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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-33 雷電石の地下空洞へと続く、長い長い、暗闇の階段

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 窪地の中央に空いた穴には、地下空洞に続く階段があった。モンスターではない生き物が地下空洞の中へ入りやすいよう造られた階段。
 こうして階段の入り口付近から少し見ただけでも、これが歩幅も高さも、明らかに人間を想定して造られているのではないかと思ってしまうほど。
 ミミリはここ一帯に違和感を感じた。
 人為的に造られたであろうと感じたそれは、恐らく間違いではない。


 地下空洞への入り口を前に、珍しくうさみが弱気な発言をする。

「私でも中に入るの結構、躊躇(ためら)うくらい、怖いんだけど。階段はどこまで続くのか、果たして底はあるのかしら。そんなことばかり、頭に浮かぶもの」

 底が知れない、という言葉はある意味相応しい。

 この地下空洞の階段はどこまで続くのか、そしてどのような危険を内包しているのか。
 まさに底が計り知れない。

 ミミリは恐怖で身体が震えた。

「うん、本当だね。私も怖い。すごく真っ暗だよ」
「大丈夫、俺が必ず、ミミリを守るよ」

 ゼラはミミリの手をそっと握った。
 しかし、ゼラの手は言葉に反してガタガタと震えている。
 うさみも負けじとミミリの反対の手を背伸びしてつかんで、半ば吊られる格好に。不安定な体勢とは裏腹に、うさみは頼もしい発言をする。

「あら、聞き捨てならないわね。ミミリは私が必ず守るから。ついでに守ってあげてもいいのよ、後輩くん?」
「……よろしくお願いします、うさみ先輩」

 アルヒは全員の意思が固まったのを確認して、出発の合図を告げる。

「さぁ、行きましょうか」


 うさみの魔法、灯(とも)し陽(ひ)の灯りを頼りに、暗い階段を一歩、また一歩と降り進めていくミミリ一行。

 この階段には手すりがない。
 そしてやはり灯りもない。
 この空間は、人間の大人1人が身を屈めずに通れる程度。
 階段の角度に合わせて天井も側面も計画的に掘り進められていったのではないかと思えるほどに、階段を降りるにあたって背を屈めることも身を捩らせることも要求されない。
 ただ、頼れる灯りがうさみの魔法のみという環境下、鮮明に周りを視認することができないのに、身体を支えるため側面に手を添えることも憚られる。
 頼れるのは自分の脚力のみ。
 それゆえ、確実に一段一段降りていくしかない。
 意識を足に集中させているというのに、先程から湿気を帯びた重たい空気が顔周りをしつこく触ってくる。
 ミミリはそれがとても不快だった。

 ミミリは不快感を感じつつも、下へ下へと続く階段を降りながら先程から抱いていた疑問を確信に変えるため、アルヒに質問をした。

「ねぇアルヒ。この地下空洞って人為的に造られたものだよね? この階段なんか、特にそう。もしかしてこれって、アルヒたちのご主人様が?」

 ……コツ……ン、コツ……!

 降りる度に自分達の足音が響く空洞。
 ミミリの声も反響して響いている。

「ご推察のとおりですが、補足致しますと、地下空洞の発見は偶然の産物でした」
「でも、偶然にしてはあまりに不自然な窪みだなぁって思ったんだよね。まるで『何か』で故意に抉ったみたいに」
「それは私も思ったわ! 同じ森の中なのに、魅惑草がいた窪地とは、明らかに違ったものね。……ゼラもそう思ったでしょ?」

「……」

 ……後に続いているはずの、ゼラから何故か返答がない。
 ミミリは背筋に冷や水を垂らしたように、ゾワッと悪寒が身体を走った。

「……ゼ、ゼラ、くん⁇」

 ……ミミリは、恐る恐る、後ろを振り返る。

 後ろには……。
 暗闇のなか、じんわり光る暖色の灯(とも)し陽(ひ)に照らされて、赤い瞳がぼんやり二つ。
 蒼白い顔にそぞろな目。
 息遣いの荒いままに、それはミミリを見下ろしている。

「キャアァァ‼︎」

 ミミリはたちまち、悲鳴を上げた。

 ーーキャアァァ‼︎
 ーーキャアァァァ‼︎
 ーーキャアァァァァ‼︎
 
 ミミリの大きな悲鳴が、階段に反響して耳をつんざく。

「どうしましたか⁉︎」
「どうしたのミミリ⁉︎」

 階段の横幅は人が一人通れるほどしかないため、一列縦隊の先頭を行くアルヒとうさみは、振り返っても殿(しんがり)を務めるゼラを確認することができない。

 すると、後方から聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

「ははは……。ミミリ、やだな……俺だよ、ゼラ」

「……え、ゼラ……くん?」

 ミミリは落ち着いてからもう一度後方を見ると、そこにいたのは、お化けではなくゼラだった。

「……そうだ……よ。モンスターとでも、思ったのか?まさ……か、お化けと間違ったりして……ないよな?」

 ゼラは苦虫を噛んだような顔をしながら、ははは、と力なく笑う。
 ……顔面蒼白に、今にも倒れそうな虚な目。はぁはぁと息遣いも荒く、立っているのがやっとな様子。

「ねぇ、ゼラくん、体調悪いでしょ? 戻ろうよ、家に」

 ミミリの声から、ゼラの唯ならぬ様子を感じ取ったうさみ。そしてアルヒも。

「エェッ、大丈夫? 無理するのはよくないわよ⁉︎」
「そうです、ゼラ。逸(はや)る気持ちはお察ししますが、行き過ぎた負荷は成長の妨げとなる場合もありますよ」

「……みんな、心配かけてごめん。……でも大丈夫。俺は、前に進むって決めたんだ。これは、俺の問題だから……。……大丈夫、行こう」

 明らかに無理をしているゼラが心配でならず、ミミリはやはり先へ進むのを止めようと提案するため、ゼラの意見に反論をしようとした。

「……でも、ゼラくん……」
「……頼む。俺は平気だから、行こう。先に進ませてくれ」

 ゼラはミミリの言葉を遮って、震える声を絞り出して固い意思を口にする。
 ミミリはゼラの決死の想いを感じ取った。

「……うん、わかったよ。先に進もう」



 ……ポフッ‼︎
 うさみは、最後の階段を降りたその先で、灯(とも)し陽(ひ)の魔法を解除した。

「もう、灯りは必要ないわね」
「そうですね。目を開けるのが辛いくらいです」

 眩いほどに黄色く光る発光体。
 先程の暗闇が続く長い階段が嘘のように、奥行き深く広がる地下空洞の、壁面は全て輝いていた。

 ……カツン‼︎
 うさみの到着から間を開けず、すぐにミミリが降りてきた。

 ミミリは最後の階段を降りてすぐ、振り返ってゼラに手を伸ばす。

「つかまって! ゼラくん‼︎」
「ありが……とう。」

 ミミリとゼラには距離がある。
 ゼラは時間をかけて距離を詰め、ミミリの手を震える手でやっと握り返して、力無い足取りでよろめきながら最後の階段を降り切った。

「……わぁッ‼︎」

 ゼラはフラッと膝をついたので、支えきれなかったミミリも一緒に脇に座り込んでしまった。

 輝く壁面を背景に、ゼラは両手を地下空洞の地面に押しつけ、震える腕で震える身体をやっと支えている。
 ミミリはゼラの傍に寄り添い、ゼラの背中をそっとさする。

「ゼラくん、大丈夫⁉︎」
「ゼラ、大丈夫⁇」
「大丈夫ですか、ゼラ」

 うさみもアルヒも、ゼラに駆け寄って心配そうにゼラを気遣うが、ゼラの震えは止まらない。

 ゼラは、オエッ、オエェッと何度もえずいて、今にも食べたものを全て吐き戻しそうになったが、なんとかそれは持ち堪えた。

 ミミリはすかさず、【マジックバッグ】の中から、人肌に冷めた白湯を取り出した。そして大きなクッションも。

「今は、味がついてないものの方が、いいかなって思ったから。落ち着いたら、ゆっくり飲んで……」

 ゼラをその場でクッションに寄りかからせ、ゼラの震えが止まるのを待ってから、暖かい白湯が入ったコップを手渡した。

「……ありがとう。みんなには、情けない、不甲斐ないところをまた見せちゃったな。自他ともに認めるコシヌカシだな、これじゃ……」

 ゼラは自虐的に笑ってみせる。

「ちょっと、やめなさいよ、自分を貶(おとし)めるのは」
「はは、たまにはこういうのもいいかもな。うさみが珍しく俺に優しい」

 うさみはいつもならプリプリと怒るところだが、今は決してそんな気になれない。

「ゼラくん、無理、しないで?」
「そうですよ、ゼラ。落ち着くまで、会話しなくても大丈夫ですよ」

「――癒しの春風(しゅんぷう)」

 うさみは、ゼラに回復魔法をかけた。

「調子狂うんだから、早く良くなってよね」

「ありがとう、うさみ先輩?俺、急に体調悪くなっちゃってさ、食べすぎたかなぁ、焼肉。は、はは……」
「もー‼︎ ゼラくんてば、欲張って食べるからだよ⁇」
「ミミリほどは、食べてないんだけどな?」

 ゼラは悟られまいと気丈に振る舞ってはいるが、うさみは回復魔法に手応えを感じることができなかった。

 ……これは、外傷や体調が原因ではないわね。

 うさみは察し、心に秘めた。
 触れてはいけない、ゼラの秘密を。

 ……それはミミリも、アルヒも同じで。
 短い時間だが、濃密な時間を共に過ごしてきた。
 ゼラは最早、大事な家族。
 ゼラが悟られたくないと思う気持ちを、無理強いして吐露させる気など毛頭なかった。

 いつか、ゼラが自ら打ち明けたくなる、その日まで。
 ゼラの秘密にそっと蓋をした。


「今気がついたんだけど、すごく眩しいね。この地下空洞」

 ミミリは漸(ようや)く辺りへ意識を向け始めた。
 眩いほどに、輝く壁面。

 それはゼラも同じだった。
 自分があまりにも眩しい環境にやってきたのだということを、吐き気が治まり周りに目を向けられるようになった今、漸(ようや)く知った。

「ハッ、まさか……」

 別の恐怖で、震えだすゼラに。
 アルヒはゼラを心配しながらも、包み隠さず事実を伝える。

「えぇ。そのまさかですよ、ゼラ。壁面全てが、雷電石(らいでんせき)そのものですから、触れればたちまち、電流が走ります」


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