見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち

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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-26 「俺的」野営術のススメ

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「すっかり日が暮れちゃったねぇ」

 ミミリは焚き火の炎に手をかざしながら、椅子に腰掛けてホットチョコレートを飲んでいる。
 疲れた身体に糖分が染み渡り、甘みと芳醇な香りが鼻を通り抜け、心も身体も喜んでいる。

 頑張った自分への、甘い甘いご褒美。

「ほんとよねぇ」

 相槌を打つうさみは、焚き火から少し離れたところでカフェオレを堪能中。


 灯点(ひとも)し頃(ころ)、野営の準備も終え、夕食前のティータイム。

 ミミリとうさみは、暖かい飲み物で体内から身体を温めていた。
 コップを持つ手も温まったので、ホットチョコレートを飲みながら、そろそろ夕食の準備をしようかな、とミミリは思ったが、どうにもこうにも視線が気になって仕方がない。

 ミミリたちから距離を置いて、暗がりの中立ち尽くす者が一名。焚き火の灯りがかろうじて届くか届かないかのその場所で、二つの赤だけが暗闇で光っている。

「……あの~、こっちきて、一緒に休憩しない?」

 ミミリが光る赤に向かっておずおずと話しかけると、その者は一歩、また一歩と近づいてくる。ゆらりゆらりと近づく赤い瞳。動くたび、夜の黒に赤の残像が残って筋を描いている。

「ひいぃーーー‼︎ こわいよゼラくん! ゼラくんってわかっててもこわいからやめてよう」

 ミミリは両手をギュッと握って、両腕をピンと伸ばしゼラに全身で抗議した。ワンピースの猫のしっぽも、ピーンと張って怒り気味。

 ゼラは、あははと笑って、普段の歩調で焚き火に歩み寄る。

「ごめんごめん、怖がらせるつもりはないんだけどさ、あまりにも……。あまりにもさぁ」

 会話の途中、割って入ったのはうさみだ。

「ちょーーーっとコシヌカシ、ミミリを脅かさないでくれる?それともアンタ、そ~ゆ~趣味でもあるわけ?」
「なんだよ、そ~ゆ~趣味ってさ」

 うさみは左手をピシッと突きつけながら、
「可愛い少女に意地悪する趣味よ! 皆まで言わせなさんなってヤツよ、んもー! わかってないわねぇ」
 と怒りながらため息までつき呆れ顔。

「あのさ、しっぽに引き続き、やめてくれないか?こういうのを、無実の罪、つまり冤罪って言うんだぞ。それに、なんでうさみこそ離れたところにいるんだよ。焚き火に当たればいいだろ?」

 ゼラは焚き火に当たりながらうさみを呼ぶが、うさみはまったく仕方ないわねと言わんばかりに大袈裟にため息をつく。

「焚き火に近いと、飛んでくる火の粉で私燃えちゃうじゃない。忘れてるかもしれないけど、私は可愛い可愛いぬ・い・ぐ・る・み!」

「ハハッ、そりゃそうだ。大変失礼しました、うさみ先輩?」


「ところでゼラくん、何かあったの? さっき、なにか言いかけてたでしょ?」

 ミミリは一旦脱線した話を元のレールへ戻して本筋を探る。
 ちなみにミミリは先程の視線、ゼラのゆらめく赤に、何気に本気で怯えていた。

「ーー! そうそう、それなんだよ。あまりにも、あまりにもさぁ! ありえないだろ⁉︎」
「……? 何が?」
「どしたの、コシヌカシ」

 両手を広げて同意を求めたゼラだったが、ミミリもうさみも意味が全くわからない。

 ゼラは賛同を得られないことは予測していたとおりだったので、気にせず続きを話していく。

 ……ゼラの話の続きとは。

 まるでそれは、ゼラによる「俺的」野営術のプレゼンテーション。焚き火を囲んだゼラの講義が始まった。

「そもそも、俺が思う野営とは、をお伝えしましょう。今我々は森の中。モンスターと出会う可能性がありますね?さぁミミリさん質問です!」

 ゼラはビシッとミミリを指差す。急に当てられたミミリはビクッと背筋を伸ばして、
「っは、はい⁉︎」
 と条件反射で、わけもわからないまま返事してしまった。

「モンスターと急にエンカウントしました! あなたは手荷物がいっぱいです。困りました、身動きがなかなか取れませんね?」
「探索魔法使えばある程度推測できるわよ?」

 うさみはミミリが答えを言う前に横槍を入れる。

「うーーーさみさん! 今、先生はミミリさんに聞いています!」
「……先生って……。」
「さぁ、ミミリさん、質問の答えをどうぞ?特別にヒントをあげましょう。荷物は必要最低…あぁ、ここまでしか言えません。」
「ほぼ言わせたい答えじゃん。」
「うっさみさーーーん、私語は厳禁です。マイナス5点!」
「なんなのコレ。」
「さぁ、ミミリさん、答えをどうぞ? 荷物は……?」
 ハイ!と挙手をしてミミリは答える。
「えぇと、うさみに探索魔法でモンスターの位置や状態を事前に感知してもらって、エンカウントする前に【マジックバッグ】にしまえばいいと思います!」
「ミミリ、大正解! 100点満点よ!」
「えへへへ、やったぁ。ありがとう、うさみ先生!」

 ミミリは照れておでこをかく。

「それは素晴らしいほどに大正解だけど、ちがーーーう! それに先生は俺!」
「え~。なにがダメなの?」

 ミミリはほっぺたをぷく~っと膨らませて不機嫌に問う。

 ふ~っとうさみはため息をひとつ。

「ゼラ先生? 模範解答をドーゾ?」
「荷物は必要最低限。モンスターとエンカウントする可能性がある野営では、臨機応変、機敏に動ける程度の物資がいい、ですね!」

 うさみに促されるまま模範解答を述べたゼラだが、

「モンスターとエンカウントする可能性があるからこそ、あらゆる事態を想定して持てる限りの物を備えた方がいいんじゃないかなぁ、と、私は思ったんだけどなぁ。【マジックバッグ】での運搬だから、身軽だよ?」

 と、ミミリに一蹴される。

「ううぅ」

 ゼラはぐうの音も出ない、が、

「気を取り直してもう一問!」

 と、挫けずに講義を続けるようだ。

「まだやんの、コレ」
「うさみさん、私語は慎みましょう。減点しますよ!」
「……ハイハイ」
「ハイは一回!」
「へーい」

 ゼラは優良生徒に集中することにした。

「焚き火をしたい時、何かで身体を温めたい時、着火剤はないがそれでも火を起こしたい時! そんな時、さぁどうしますか? 難しい質問ですね。ヒントをあげましょう。よく乾いた木の板と枝と枯れ葉は周りに落ちていますよ。さぁ、ミミリさん‼︎ どうしますか⁇」
「わーお、原始的」

 ゼラ先生はうさみをキッと睨んで黙らせる。

「おーこわっ」

 注意されたうさみはわざとらしく震えてみせた。

 ミミリはうーーんと考えて「ハイ!」と大きく手を挙げた。
「素晴らしい挙手ですね! さぁ、ミミリさん、どうぞ!」
「よく乾いた枯れ葉と木の枝に、【火薬草の結晶】を着火剤にして火をつけます! うさみがいたら、魔法で火をつけてもらいます!」

 ミミリはピンと背筋を伸ばして、自信たっぷりに回答した。

「ミミリ、大正解よ! 100点満点!」
「わぁい! ありがとう、うさみ先生!」

 ミミリの猫のしっぽは、うれしそうに左右に揺れる。

「ちがうちがーーう! 大正解だけど素晴らしいけどちがーう‼︎」
「む~。ゼラくん、合ってるのに違うってどういうこと~?」

 ミミリは度々の仕打ちにむーっと膨れて不満を露わにした。

「あのさ、俺が言いたいのはだぞ? 一般的には、限られた物資や道具で火おこしするときは、板の上に乗せた乾いた厚手の葉の上で、両手で挟んで枝を回転させて木屑に火種を作るんだ!」
「へ~、そうなんだぁ。」

 ミミリの間の抜けた相槌に、ゼラはガクッと力が抜ける。
 そしてハァッと息を吐き、
「それにさ!」
 と、一番言いたかったことを言う。

 あちらこちらの、その「現場」を指差しながら。

「少なくとも! 荷馬車もなしに、何脚もの椅子やテーブルは持ち歩けないし、焚き火台やらコップやら、作りたてのホットチョコレートやらカフェオレやら、バッグからアツアツホカホカで出てきたりなんかしない!」
「……それは今に始まったことじゃなくて、出会った初日からアンタと私で川のそばでティータイム楽しんだじゃない」
「そうだけど……」

 ゼラはうさみの指摘に一旦は息を呑むが、今回の目玉アイテムを見ながらビシッと指差して息巻いた。

「あれ! あれは、あまりにも、ないだろ⁉︎」

 ……ゼラが指差したその先は、明かりが灯った、小さな小屋。
 アルヒは一人、小屋の中で掃除をしている。

「小さなちいぃさなバッグの中から、いくらなんでも小屋は出ねえだろぉぉ‼︎‼︎」

 ゼラの言葉にハッとして、
「あ、ごめんね。私今日、MP思ったより使っちゃって。小さめの小屋しか出せなかったんだよね。嫌だったかな?」
 ミミリは非常に申し訳なさそうに謝った。

 うさみはすかさず、ミミリを庇う。

「ちょっと、ミミリを責めないでちょうだい? 森の中、屋根がある場所で休めるだけありがたいと思いなさいよねッ!」

 ゼラは話が悪い方向にすれ違っていくことに焦り、急いで訂正する。

「ちがうちがう! もちろんすっごくありがたいし、心からすごいなって話! …そうじゃなくて、一般的にテントとか、それもなければ木に大きな布を括って簡易的な屋根を作るとかさぁ」
「そっか! そういう物で対応もできそうだねぇ。ゼラくん、物知りだね!」

 ゼラは思うように話を伝えられず、ダラァッと脱力する。

 ゼラの様子を見て、ミミリはうぅ~ん、と考えて、
「そうか、ゼラくんが思うような野営じゃないから戸惑ってるのかなぁ」
 とポソリと呟いた。


 ミミリは暫く考えた後、ニコッと笑って立場を変える。

「ゼラくんに質問で~す!」
「エェッ⁉︎ ハ、ハイッ‼︎」

 ゼラは急に生徒役に指名され、若干声が裏返る。

「ゼラくんは美味しい物が好きですね? あったかいご飯、食べたいですよね? さむーいお外で寝るよりも、あったかーくして寝たいですよね?」
「そ、それはモチロン」

 ミミリはイタズラ風にニヒッと笑う。

「さぁ、そこで問題で~す! 万全に備えた荷物で充実した野営をするのと、必要最低限の荷物でちょっと苦しい野営をするのと、貴方はどちらを選びますか?」
「……充実した野営がいいです」
「ピンポーン! 大正解でーす!」

 ミミリは満面の笑みでゼラに語りかけ、
「気になることもあるかもしれないけど、せっかくの野営、楽しもう! ゼラくんも、休憩ちゃんとしてね? 私、あっちでご飯作ってくる!」
 と、小屋に向かって駆け出した。


 ゼラの胸中は複雑で。

 ……ミミリが言いたいこともわかるし、俺の物差しで物事を考えちゃいけないことも、十二分にわかってるつもりだ。でも、でも、こんなハイスペックな野営は普通じゃない。これは本当にすごいことなんだぞって、俺は、ただその事実を伝えたいだけなのに!!

「……誰か、俺を理解してくれぇぇぇ‼︎」

 ゼラの叫びは、森へと響き。
 ミミリはすかさず、少し離れた場所からフォローする。

「うんうん。ゆっくりでいいから、落ち着いてホットミンティーでも飲んで?テーブルに置いておくからね」
「……あ、はい。ありがとうございます、ミミリ先生」

 二人のやりとりの始終を見ていたうさみ。

「ゼラは先生には向いてないわ」

 と、ゼラ先生へ評価を下した。

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