見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち

文字の大きさ
上 下
36 / 207
第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-35 大きな扉の向こう側

しおりを挟む
 ……下へ下へと続く螺旋階段。

 拠点から奥へと続く5つの通路。
 一番右の通路は、この螺旋階段に続いていた。

 昨日探索した4つ目の通路の奥には緑色の扉があったが、施錠されていたため開けることができなかった。

 爆弾を使えば開けることは容易かったかもしれないが、この地下空洞で爆弾を使うのはかなりリスキーだ。爆発の衝撃で天井が崩落して、生き埋めになりかねない。
 そのため止むなく先へ進むのを諦めて、5つ目の通路の先、この螺旋階段に扉を開けるための鍵がないか、探しに来たところだ。


「どこまで続くんだろう……。落っこっちゃいそうで怖いよ」
「ほんとね。私なんて歩幅が小さいから、階段の隙間から落ちちゃうわよ」


 螺旋階段の下から風が噴き上げてくる。

 風に煽られるとすぐに落ちてしまいそうなうさみは、ミミリに抱き抱えられながら身を乗り出して下を見るが、まるでゴールがわからなかった。

 この螺旋階段は、筒状の空間。
 壁面のやはり眩い雷電石(らいでんせき)に突き刺さるように、厚さ10センチくらいの灰色の石が、幅1メートルくらいの階段として飛び出している。壁側ではないほうの階段の端には何もない。

 ミミリは右側に雷電石の壁を、左側は虚無の空間を。下から噴き上げる風に煽られながら、一段一段降りてゆく。
 気を抜くと落ちてしまいそうだが、なんと驚くことに、この螺旋階段には手摺りがある。おそらくこの手摺りは錬金術で造られたもの。【絶縁の軍手(グローブ)】と同じような効果を持つものだろう。素手で触っても感電することがない。

 ミミリは一つ心配なことがあった。

 この地下空洞に来た初日に起こったことが、どうしても脳内にフラッシュバックしてしまう。

 ミミリは先頭を行くゼラに向かって、自然体で質問できるよう心掛ける。
 ゼラを傷つけないよう、自然に、自然に…。

「コホン、ゼラ隊員、ご機嫌いかがかね」
「……プハッ‼︎」

 ゼラは思わず吹き出した。
 ミミリの後ろで、アルヒもクスクスと笑っている。
 ミミリの左腕でお腹を抱き抱えられて両手がフリーなうさみは、両手で口を押さえているが、抑えきれていない膨らんだ頬が、必死に笑いを堪えていることを物語っている。

「ハッ、お気遣いありがとうございます、ミミリ隊長! 体調は良好でございます!」

 ゼラは振り返りこそしないが、空いた左手で敬礼しながら返答した。

「なんかちょっと間違ったかもって自分でも恥ずかしく思ってるものを、そう、食い気味で乗ってこられると、結構くるものがあるね……」

 ミミリは顔から火が出そうになる感覚を覚えながら、ゼラに返事をした。
 ゼラはミミリの羞恥心に火をつけるべく、敬礼したまま役を続ける。

「この度は先遣の命を授かりましたこと、至極光栄に存じます! 私の五感の全てを以って、この任、全うさせていただきます!」
「ハイッ! うさみ副隊長も、探索魔法の任務、全うするで~あります!」

 うさみもミミリの腕の中で、ゼラを真似して敬礼する。

「…ちょ……」

 ミミリはまさかと思って、手すりを掴む右手の握力を強めながら、体勢を崩さないようゆっくり後ろを振り返ると、輝く雷電石(らいでんせき)の光を浴びながら、まさかのアルヒまで敬礼していた。

「はい、殿(しんがり)の任、私の生命活動の全てを以って、全う致します。……このような感じで、よろしいでしょうか」

 と、しとやかに微笑みながら少しだけ俯いて、アルヒはフフッとはにかんだ。

「はぁん、尊い……」

 うさみは相変わらずだが、このアルヒにはミミリも心を射抜かれた。

 これはもう、役を全うするしかない。

「……うむ。では先を行くぞ皆の者ぉ!」
「……プッ、ハッ、ハイッ‼︎ 参りましょう!」

 ……明らかにからかわれているけど、気にしないもん!

 ミミリは最早、開き直……れたらよかったのだが。

 ……やっぱり、恥ずかしいよおおお~!でも、ここでやめるのはもっと恥ずかしい!

 ミミリ隊長は、雷電石(らいでんせき)の壁面の光に負けないくらいに顔を赤らめて、階段を一歩一歩降りていった。



 螺旋階段の最後の階段を漸(ようや)く降りた場所。

 そこは、切り立った崖のようだった。
 拠点や5つの通路の地面はまるで整地されたかのように大きな石が敷き詰められていたが、ここは平たくはあるものの、石などはない剥き出しの地。
 無骨、という表現が適しているかもしれない。

 そして、遠くの方に見える大きな扉。
 雷電石(らいでんせき)で囲まれた螺旋階段の壁面にそぐわない、重厚な雰囲気を醸し出している左右2枚の両開き、漆黒の扉。

 左右の扉が合わさるところ、内端には、それぞれ大きな丸い輪が一つ付いている。あれが取手なのかもしれない。

 森の窪地の巨木と同じくらいの大きさくらいか。遠目だからこそ扉であると認識できるのかもしれず、近づいていたならば扉であるとは思いもせずに、ただの壁だと思ったかもしれない。
 それくらい大きな扉は、切り立った崖の向こう側に聳(そび)えていた。

 こちらの崖と、あちらの崖を結ぶのは、たった一つの木製の吊り橋。

 耐久度もわからないこの吊り橋を渡るには、かなりの勇気がいる。
 恐怖を更に煽るのは、切り立った崖の下は奈落の底かもしれないという懸念。崖の下には雷電石(らいでんせき)はないようで、元来はこうだろうと想像できる地下空洞の暗闇が眼下に広がっている。

 底知れぬ闇に、ミミリはゾクっと悪寒が走った。


「……俺が最初に行くよ」

 ゼラは拳をギュッと握って、力強く申し出た。

「いいえ、私が」

 制止したのはアルヒだった。

「私は機械人形(オートマタ)です。もし落下したとしても、壊れるだけで死亡するわけではありません。……と、このように述べたら優しい貴方たちは否定してくださるかもしれませんね。なので言い改めますと、破損したとしてもまた、いつの日か直してくださると思えば、恐れることは何もありません」
「それを言うなら私が。落ちたところで所詮ぬいぐるみ。痛くも痒くもない……ことはないけど、まぁ、何とかなるでしょ!」
「私も大丈夫だよ! たまには私だって、頑張らないとと思うから。それに私、隊長だし!」

 うさみはうぅ~んと唸って、これじゃあ決まらないわね、と腕組みをした。

「あのさ……」

 堂々巡りになりそうな話し合いの、主導権を握ったのはゼラだった。

「機械人形(オートマタ)だってぬいぐるみだって、俺にとってはミミリと同じ大事な女の子なんだよ。こういう時こそ、漢みせなきゃだよなって思うんだよな。それに、女の子を危険な目に遭わせておきながら、自分だけ悠々と安全な場所に、だなんて俺は耐えられない。……ということで、スケコマシ感を遺憾なく発揮させてもらおうかな!」
「なによゼラ、カッコいいじゃない! 見直したわよ、スケコマシ?」

 うさみからの、照れ隠しの最高の賛辞。
 ゼラはククッと笑って、
「では、ミミリ隊長! 先遣の任、引き続き従事させていただきます!」
 と、勢いよく敬礼する漢気溢れる漢の中の漢……と思いきや。勇ましいセリフの後に続けて、ヒソヒソ声でゼラは言う。

「……だけどさミミリ、【マジックバッグ】の中にロープとかそういうのがあったら、出してくれないかな。命綱として落ちた時の保険が欲しい」

 うさみはゼラの言葉を聞いて、褒めたのやっぱり訂正しようかしら、と聞こえる声でゼラをからかった。



「ゼラくん、本当に気をつけてね! 落ちても大丈夫なように、しっかりと命綱、みんなで握っておくからね‼︎」

 ミミリの声に、ゼラは今一度腰に巻いた命綱のロープが固く結ばれていることをギュッと引っ張って確認する。
 ミミリの声に背を向けながら、声の代わりに片手を挙げて返事するゼラ。内心は不安と恐怖が入り混じり、緊張から声を発することすら負荷を感じた。

 ゼラは、一歩、また一歩と木製の吊り橋を渡ってゆく。

 幸いなことに、両腕を水平に上げた位置に手摺りがあるため、揺れる吊り橋でもバランスを取ることは優しくはないが難しすぎもしない。
 それでも下から噴き上げる風に吊り橋が煽られ、時折歩くのをやめなければならないこともあった。

 ……ビュウゥゥ‼︎

 下から噴き上げる風の音。そして……

 ……ボッ!……ボッ!

 一歩、また一歩と歩くたびに、ゼラが少し見上げた位置くらいに、蒼い火の玉が次々と点灯していく。それも、ゼラを中央に挟んだ位置で。蒼い火の玉は左右同時のタイミング点灯する。

「なんだよ、これ……」

 さすがのゼラも身の毛がよだった。

 しかも、重厚な漆黒の扉に近づけば近づくほど、風の音とも、蒼い火の玉とも異なる「何か」の音が、次第に大きくなっていく。

 ……オォォ、オオオォォ、オォォォォ‼︎

 ゼラが橋を渡り終えた時、一つの懸念が頭をよぎった。

 ……グォォォ‼︎グォォォ‼︎

「まさか、何か、この奥にいるのか⁉︎」

 この扉の大きさに見合った、とてつもない大きな何かが。

 ゼラは大声を張り上げて扉の向こうの「何か」に気づかれてはならなかったので、
「こっちに来るな!」
 と身振り手振りでミミリたちにジェスチャーをしてみるが、上手く伝わらなかったようで、うさみを抱いているようなミミリが橋を渡り始めたのを遠目で確認した。

「……クソッ! こうなることを想定して、引き返す場合の合図を決めておくんだった!」

 時すでに遅し。
 今はミミリとうさみに万一があった際に引き上げられるよう、命綱に集中するしかなかった。



 時間をかけて、なんとか無事に橋を渡り終えることができたミミうさ探検隊。
 しかし、ミミリとうさみの表情からは橋を渡り終えた喜びは感じられず、それどころか顔が青ざめている。

 それもそのはず。

 ゼラと同様に、扉を目前に、例の「何か」の音の根源が、扉のすぐ向こう側にいることに気がついたからだ。

 そんな中、アルヒから重大な事実が明かされる。


「この扉の向こうには、雷電石(らいでんせき)の地下空洞の主がいますが、せっかくなので行ってみましょう」


 ……グオォォォ‼︎ グオォォォォォ‼︎


 ミミうさ探検隊のスーパーバイザー、アルヒ監督官はもちろんご存知だったようで。

「……」

 聞こえる大音量と爆弾発言に、アルヒ監督官を除くミミうさ探検隊の一同は絶句した。

 アルヒの荒療治は、まだ終わっていなかったようだ。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完】ノラ・ジョイ シリーズ

丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴* ▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー ▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!? ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

魔法使いアルル

かのん
児童書・童話
 今年で10歳になるアルルは、月夜の晩、自分の誕生日に納屋の中でこっそりとパンを食べながら歌を歌っていた。  これまで自分以外に誰にも祝われる事のなかった日。  だが、偉大な大魔法使いに出会うことでアルルの世界は色を変えていく。  孤独な少女アルルが、魔法使いになって奮闘する物語。  ありがたいことに書籍化が進行中です!ありがとうございます。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

ヴァンパイアハーフにまもられて

クナリ
児童書・童話
中学二年の凛は、文芸部に所属している。 ある日、夜道を歩いていた凛は、この世ならぬ領域に踏み込んでしまい、化け物に襲われてしまう。 そこを助けてくれたのは、ツクヨミと名乗る少年だった。 ツクヨミに従うカラス、ツクヨミの「妹」だという幽霊、そして凛たちに危害を加えようとする敵の怪異たち。 ある日突然少女が非日常の世界に入り込んだ、ホラーファンタジーです。

転生チートがマヨビームってなんなのっ?!

児童書・童話
14歳の平凡な看板娘にいきなり“世界を救え”とか無茶ブリすぎない??しかも職業が≪聖女≫で、能力が……≪マヨビーム≫?!神託を受け、連行された神殿で≪マヨビーム≫の文字を見た途端、エマは思い出した。前世の記憶を。そして同時にブチ切れた。「マヨビームでどうやって世界を救えっていうのよ?!!」これはなんだかんだでマヨビーム(マヨビームとか言いつつ、他の調味料もだせる)を大活用しつつ、“世界を救う”旅に出たエマたちの物語。3月中は毎日更新予定!

処理中です...