扉を目前に、例の「何か」の音の根源が、扉のすぐ向こう側にいることに気がついたからだ。

 そんな中、アルヒから重大な事実が明かされる。


「この扉の向こうには、雷電石(らいでんせき)の地下空洞の主がいますが、せっかくなので行ってみましょう」


 ……グオォォォ‼︎ グオォォォォォ‼︎


 ミミうさ探検隊のスーパーバイザー、アルヒ監督官はもちろんご存知だったようで。

「……」

 聞こえる大音量と爆弾発言に、アルヒ監督官を除くミミうさ探検隊の一同は絶句した。

 アルヒの荒療治は、まだ終わっていなかったようだ。


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