見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち

文字の大きさ
上 下
34 / 207
第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-33 雷電石の地下空洞へと続く、長い長い、暗闇の階段

しおりを挟む
 窪地の中央に空いた穴には、地下空洞に続く階段があった。モンスターではない生き物が地下空洞の中へ入りやすいよう造られた階段。
 こうして階段の入り口付近から少し見ただけでも、これが歩幅も高さも、明らかに人間を想定して造られているのではないかと思ってしまうほど。
 ミミリはここ一帯に違和感を感じた。
 人為的に造られたであろうと感じたそれは、恐らく間違いではない。


 地下空洞への入り口を前に、珍しくうさみが弱気な発言をする。

「私でも中に入るの結構、躊躇(ためら)うくらい、怖いんだけど。階段はどこまで続くのか、果たして底はあるのかしら。そんなことばかり、頭に浮かぶもの」

 底が知れない、という言葉はある意味相応しい。

 この地下空洞の階段はどこまで続くのか、そしてどのような危険を内包しているのか。
 まさに底が計り知れない。

 ミミリは恐怖で身体が震えた。

「うん、本当だね。私も怖い。すごく真っ暗だよ」
「大丈夫、俺が必ず、ミミリを守るよ」

 ゼラはミミリの手をそっと握った。
 しかし、ゼラの手は言葉に反してガタガタと震えている。
 うさみも負けじとミミリの反対の手を背伸びしてつかんで、半ば吊られる格好に。不安定な体勢とは裏腹に、うさみは頼もしい発言をする。

「あら、聞き捨てならないわね。ミミリは私が必ず守るから。ついでに守ってあげてもいいのよ、後輩くん?」
「……よろしくお願いします、うさみ先輩」

 アルヒは全員の意思が固まったのを確認して、出発の合図を告げる。

「さぁ、行きましょうか」


 うさみの魔法、灯(とも)し陽(ひ)の灯りを頼りに、暗い階段を一歩、また一歩と降り進めていくミミリ一行。

 この階段には手すりがない。
 そしてやはり灯りもない。
 この空間は、人間の大人1人が身を屈めずに通れる程度。
 階段の角度に合わせて天井も側面も計画的に掘り進められていったのではないかと思えるほどに、階段を降りるにあたって背を屈めることも身を捩らせることも要求されない。
 ただ、頼れる灯りがうさみの魔法のみという環境下、鮮明に周りを視認することができないのに、身体を支えるため側面に手を添えることも憚られる。
 頼れるのは自分の脚力のみ。
 それゆえ、確実に一段一段降りていくしかない。
 意識を足に集中させているというのに、先程から湿気を帯びた重たい空気が顔周りをしつこく触ってくる。
 ミミリはそれがとても不快だった。

 ミミリは不快感を感じつつも、下へ下へと続く階段を降りながら先程から抱いていた疑問を確信に変えるため、アルヒに質問をした。

「ねぇアルヒ。この地下空洞って人為的に造られたものだよね? この階段なんか、特にそう。もしかしてこれって、アルヒたちのご主人様が?」

 ……コツ……ン、コツ……!

 降りる度に自分達の足音が響く空洞。
 ミミリの声も反響して響いている。

「ご推察のとおりですが、補足致しますと、地下空洞の発見は偶然の産物でした」
「でも、偶然にしてはあまりに不自然な窪みだなぁって思ったんだよね。まるで『何か』で故意に抉ったみたいに」
「それは私も思ったわ! 同じ森の中なのに、魅惑草がいた窪地とは、明らかに違ったものね。……ゼラもそう思ったでしょ?」

「……」

 ……後に続いているはずの、ゼラから何故か返答がない。
 ミミリは背筋に冷や水を垂らしたように、ゾワッと悪寒が身体を走った。

「……ゼ、ゼラ、くん⁇」

 ……ミミリは、恐る恐る、後ろを振り返る。

 後ろには……。
 暗闇のなか、じんわり光る暖色の灯(とも)し陽(ひ)に照らされて、赤い瞳がぼんやり二つ。
 蒼白い顔にそぞろな目。
 息遣いの荒いままに、それはミミリを見下ろしている。

「キャアァァ‼︎」

 ミミリはたちまち、悲鳴を上げた。

 ーーキャアァァ‼︎
 ーーキャアァァァ‼︎
 ーーキャアァァァァ‼︎
 
 ミミリの大きな悲鳴が、階段に反響して耳をつんざく。

「どうしましたか⁉︎」
「どうしたのミミリ⁉︎」

 階段の横幅は人が一人通れるほどしかないため、一列縦隊の先頭を行くアルヒとうさみは、振り返っても殿(しんがり)を務めるゼラを確認することができない。

 すると、後方から聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

「ははは……。ミミリ、やだな……俺だよ、ゼラ」

「……え、ゼラ……くん?」

 ミミリは落ち着いてからもう一度後方を見ると、そこにいたのは、お化けではなくゼラだった。

「……そうだ……よ。モンスターとでも、思ったのか?まさ……か、お化けと間違ったりして……ないよな?」

 ゼラは苦虫を噛んだような顔をしながら、ははは、と力なく笑う。
 ……顔面蒼白に、今にも倒れそうな虚な目。はぁはぁと息遣いも荒く、立っているのがやっとな様子。

「ねぇ、ゼラくん、体調悪いでしょ? 戻ろうよ、家に」

 ミミリの声から、ゼラの唯ならぬ様子を感じ取ったうさみ。そしてアルヒも。

「エェッ、大丈夫? 無理するのはよくないわよ⁉︎」
「そうです、ゼラ。逸(はや)る気持ちはお察ししますが、行き過ぎた負荷は成長の妨げとなる場合もありますよ」

「……みんな、心配かけてごめん。……でも大丈夫。俺は、前に進むって決めたんだ。これは、俺の問題だから……。……大丈夫、行こう」

 明らかに無理をしているゼラが心配でならず、ミミリはやはり先へ進むのを止めようと提案するため、ゼラの意見に反論をしようとした。

「……でも、ゼラくん……」
「……頼む。俺は平気だから、行こう。先に進ませてくれ」

 ゼラはミミリの言葉を遮って、震える声を絞り出して固い意思を口にする。
 ミミリはゼラの決死の想いを感じ取った。

「……うん、わかったよ。先に進もう」



 ……ポフッ‼︎
 うさみは、最後の階段を降りたその先で、灯(とも)し陽(ひ)の魔法を解除した。

「もう、灯りは必要ないわね」
「そうですね。目を開けるのが辛いくらいです」

 眩いほどに黄色く光る発光体。
 先程の暗闇が続く長い階段が嘘のように、奥行き深く広がる地下空洞の、壁面は全て輝いていた。

 ……カツン‼︎
 うさみの到着から間を開けず、すぐにミミリが降りてきた。

 ミミリは最後の階段を降りてすぐ、振り返ってゼラに手を伸ばす。

「つかまって! ゼラくん‼︎」
「ありが……とう。」

 ミミリとゼラには距離がある。
 ゼラは時間をかけて距離を詰め、ミミリの手を震える手でやっと握り返して、力無い足取りでよろめきながら最後の階段を降り切った。

「……わぁッ‼︎」

 ゼラはフラッと膝をついたので、支えきれなかったミミリも一緒に脇に座り込んでしまった。

 輝く壁面を背景に、ゼラは両手を地下空洞の地面に押しつけ、震える腕で震える身体をやっと支えている。
 ミミリはゼラの傍に寄り添い、ゼラの背中をそっとさする。

「ゼラくん、大丈夫⁉︎」
「ゼラ、大丈夫⁇」
「大丈夫ですか、ゼラ」

 うさみもアルヒも、ゼラに駆け寄って心配そうにゼラを気遣うが、ゼラの震えは止まらない。

 ゼラは、オエッ、オエェッと何度もえずいて、今にも食べたものを全て吐き戻しそうになったが、なんとかそれは持ち堪えた。

 ミミリはすかさず、【マジックバッグ】の中から、人肌に冷めた白湯を取り出した。そして大きなクッションも。

「今は、味がついてないものの方が、いいかなって思ったから。落ち着いたら、ゆっくり飲んで……」

 ゼラをその場でクッションに寄りかからせ、ゼラの震えが止まるのを待ってから、暖かい白湯が入ったコップを手渡した。

「……ありがとう。みんなには、情けない、不甲斐ないところをまた見せちゃったな。自他ともに認めるコシヌカシだな、これじゃ……」

 ゼラは自虐的に笑ってみせる。

「ちょっと、やめなさいよ、自分を貶(おとし)めるのは」
「はは、たまにはこういうのもいいかもな。うさみが珍しく俺に優しい」

 うさみはいつもならプリプリと怒るところだが、今は決してそんな気になれない。

「ゼラくん、無理、しないで?」
「そうですよ、ゼラ。落ち着くまで、会話しなくても大丈夫ですよ」

「――癒しの春風(しゅんぷう)」

 うさみは、ゼラに回復魔法をかけた。

「調子狂うんだから、早く良くなってよね」

「ありがとう、うさみ先輩?俺、急に体調悪くなっちゃってさ、食べすぎたかなぁ、焼肉。は、はは……」
「もー‼︎ ゼラくんてば、欲張って食べるからだよ⁇」
「ミミリほどは、食べてないんだけどな?」

 ゼラは悟られまいと気丈に振る舞ってはいるが、うさみは回復魔法に手応えを感じることができなかった。

 ……これは、外傷や体調が原因ではないわね。

 うさみは察し、心に秘めた。
 触れてはいけない、ゼラの秘密を。

 ……それはミミリも、アルヒも同じで。
 短い時間だが、濃密な時間を共に過ごしてきた。
 ゼラは最早、大事な家族。
 ゼラが悟られたくないと思う気持ちを、無理強いして吐露させる気など毛頭なかった。

 いつか、ゼラが自ら打ち明けたくなる、その日まで。
 ゼラの秘密にそっと蓋をした。


「今気がついたんだけど、すごく眩しいね。この地下空洞」

 ミミリは漸(ようや)く辺りへ意識を向け始めた。
 眩いほどに、輝く壁面。

 それはゼラも同じだった。
 自分があまりにも眩しい環境にやってきたのだということを、吐き気が治まり周りに目を向けられるようになった今、漸(ようや)く知った。

「ハッ、まさか……」

 別の恐怖で、震えだすゼラに。
 アルヒはゼラを心配しながらも、包み隠さず事実を伝える。

「えぇ。そのまさかですよ、ゼラ。壁面全てが、雷電石(らいでんせき)そのものですから、触れればたちまち、電流が走ります」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

悪女の死んだ国

神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。 悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか......... 2話完結 1/14に2話の内容を増やしました

かつて聖女は悪女と呼ばれていた

楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」 この聖女、悪女よりもタチが悪い!? 悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!! 聖女が華麗にざまぁします♪ ※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨ ※ 悪女視点と聖女視点があります。 ※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪

処理中です...