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うさみち

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第1章 まだ見ぬ世界へ想いを馳せる君へ

1-6 三者の涙

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「ミミリィッ‼︎」

 駆け出したミミリの背に向かって放ったうさみの悲痛な叫びが響き渡る。

 うさみの悲鳴にも近い叫び声を聞いて、アルヒの意識もミミリへ移る。

「ミミリ、何を⁉︎ こちらへ来てはなりません‼︎」

 手練れ2人の意識が逸れた途端、赤黒い狼が四肢に力をこめ、弓なりに背を反り、蔦を引きちぎろうと試みる。

「ヴヴヴァヴヴ‼︎」

 ギリ、ギギギギ……ブチッ‼︎

 蔦が所々引きちぎられ、うさみも苦悶の表情を浮かべる。

「くうぅぅ……こんの馬鹿力~‼︎ しがらみの楔(くさび)‼︎」

 うさみは拘束魔法を再び唱える。木々から蔦が次々と飛び出し、赤黒い狼は更に身動きが封じられる。

 うさみは右手を上げたまま、負荷がかかる左手で重そうに宙に円を描く。蔦はうさみが思い描いたとおり、赤黒い狼の首元をジワリジワリと締め上げていく。

 ギチギチギチ……

 赤黒い狼は次第に蔦に体力を奪われ、なす術もなく空を見上げる格好になった。

「グルルルゥ……」

「アルヒ! 今よ!」
「さすがです、うさみ!」

 アルヒは赤黒い狼の懐に入り込み、地についた後脚を狙って剣戟を振るう。

 しかし、赤黒い狼には一筋の傷すらつけることができない。
 剣を振るって空気を切る音のみが、ブゥン、ブゥンと鋭く響く。

 先程、圧倒的な力により、ピギーウルフを跡形もなく消し去ったあのアルヒでも傷すらつけられない赤黒い狼、おそらく変異種、の圧倒的な存在感に、間近で見ている少年はただ固唾を飲んで戦況を見守ることしかできなかった。

「くっ……!斬撃がダメならば突くのみです!」

 アルヒが赤黒い狼の胸元へ剣を突き上げようとしたその時、蔦で捲し上げられたために露わになった、毛で覆われ隠れていた首元の深緑色の革が見えた。

「……まさか……そんな」

 アルヒは胸元へ突き刺す寸前で剣を止め、2歩、3歩とよろめきながら後退した。

 ……戦意を、完全に喪失したかのように。

「えっ、アルヒ⁉︎ どうしたの? 大丈夫?」

 アルヒの異変に、うさみも動揺を隠せない。

 ……その間もピギーウルフたちはこちらを目掛けてやってくる。

「ミミリ、お願い、戻ってきてぇ!」

 2人の戦いを視野に捉え、アルヒの異変に気づきながらも、うさみの声に応えることもなく。ミミリは足を止めなかった。

 ミミリは【マジックバッグ】から取り出したバケツで川の水を汲み、おもむろに頭から水を被った。

 そして再度力一杯水を汲み、バケツを【マジックバッグ】へ収納しながら、橋をひたすらに駆けてゆく。


【川の水 大賢者の涙 汲みたて 特殊効果:モンスターを一定時間遠ざける】


 呆然と手練れ2人の戦況を見つめていた少年も、必死に駆け寄るミミリに気がつき、その、自分よりもあまりに幼くか弱い少女に

「来ちゃダメだ!」

 と声を張り上げるが、ミミリは全く聞く耳を持たない。
 少年に駆け寄って、【マジックバッグ】からバケツを取り出し、座り込む少年の頭目掛けて、勢いよく水を被せた。

「……ッ! 冷てぇ」
「逃げよう、お兄さん!」

 ミミリは少年の肘を掴み、無理矢理に起こし上げて腰が抜けた少年を立ち上がらせた。

 自分より幼い少女が見せた勇敢な行動で、少年は自らを奮い立たせ、
「ありがとう、頭が冷えて肝が据わった」
 と言って深呼吸をひとつする。

 少年は自分よりひとまわり小さいミミリを庇うように後方へ押しやり、モンスターからミミリを隠すように左手を広げ、右手で剣を構えながら後退を始めようとした。

 しかし、ミミリたちを起点に半円を描くように、周りにはすでにピギーウルフが集まってしまっていた。

「クソッ、囲まれた‼︎ 君だけは何とか、逃がすから!」

 ……が、ピギーウルフは見えない何かを忌避してか、一定距離から近づいて来ようとしない。

「……どういうことだ? ヤツら、なんで襲って来ないんだ」

 片やわけがわからない少年に、片やうさみはピンとくる。

「……そうか! 大賢者の涙の恩恵を受けるために、水を被ったのね! ……それにしても、赤黒い狼コイツ……なんて力なの。押し負けそうよ。アルヒー! しっかりしてぇ!」

 赤黒い狼は首を絞められているにもかかわらず、ギチギチと音をたてながら顔を少年へ向けた。
 更に首に蔦が食い込み、息ができなくなるであろうことすら、厭いはしない。
 赤く光る目で少年を睨み威圧する。

 ……憎い仇を喰い殺すかのように。


「あれ……」

 ミミリは何かに気づき、身体の緊張を解いた。

 戦意を喪失していたアルヒは、ミミリの一連の突飛な行動に我にかえり、ミミリたちの前へ立ち塞がり、改めて赤黒い狼を見据えた。
 そして剣を構えることなく、赤黒い狼へ向けて、口を開こうとしたその時。

「……あなた、泣いてるの。何が憎くて、何が悲しいの」

 ミミリは少年の手を押し退け、一歩、また一歩と赤黒い狼に歩み寄った。そしてアルヒの隣に立ち、真っ直ぐに赤黒い狼を見つめる。

「何やってるのミミリ、近づいちゃダメ! この馬鹿力狼! ミミリのこと傷つけたら、絶対に許さないんだから!」

 うさみはさらに拘束魔法を強め、ギチギチという音が更に大きくなる。赤黒い狼に蔦が食い込み、みっちりと肉が盛り上がる。

「私はミミリ。あなた、泣いているのね。何かわけがあって、このお兄さんを追ってたんだね」

 赤黒い狼は、少年から視線をミミリへ移す。ミミリの晴れた空色の瞳に赤黒い狼が映る。
 赤黒い狼はミミリの瞳を見て、キュウウウと切なげに鳴いて、赤い瞳から薄らと涙を浮かべた。

「え……泣いてる⁇」

 うさみは動揺するも、それでも蔦の締め付けは弱めない。

「……本当に泣いてる。……いや、そんなことよりも、そんなに前に出ちゃだめだ!」

 少年はミミリの腕を掴んで引き戻そうとしたが、ミミリは頑なに動かない。

「理由を教えてくれる? あなたは何が嫌だったの?」

 赤黒い狼を真っ直ぐ見据えるミミリの横顔を見つめ、川の水で濡れたミミリの袖を、アルヒは縋るように掴んだ。

 アルヒの頬を一筋の涙が伝って、ポタリと一滴、地面に落ちた。
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